四百四話
(´・ω・`)これがさいご
『夜空』と呼ぶには星が多すぎる空間。
まるで宇宙や月面に建てられた神殿のような様相であるその地で、今まさに死闘が繰り広げられようとしていた。
黄金の舞台に、七人が同時に降り立ち、そして待ち構えていた一人が、その手にしていた杖を掲げる。
「フッ!」
着地と同時に、一人の小柄な剣士、シュンが猛烈に駆け出し、杖を構えた人物、神へと刀を振り下ろす。
当然のように、その斬撃は杖に阻まれる。だが間髪入れず、もう一人の剣士が神に追撃を加えた。
「シュン、手を緩めるな」
「ああ!」
カイヴォン、シュンが猛烈な剣戟を浴びせる。
けれども、長杖を巧みに操り、それらを防ぎきる神。
そんな膠着した攻防とは裏腹に、カイヴォンとシュンの表情は曇り、ついにその場から飛び退ってしまう。
「最初からオーラ纏ってやがる。シュン、スリップダメージの程度は?」
「毎秒七%。結構デカイ」
「……だよな」
カイヴォンの愛用している[生命力極限強化]ですら上回るダメージを毎秒受ける。
どうすべきかと、一瞬攻撃の手を止めたその時だった。
神が音もなく一行へと突撃する。
「っ! 俺が抑える! シュンはエルに指示を!」
「ああ!」
カイヴォンが再び神へ挑もうとした次の瞬間、神はまるでその動きを読んでいたかのように上空へと飛び、まるで『お前になど興味はない』とでも言うように彼を無視し、後方で援護の用意をしていたメンバーの元へ向かう。
そして――
「くっ! リュエ、お願いします!」
「分かった! こっち見ろー!」
リュエが飛び込んできた神に向かい剣を繰り出す。
無数に分裂したかのような高速の剣術。それらを神が、翳した右手、そこに現れた障壁だけで完全に防いでみせ、残る左手で杖をリュエへと向けて高速で突き出す。
「あ!?」
剣の動きを止められ、そのまま遥か後方まで弾き飛ばされるリュエ。だが今排除した相手に興味すら持たず、神はそのままオインクに向かい、妖しく光る杖を突きこんだ。
「グッ……ふっ……」
「オインク!」
貫通する杖。溢れる血液。一目で致命傷と分かる深手。
そして止めと言わんばかりに杖が光を放ち――
「させるかクソが!」
シュンが間に合い、杖を掴み取り、乱暴な方法だがオインクを蹴り杖から離す。
すかさずエルの回復魔法がオインクを包み込み、同時にオインクも虚空から神々しいビンを取り出し、一口飲んだ後に上空に投げ、それが霧へと変化する。
「……まっさきに私を狙いましたか」
霧が、全員を癒す。瀕死の深手を負っていたオインクですら、その傷が消える。
そして体力の復活したシュンが再び神に切りかかり、追い付いたカイヴォンも攻撃に加わる。
戦線に復帰したリュエが第三の剣として現れ、さらに神を追い詰める。
だが――それでも、神業とも呼べる杖さばきにより、一行の攻撃は届いていなかった。
「皆さん離れて!」
その時、遥か後方より飛来する極太の光。真紅の奔流が神を飲み込む。
レイスが貯めていた攻撃。それが、後方から飛来し神を飲み込んだのだ。
ギリギリで避けた三人。だが飲み込まれた神は――
「……無傷、か」
「いや、杖の色が変わっている。あいつは杖を本体から引き離せば防御が下がるが、杖があると三回までは無効化してしまうんだ」
「……そういえばお前……昔は杖を奪って戦っていたな」
「さすがにここじゃ出来ないがね。いつも正攻法で戦っていなかったから忘れていた」
「……手強いのは覚悟していたが、これは少々……」
神も、さすがに今の一撃に驚いたのか、足を止めていた。
だが次の瞬間――
「そぉい!」
こっそりと背後に近寄っていたエルが、神を見事に一本背負いしてみせたのだ。
床に叩きつけられる神。あまりに唐突な展開。だが、すぐに反応したシュンが刀を突き立てる。
杖で防ぐ神。そして一瞬で距離を離し、体勢を整える。
「よっしゃあ! 見た!? 背負い投げ決まったわよ!」
「……どうやら効果はある、か。エル、隙を探り続けろ。無理に狙わなくても、これであいつの注意はそれる」
「おっけい。何度だって転がしてやるわ」
再び、神の杖の色が変わる。
黄金から銀。そして、銅へと。
「後一撃で、一度杖が消える。再召喚されなければ普通に攻撃が通るはずだ」
「再召喚の隙を見せてくれた方が都合も良いが」
「……シュン、ここからはリュエ一人に任せる。大技を狙え」
「……いけるのか?」
カイヴォンは、リュエへと視線を送る。一人でいけるか、と。
「私なら持ちこたえられるよ。大丈夫」
「……頼んだ」
リュエが一人挑む。
魔導を駆使して、相手の動きを制限しながらの剣戟。
その瞬間、リュエの放った氷の魔導に呼応するように、後方から閃光が奔り、神の足元を焼く。
ダリアだった。戦闘開始から、ずっとこの場に魔力の残滓が蓄積されていくのを待っていたのだろう。
場の魔力を利用し、次々とありえない速さで神の足元を連続して焼いていき、動きを制限する。
リュエの攻撃が、どんどんと神に触れそうになる。確実に、その時が近づく。
「リュエ、ジャンプ!」
そして、声と同時に蒼を紫の光の波動が迫る。
シュン、カイヴォンの放った技が、神をついに飲み込んだのだ。
破裂にも似た音をさせ神の杖が砕け散り、そのまま光の奔流に飲まれ続ける。
その隙を逃さんと、リュエが魔導の詠唱を始める。
ダリアもそれに続き、そして今度はレイスとオインクが上空に向けて矢を放つ。
降り注ぐ無数の矢と光。氷が金の舞台を埋める。
雷が奔る。剣が更に向かう。
「終われよ、ここで終わっとけ!」
光の奔流が止み、全ての攻撃が止むと、そこには氷の塊だけが残っていた。
ここに、封じ込めることが出来たのだろうか。
「っ! ああああ!」
「オインク!? ガッ!?」
……だが、神と名乗る者。その名は伊達や酔狂ではないように、全ての頂点に君臨するかのように、そこにあった。
いつのまにか、後衛よりもさらに後方に移動していた神が、先程の攻撃が消えたと同時に、再びオインクを襲撃し、同じく離れた位置にいたレイスに光の弾のような物を打ち込んでいた。
走り回っていたエルが、レイスに回復魔法を施す。だが、オインクには届かない。
またしても舞台を染めるオインクの血。リュエが駆け出すも、間に合いそうにもない。
だが、カイヴォンがすかさず虚空に手を伸ばし、なにやら操作をし始めていた。
次の瞬間、オインクの血が止まり、代わりにカイヴォンが膝をつく。
【サクリファイス】オインクが受けるべきダメージを肩代わりしたのだ。
「ぼんぼん……! リュエ、ぼんぼんを回復――」
「わ、わかった!」
「ダリア、レイスとエルを連れて固まれ! 離れるとまずい!」
「カイヴォン、ダメージは?」
「まだいける! オインクからあいつを引き離してくれ!」
一転攻勢と言わんばかりの怒涛の攻めが、一瞬でひっくり返される。
そう、そうなのだ。これは、ゲームではない。誰かの死はそのまま全体の崩壊へとつながりかねない。
そしてカイヴォンは、仲間を無視する事が決して出来ないのだ。
結果、オインク一人への集中攻撃だけで、一行の全ての動きをリセットしてみせたのだ。
「……何故、オインクだけ……」
「実質あいつは司令塔であり、物資係でもある。狙うのは当然だ」
「……いや、この戦いでアイツは援護に回していた。なのに……」
一行の動きを止めた神は、悠々と杖を再召喚してみせる。
これで、再び神は三回の攻撃無効化の効果を手に入れる。
だが、その時だった。
ローブを深くかぶる神が……言葉を紡いだ。
「……条件は十分。だのに弱い。お前ら、やっぱ物足りないわ」
それは、あまりにも印象とは違う、軽薄な言葉だった。
軽い、若い、軽々しい、そんな威厳とはかけ離れた声色。
「甘いし、弱い、ここまで待たせておいてそりゃないだろ。遅すぎワロタじゃないわ。弱すぎワロタだわ。条件はそろってんだろ、もうちょい頑張れよカイヴォン」
当然のように、名を呼ぶ神。
そして……顔は見えずとも、その口調と、そしてまるで一行の働き、役割を理解しているかのような攻め口に、気が付いてしまっていた。
故の――絶叫、慟哭。
「なんで――なんでお前が!!!!」
神へ詰め寄るカイヴォン。だが、それを神が見えない力で吹き飛ばす。
その突風はカイヴォンだけでなく、そのローブのフードをも吹き飛ばす。
現れたその顔は……見知った者。
「なんで……なんでお前が神なんだ!!!! グーニャ!!!!!!!」
訳が、分からなかった。
その言葉と顔が、紛れもない本人だと分かった。
黒い髪をポニーテールにした、痩身の男。
口元をにやけさせ、呆れるような声で言葉を紡ぐ。
「教えてやんね。けどまぁ、勝てたら全部教えてやるわ。でも……無理じゃね?」
「ふざけんな!」
「おっと。さっきよりマシじゃん。キレた方が強いよお前」
剣を何度も叩きつけようとするも、避けられ、反らされ、反撃で吹き飛ばされる。
続き、シュンが神……グーニャに切りかかるも、やはり結果は同じ。
だが、ここで援護がこない事に気が付いた。
「オインク! リュエ! ダリア! 援護どうした!」
振り返ると、三人とも呆然と立ちすくんでいた。
オインクは涙を流し、必死に首を横に振る。
リュエは剣を構えようとして、その腕を下ろす。
ダリアは、意味が分からないと、小さく『待って、待って』とつぶやく。
「あーあ、声出したのは失敗かね。みんな戦意喪失してるわ」
「黙れ」
「っとと、シュンはブレねーな。それに強い。やっぱ神隷期最強は伊達じゃないな」
「お前、なんなんだ」
「っと、魔王様もブレないな。二人で俺に勝てるのかよ?」
軽口に乗せられてたまるかと、シュンと共に剣を振るう。
杖で弾こうが、知るか。手を伸ばし、スリップダメージをも無視してそれを掴み取る。
だが、俺以上の怪力に振りほどかれてしまう。
自前のポーションを口にしながら、後ろに声をかける。
「こいつは敵だ! 戦えないならせめて回復だけ頼む!」
「で、でも! 話せばわかるよ! だってグーニャだよ、私達のグーニャなんだよ!」
「そ、そうです! 何か理由が――」
だが次の瞬間、後方から再び赤い閃光が奔り、グーニャへと突き刺さる。
杖の色が、変わる。
「レイス……」
「私には、グーニャさんの思い出がありません。だから……戦えます」
「へぇ……なるほど、そりゃ盲点。カイヴォン、やるじゃんお前の分身」
今度は、シュンと俺の斬撃に、レイスの援護が加わる。
後方からの援護射撃。だが、その射撃と同時レイス本人が攻防に加わる。
そうか、設置型攻撃か。
ここまでの攻防で蓄積した残留魔力。それを吸い取ったレイスが、シュンにも劣らない攻防を見せる。
俺とシュンの攻撃を避けると、レイスの拳が、赤黒い炎を纏った一撃がグーニャに突き刺さる。
杖の色が、銅に変わる。だが同時に――
「……吸収は攻撃にあらず、か。面倒だなお前は!」
「くっ!」
どうやら、レイスのあの一撃は、無効化を貫通してグーニャのHPを奪えるらしい。
目の色を変えたグーニャが、レイスを集中的に狙いだす。
だが――さらに、盤上を狂わせる一撃が決まるのだった――
戦意を失う者。己を奮い立たせ挑み続ける者。怒りに突き動かされる者。
そして……そもそも仲間として認識していないが故に戦える者。
それらを嘲笑い、何かに失望するかのように攻撃をさばく神。
だが――そこに、もう一人が――
「そぉい!!!」
「ぐっ」
強制的に相手を床に叩きつける技『背負い投げ』を決めるエル。
そのままその拳を、グーニャを名乗る神へと突き刺す。
「一発は一発か」
グーニャの杖が、再び消える。
すぐさま体勢を立て直したグーニャに弾き飛ばされるエル。だが、彼女はすかさず立ち上がり――
「ふっざけんじゃないわよバカ! アンタ達そんなに昔が大事なの!?」
吠える。敵ではなく、味方に向かって。
「私はね、今が一番大事! 失ったモノより、新しく手に入れた物の方がずっとずっと大事なの! それくらい、わかりなさいよ!」
泣きわめくように、戦えない者を責める言葉。
そして泣き顔のまま、無謀にもグーニャへと挑み、カイヴォン達の戦列に加わる。
杖がない今、再召喚さえさせなければダメージは通る。
レイスの援護。カイヴォンとシュンの剣戟。そして、エルは隙を伺い続ける。
杖がないせいだろうか。グーニャの動きは、少しだけ慎重なものになっている。
……意外な事に、戦意を失っている者達への不意打ちは、しないようだった。
「エル、背負い投げを狙えない時は、適当に足払いを頼む」
「分かったわシュンちゃん」
「どうだ、今度は足元にも注意をしろグーニャ。レイス、さっきと同じように一度下がって『地平穿“驟雨”』、出来なければフォールスアローで頭上から攻撃を」
「分かりました、一度下がります」
「聞こえたか? 今度は上にも気を付けな」
言葉による牽制。無効化出来ない以上、そして隙を生み出す為の不意打ちをするつもりがない以上、それを無視することはグーニャには出来なかった。
そして、本当に足元に猛烈な足払いが炸裂し――転ぶのではなく、グーニャが吹き飛んだ。
「え!? 私強すぎ!?」
「いや……今のは――『倍加』、か」
オインクが、泣きはらした目で手を掲げていた。
エルに、付与を使っていたのだった。
「……終わらせてください、この戦いを」
同時に、吹き飛んだグーニャに雷が降り注ぐ。
幾千もの雷が絶えず降り注ぎ、動きを止める。
「……頼みました」
ダリアが呟く。そして――リュエが呪文を唱え始める。
「カイくん、ごめんね。今から、一番強いの唱える……龍神を封印した時の魔導を」
戦意が、蘇っていた。
「……一番弱いヤツの言葉が一番重かったか」
「ふん、弱くて悪かったわね!」
エルが再び迫り、レイスの攻撃が降り注ぐ。
「アンタ、絶対に倒して全部吐かせるわ。馬鹿じゃないのそんな恰好して」
「けけけ。人の事言えんのか」
エルの力では、届かない。けれども確かに『強制転倒』を警戒したグーニャに、カイヴォンとシュンの攻撃が刺さる。
レイスの一矢。視界外からの一撃を避けると同時に、もう一本の矢が飛来。
オインクの付与がされたそれは、神ではなくエルに刺さり、彼女の身体が猛烈にオインクへと引き寄せされる。
当たった対象を自分の元に引き寄せる、不思議な技。それを、攻撃手段として使う。
エルが、見えない力でオインクの元へ向かう。
――その進路上にいる、神もろとも。
「“リターンチェイス”か!」
巻き込まれ膝を着いたグーニャ。そして――今度こそ避けられない状況で、リュエの魔導がグーニャを捉えたのだった――
「チェックメイト。こればっかりは、抜けられないよ」
「……お前に流れを持っていかれた。エンジョイ勢だった癖に、やるじゃん」
淡い光を放つ氷に身体を封じられたグーニャが、床に転がり目を回しているエルに向かい、称賛の言葉を投げかける。
「ばっかね。私は世界をエンジョイしてるのよ。世界をエンジョイする為に出来る事を全部やっているの! 格闘家にもなって、必死に戦って。今あるこの世界を精いっぱい生きてるのよ! アンタみたいに諦めた顔して笑ってるヤツに負けるか、バカ」
カイヴォン、そしてシュンが、封じられたグーニャに剣を突き付ける。
刀身に、禍々しい程の黒炎を纏わせるカイヴォンと、不気味な蒼を纏わせるシュン。
それは、今すぐにでも確実に止めを刺せる、そんな破壊力を秘めていた。
「……全部教えろ。お前はなんなんだ? 何者だ?」
「脅しじゃない事くらいお前なら分かるだろ。確実に、お前を殺す」
そして……この場を乱し、戦い、七人を相手取り互角以上に戦ったかつての仲間。
神として立ちはだかったグーニャが……その口を開いたのだった。
「お前は、間違いなくグーニャだ。だが同時に……七星、神だってのも分かる」
氷に身体の大半を閉じ込められたグーニャ。こちらの問いかけに、ようやくコイツは返事をする。
「お前らさ、あの世界……グランディアシードってなんだと思う?」
世界への問いかけ。俺達がプレイしていたゲームがなんであったのかという、ある意味では原点への問い。
ここまで得てきた情報、考察、そして歴史。それらを元に、俺は自分の答えをぶつける。
「あれは、この世界だ。この世界を欲した何者かが放った七星を、旧世界と呼ばれる人間達が追い詰めた『ファストリア大陸』が変化した物だ」
「お、ちゃんと真実を探し求めていたと見た。七割正解」
「なら、残りの三割は?」
薄ら笑いが消える。
「この世界は、アイツが受け継ぐ筈だった。世界は生きている。だが、寿命ってのはなんにでも存在する。アイツはな、死にゆく世界を引き継ぎ、新たな世界を創造しようとしていた。だが……それを、人の手に託そうと動いた神がいたんだよ」
「……それが、今の世界なのか?」
「旧世界は滅び、人間の手による世界が生まれた。だが……やっぱり納得出来なかったんだろうな。ちょっかいかけるようになったんだ。それは強力な手駒、七星と呼ばれる魔物であったり、原因不明の公害、汚染魔力であったり。とにかく、人々の意思を折りたかったんだよ」
「それでも、人は抗った。その結果、七星は封じられた、と?」
「薄々気が付いているかもしれないが、俺は元々こっち側の神、その一人だよ。まぁ生贄役を買って出た訳だ。けれどもアイツは――」
「……実際には大陸ごと逃げた。俺達の地球に」
「そういうこった。俺も七星も、世界縮小と共に次元の狭間に消えた。それをどうやってかは知らんがゲームって娯楽に落とし込められた訳だ」
グーニャは言う。俺達のいた世界は、元々異質な世界だった、と。
魔法という法則や世界意思すらない場所なのに、あらゆる娯楽という形で異世界を認知し、世界中に蔓延していると。
決して越えられない隔絶された世界でありながら、この魔法が存在する異世界と隣接している、おかしな世界だったのだと。
「後は知っての通り、俺達が愛したグランディアシードの誕生だ。たぶん、作った会社はそれこそ、アイツ、世界を得られなかった意思の手中にあったんじゃないかね」
「それでお前は、ずっとあのゲームの中にいたのか……?」
「ああそうだ。世界の裏側で膨大な量の情報を取り入れ、ずっと見ていたよ。けどな、やっぱり面白くないんだわ。俺を犠牲にした作戦が失敗、それどころか、ゲームの中で徐々に七星が育ってるんだ。絶対にいつか、この世界は元居た場所に戻るつもりだって分かった」
だから、グーニャは動き出した。
七星を弱らせよう。いつか戻る時、世界を守れるように仲間を集めようと。
ゲームの裏側に生きていたこいつは、当然全てを知っていた。それはきっと、ゲームの運営をしていた人間よりも、遥かに膨大なデータを得ていたのだろう。
「単純に、一番強いプレイヤーを選んだ。シュン、お前だ。お前は間違いなく最強のプレイヤーだ。その経験はキャラクターに息づく。シュンは最強の剣士という自我と称号を得てこの世界で育っていたよ」
「俺が……か」
「ダリア。お前さんは運が良すぎた。お前はその運命すら引き寄せるような幸運で、幾度となく俺の予想を飛び越え、凄まじい力、武器を手に入れた」
「私……ヒサシが、ですか」
「お前が改造してぶっこわした杖の事だぞ」
「すみません、アレ以外にも沢山壊しました」
お前マジふざけんな。
「オインク。お前は自分でも分かってるだろうが、ゲームをしているどんな人間よりも支配者としての器があった。参謀として、軍師として、お前を選んだ」
「……光栄、なんでしょうか」
「ちょっと待ってよ、私ただのエンジョイ勢よ? なんでここにいるの」
「単純な話だ。お前には商才があった。金持ちだったんだよ、お前は一番」
「……エロ絵で稼いでいただけなんだけど」
「それでも金は力だ。絶対に必要になる」
何故、グーニャのチームに入ったのか。その理由が語られる。
だが、俺には何があった? 奪剣だって、手に入れる前に既に俺はチームに入っていた。
「ただなぁ……カイヴォン。お前は本当に、ただの好奇心で仲間にしたんだ」
「へこむぞ」
「ああ、へこんでいいぞ。ダリアとシュンの隣にいた。そしてオインクとも友達だった。エルとは無関係だったが、とにかく俺はお前が気になった。それに……」
「それになんだよ」
「見間違えたんだよ。古い知り合いと名前が似ていた。ただ、そんだけだ」
「……キレそう」
一体何と見間違えたのか。だが確かに、俺は特別なプレイヤーなどではなかった。
ただ、人より多くプレイをして、沢山戦っていただけ。
人が減る前なら、どこにでもいるようなプレイヤーでしかない。
まぁ、ダリア、シュン、オインクと友達だったのは事実だが。
「ある時、実装された武器の中に、俺は可能性を見出した。力を奪う。それだ、と。もしも世界が終わるのなら、その時はきっとゲームと異世界の境界が曖昧になる。その時までに、この剣の力を磨き、使い続ける存在が現れたら……と」
「だが、結果はこの通り。俺以外使い続けるプレイヤーなんていなかった」
「いや、少なからずいたぞ。だが酔狂で触ってみているだけの連中だ。だが……お前は、本当に苦行とも言えるあの職業を貫き、ついには……単独でボスを倒すまでとなった」
「……ああ、あれは俺の意地だ」
そして、グーニャは俺に目をかけるようになっていった。
ある時は情報を、ある時は装備を。そして、ゲームから離れたと思わせておいて、少しずつ世界の支配権を奪おうと試みてきた。
「結果、運営会社は俺というバグを解決できず、これ以上の正常な運営は不可能と判断。その頃にはもう七星も育ちきり、同時にプレイヤーキャラという強力な手駒も多数手に入れていたって訳だ。だが――お前が、やってくれた。最後の最後で七星を……神を討った」
「ああ、今はお前がその神だけどな」
「それは後で話す。結果、あいつが世界の支配権を取り戻すまでの僅かな隙に、俺は全てのキャラクターに命を与え……同時に、お前達だけをこの世界に呼び寄せたんだよ」
本当は、全員一緒に呼び出したかった。
だが、それをするだけの力がなく、時代も場所もバラバラになった、と。
「リュエもレイスも、そしてシュンのセカンドとサード、エルのセカンドとサードも、本当はファストリアに残るはずだった。けど……カイヴォンとシュン、エルとの結びつきが強すぎて、引っ張られていっちまった。まぁ結果として、それがうまい具合に転がってくれたが」
「……俺達の事はおおよそ理解出来た。そろそろ、なんでお前が神なのか、言えよ」
「力を使い果たしそしてついに俺の存在バレちまった。俺は殺されそうになったんだが、元が元だ、俺の身体が欲しかったんだろ。もう抵抗は出来ないと、軍門に下った訳だ。……表面上はな。だが、密かにこの大陸に残った人間達を争わせ、大樹を切るように仕向けた。そうすりゃ、この世界と天界、神界との繋がりが消え、アイツの動きを鈍らせる事も出来る。そしてその結果、アイツの力は世界に届かず、この大陸周辺を漂い、一種の異界として隔離する事が出来た訳だ。異界化した部分、お前は見てきただろ?」
「……あの終わりのない空の話か」
「それだな。汚染魔力はアイツの力の一部だ。それが行き場を失い異界と化した。だから俺は……最後の賭けに出る事にした。まぁ、本来の筋書きとは大きく違うんだけどな?」
折角切り倒した大樹を、俺達が再び育てたのは間違いだったのか。
その疑問に答えるようにグーニャは言う。
「間違っちゃいない。都市にいた魔物は、本来大樹を守る為に力を蓄えていた。けど……大樹が切り倒される直前、俺があの大樹の種を隠してやったんだ。アイツが手出し出来ない、ゲーム時代のシステムに深い関りを持つ場所に」
「……初めてログインした時の教会の地下、か」
「イエス。アイツはどこまでいってもこの世界を受け継ごうとする意思。けどあの場所を始めとした一部の施設は、地球産のプログラムが元だ。アイツが手出し出来るもんじゃない」
するとここでグーニャがくしゃみをする。
氷に閉じ込められて寒いのだろう。解除はしてやらないが。
「はい回復。全部話しておくれ。それで納得したら解除してあげる」
「あいよ。それで……新たに大樹が植えられ、これ幸いにとアイツはな、自分の器を作ろうと俺に大樹の力が流れるように仕向けたんだ」
そこまで語られ、ようやくコイツの狙いを理解した。
つまり――
「……依り代に、なるのを狙っていたのか?」
「元々、依り代になるのは龍神のはずだった。けど封じられ、あろうことかどこかの誰かさんが倒しちまった。だからアイツの筋書きはおおいに狂ってくれたし、結果として、俺が付け入る隙も生まれたって訳だ。本当……リュエとレイスがこの世界で強く生きていてくれたのが一番のイレギュラーであり、同時に……状況を打破するきっかけになった」
最初から、自分を犠牲にするつもりだったのか。
「何故、俺達と戦った」
「半分もうアイツの物だしな。無理やり戦わされるくらいなら、俺の意思で戦いたい。可愛いチームメンバー達の成長の糧になれたらいいな、みたいな?」
「……どうりで、最初に私を潰しにかかったはずです」
「お前がいると、たぶん年単位で戦う羽目になるだろ。回復薬の備蓄凄すぎない君」
「……ですが、結果は回復薬を放出し始める前に敗北した。私達は強かったでしょう?」
「……ああ。正直リュエとレイスがいる所為でかなり苦戦していたが……なによりもお前、エルがすげえ活躍すんだもん。お前弱いと思ってたけど超強いじゃん」
「当たり前じゃない。こう見えても苦労してきたの。辛い状況、悲しい状況には慣れっこなのよ。くじけている仲間がいたら、そりゃ発破くらいかけるわよ。私にとって、アンタはもう過去の仲間になった。敵対したその段階でね」
「ククク……誰かさんみたいな事を言うな」
そろそろ時間だろうか。グーニャの顔が苦痛に歪み始めた。
「カイヴォン、殺せ。今のお前さんなら俺を完全に殺せる。俺さえいなくなりゃ、もうここにアイツと所縁のある存在はいない。最後の器を壊して……大樹を切り離す。それでゲームクリアだ」
「抜け道はないか? お前を復活させる手段もあるが」
「元々神みたいなもんだし、今更惜しいとも思わんよ。何より、俺という魂がもうアイツの依り代になってんだ」
「……解放者はどうなる」
「ああ、大丈夫大丈夫。アイツら程度じゃ器になれんよ。器を育てるって計画もあったみたいだが、そいつもどっかの誰かが破綻させてしまったし?」
「……凄いな、俺。褒めて良いぞ、どうやらそっちの思惑を幾つも壊してきたみたいだ」
「いいや、凄いのは俺だね。そんなお前を、気まぐれで仲間に引き入れたんだ」
話を聞いていた皆が、もはやこれはどうする事も出来ない、いや、元々決まっていた事なのだと、反論しようとする事も無く成り行きを見守る。
何百年、何千年、いや、もっとか。
自分が死ぬ事を受け入れ、それでも死ねず、なおも役割を全うしようとして足掻き続けた男、グーニャ。
古の神かなにか。良く分からない存在。そして、俺達のチームマスター。
剣を上段に構え、その長すぎる運命から解放してやろうとする。
「あ、ちょい待ち。それで俺斬ったら俺の力吸い込まれね? ほら、新しい剣やるからそっち使え。その剣が所縁の品になって乗り移ったら嫌っしょ?」
「お前さぁ、そういうのもっとタイミング見計らって渡せよ。今俺振りかぶってたよね?」
「いやつい。ちょっと待て、今具現化する」
そう言うと、グーニャの身体から光が溢れ、一振りの長剣が現れた。
見かけは……俺の奪剣と同じ。だがその色は、空のような澄み渡った青色だった。
「なぁカイヴォン。思えばお前には剣、作ってやった事なかったよな。趣味装備ばっかり作ってた」
「ああ、そうだな。最後の最後に、ようやく実用性のあるプレゼントをしてくれたな」
今度こそ剣を振りかぶる。
オインクも、シュンも、ダリアも。
エルも、リュエも、レイスも。
一言も話さず、ただグーニャを見つめる。見届ける。
「……この剣にも、アビリティがセット出来るな」
「一応な。だがそいつは奪剣じゃない。お前が新しい道を進めば、そのうち使えるようになるかもな」
「本当だ。奪ったアビリティがセット出来ねぇ。やっぱり実用性はないな?」
「なんだと? その剣すげーんだからな、後でちゃんと剣の説明確認しろよな」
その言葉の終わりと共に、グーニャが強く目を瞑る。
それを合図に俺も――剣を、振り下ろした。
血は、流れなかった。ただ光が溢れ、グーニャの身体が空気へと溶けていくようだった。
「……じゃあな、チムマス。お前は良いリーダーじゃあなかったが、良いヤツだった」
「……これで、本当に全て終わったのでしょうか? なんだか実感が湧きません」
光を見送りながら、オインクが呟く。
「私よりも、ずっつずっと長い間、待っていたのかな……こうなる時を」
「そうかもしれません……私には、彼の思い出はありません。ですが……凄く、優しい人だって……そう思いました」
リュエとレイスが、ぽつりと漏らす。
「……違和感はあった気がする。アイツだけ、絶対に自分の素性を話そうとしなかった。いや、もしかしたらあったのかもしれないが、それも全部誰かの情報だったのかね」
「……そう、かもしれません。この大樹が、天界、神界から切り離されるということですが……退避した方がいいのかもしれませんね」
ダリアの提案。そして、シュンの考察。
きっと、アイツは学んだのだろう。ゲームの世界の裏側で、多くの知識を。
それは本来なら知りえない、地球の知識。自分の居た世界とは異なる世界の情報を多く取り込み、アイツはどんな事を思ったのだろうか。
願わくば、その退屈、孤独を一時でも忘れさせてくれた事を祈る。
「私、酷い事言っちゃったかしらね。過去の仲間だ、大切じゃないって言ったようなものよ」
「いや、きっと逆に感心していただろうさ。エル、お前は確かにグーニャの思惑を超えて、俺達を勝利に導いたんだ。アイツの予想より遥かに早く……な」
エルの後悔。だが、俺にはグーニャが、その程度で悲しむようなヤツには思えなかった。
「戻ろう。もしかしたらここも危ないかもしれない。大樹を降りて――」
そう言いかけて、口を噤み辺りを見回す。
……おかしい。なにかがおかしい。
「カイヴォン、このフィールドから出られない。これは……なんだ?」
「閉じ込められた? いえ、ですが――」
空気がざわめくのを感じる。何か、見えない何かが周囲をうずまいているような、そんな気味の悪い感覚。
それはどうやらみんなも感じているようで――
その瞬間、聞きなれた音が、脳内に響いた。
「メールの音?」
それはどうやら、俺だけではなく皆の頭の中にも聞こえてきていたようだった。
その時、オインクから悲鳴が上がる。
「ぼんぼん! なにか、います! メールじゃありません、これは何者かの介入です!」
その時、俺の意思とは関係なくメニュー画面が開き、見覚えのないウィンドウが大きく広がった。
そこには……。
『逃がさない。
世界の境界に。
お前達が来た。
それで充分だ。
人間が何度も出し。
抜けると思うな。
愚かな、出し抜くの。
がお前達だけだと誰が決めた。
器ならある、あった。
すぐ近くに。
近づくまで分か。
らなかった。
でも、もう見つけた』
使い慣れていないのか、酷く歪な文章がそこを流れていく。
だが、最後の一文が流れた瞬間――心臓が、止まったような気がした。
『ずっと、私の器。
龍神の隣で過ごし。
その身に魔力を。
宿した器がここにいた』
【Name】 リュエ・セミエール
【種族】 エルダーエルフ ???
【職業】 聖騎士(50)/魔導師(50)
【レベル】 281
【称号】 封印の女神
龍神の守人
がっかりエルフ
魔導の極地に至りし者
表示されるのは、リュエのステータス。
そこにある、種族の名前。
ああ……彼女はずっと、それを抱えていた。
クエスチョンマークが、変化する――[器]という名へと。
(´・ω・`)もう少しだけ続くのじゃ。ハッピーエンドへの道は厳しい




