三十五話
(´・/ /ω・`) スパっと一閃されちゃったの
「あ、今日も来てくれたんですね? 本日は如何なさいますか?」
「そうですね……じゃあ今日は彼女でお願いします」
あの夜から三日。
すでに領主であるウェルドさんは自分の屋敷へと戻り、俺とリュエはこの宿場町に留まっている。
ここに留まるのにリュエが少しだけ難色を示したが、あの店に自分は行かなくていいと知ると納得してくれた。
……ナニされたんですかね?
「あ、カイヴォン様! 今日はお姉さまは一緒じゃないんですか?」
「ははは、どうやらちょっと恐い目にあったらしくてね」
「げっ……ちょっとしたスキンシップのつもりだったんだけど失敗しちゃったかな……」
「いやぁ、同性の友達なんて今までいなかったから驚いただけじゃないか?」
本日のお相手はリュエにナニかをしたエルフのお嬢さん。
ここに来るのはこれで4度目だが、レイスさんの姿を見たのは初日のみ。
彼女は普段、屋敷の奥にいるそうだ。
それでもここに通うのは、彼女がどういう人なのか少し探る為。
女の過去を詮索するのはちょいと気分が乗りませんがね。
なお、毎日暇なリュエは、この街のギルドで採取依頼と街の警備の依頼を連日受けているそうだ。
きっと免疫のないリュエは、この色街の警備で右往左往している事だろう。
もし変な男が言い寄ってきたら、死なない程度にぶっ飛ばしても良いとギルドからお墨付きを貰っているそうだ。
持っててよかったSSランク。
さて、いつまでも女性の目の前で他の女の事を考えるのは失礼だ。
「じゃあ今日はどうしようかな……個室でお願いするよ」
「わかりました、ではご案内しまーす」
ここに足を運び、その度に相手を変えているのは勿論、顔を売る事と、レイスさんの人となりを知る為。
とは言え突っ込んだ話を聞こうとして、下手をして出入り禁止、果てはこの色街全体を敵に回すなんて事にもなりかねないのでじっくりと。
決して少しでも多くここにきて良い思いをしたいとか、そういうんじゃないんです!
「何飲みます? あ、この部屋の補充まだ済んでない……」
「ある物でいいよ。とりあえず最初は甘めの物がいいかな?」
それから少しして。
「そうなんですよぉ……マザーはもういーっつも私達のために屋敷の管理から庭の手入れまで……そういうのは新入りにやらせればいーんです!」
「率先して上の者が動くなんて、立派な人だねレイスさんは」
「本当ですよ~……私みたいなエルフまで置いてくれて~」
「そういえば、殆どがヒューマンでしたね」
「そうですよ~、エルフがこういう場所で働くのは珍しいんですからね~……」
飲ませすぎた。
いや、正確にはこの子が飲み過ぎた。
甘めのお酒を頼んで用意されたのは、度数の高い果実酒ばかりで、カクテルのような飲み方を知らなかったらしい。
お願いして作ってもらったら、自分でどんどん飲み始めてしまった。
というか酔い方がリュエに似ている。エルフはみんなこうなんだろうか?
「それで~……それで~……」
「よしよし、今日はもう帰るからこのまま寝てていいから」
「は~い」
本格的に呂律が回らなくなり、ソファーに身体をだらりとあずける彼女の頭をぽんぽんと軽く撫で部屋を後にする。
外で待機していた従業員に後のことを任せ、本日の調査を終了した。
「おかえりカイくん。今日も女の子と楽しんでき来たんだね」
「いやぁすまない。どうしても気になってさ」
「ふむ、まぁ目的があっての事だと分かっているけど、それでも私は面白くない」
宿では警備を終えたリュエが、少しだけ膨れっ面で待っていた。
態々入り口まで。まるで酔っ払ったダメ亭主を迎える奥さんのようだ。
……ちょっと嬉しいと思ってしまう俺は、本格的に駄目男なのだろうか。
「わかった、明日は行かない。俺も一緒に警備の仕事をするよ」
「本当かい? いやぁ毎日変なのが近寄って面倒だったんだ。じゃあ魔王の格好でよろしく頼むよ!」
「俺はカラス避けか何かですかそうですか」
機嫌を取るのも大変です。
悪いのは俺なので思う存分使われてあげようじゃないか。
それに、厭味ったらしく責めるでもなく、きっぱりと言ってくれるとむしろ気持ちがいい。
その辺りは天然なのか、それとも此方を気遣っての事なのか。
「じゃあ私は自分の部屋に戻るよ、明日は起こしてくれるかい?」
「了解了解」
翌日。
案の定彼女は自室でだらしなくイビキをかいていた。
本当、自分の部屋の中だとここまでだらしなくなれるんですね貴女。
「リュエ、早く起きないと見えちゃいけないものが見えてしまうぞ」
「ぅぁぁ? おはようカイくん……」
彼女は半目を開けながら、両腕を上げる。
「この手はなんだこの手は」
「ひっぱって」
自分で起きる気力もないのかこの人は。
華奢な白い手を握りゆっくりと引っ張ると、まるで操り人形のようにダラりと起き上がってくる。
その反動で長い髪の毛が全て前へと垂れ、真っ白な『某テレビの中からクルーキットクルー』なお化けのようになっている。
「準備するから、少し待ってて……」
「はいよ。下にいって主人から軽食貰ってくる」
「ありがとー……」
本当隙だらけですね貴女。
二人でサンドイッチを頬張りながらギルドへと向かう。
「それで、結局通いつめて何か判った事はあったのかい?」
「一応従業員の子から聞いた話を纏めると――」
曰く、彼女はこの街が出来た当初からあの場所で商売をしていた。
曰く、今の領主がここに就任する前からこの地方に住んでいた。
曰く、事情があって行く場所がなくなった娘さんや、身体を売るのに耐えられなくなった娘さんを引き取っている。
そして、自ら母と名乗り、いつしか色街の顔役のようなポジションに収まったと。
人柄は身内を守るために全力を尽くし、献身的であり、そして――
「誰にも、娘たちにも心の底を見せない、か。なんだか不思議な人だね」
「見せないと言うより、一定の距離を保っていて誰も踏み込めないって感じだそうだ」
「ふむ……それは彼女が魔族だって事を隠してるのと関係あるのかな……」
「え?」
彼女が魔族……?
確かに上位の魔族は羽や角を隠すことが出来ると聞くが、彼女が?
驚いてリュエの顔を見返す。
「ほら、私は人一倍魔力の察知能力が高いからね。カイくんと初めて会った時の事、覚えているかい?」
「そういえば……」
確か、あの時リュエは一瞬で俺が魔族ではないと、かといって純粋な人間でもないと見破った。
しかし彼女が魔族だとすると……もしかしたら本当にあのレイスなのか……?
「リュエ、魔導具で髪の色や瞳の色ってかえられたりするのか?」
「そうだね……相手を惑わす……ではないか。だとしたら自分に作用させる術式で……」
「リュエの倉庫の中にそういう魔導具の類ってないのか?」
「あ、それもそうだね。依頼が終わったら調べてみるよ。じゃあほら、ギルドに到着したし行くよ」
いつの間にか到着したギルドへと入る。
やはり宿場町だけあり、外部から多く人が来るのか冒険者と思しき人間でひしめきあっている。
そして色街の存在の所為もあり、圧倒的に男の割合が多い。
というか……今この場に女はリュエとギルドの職員だけじゃないか?
「リュエ、久々に予言をしてやろう」
「残念だったねカイくん、もうそれは初日に経験済みさ」
「なん……だと……!」
そういうお約束は俺がいる時にしてくれよー!
「おはようございます姐さん! 本日の採取依頼、見繕っておきやした!」
「ご苦労様」
「リュエ、これはどうなってるんだ」
肩パッドに火炎放射器が似合いそうな個性的なファッションの冒険者が、跪くように一枚の依頼書をリュエに手渡している。
君本当に何したの!? ねぇ!
「初日にボコった。後警備中に騒いでいたり絡んできた子も片っ端から」
「oh....」
「おいテンメェさっきから何姐さんに気易く話しかけてんだゴッラァ」
唐突に、今まで跪いていた人と似たようなファッションをした人間が胸ぐらを掴んでくる。
やだこの人恐い。
つい条件反射で身体が動いちゃう。
「その手を放せ。人の大切なパートナーに手を出すな」
瞬間、もっと恐い人が隣に現れた。
リュエさん、貴女が怒る姿を見たのは何気に初めてです。
俺の知っている声より2オクターブ低い、底冷えするような声が鋭く刺すように飛ぶ。
瞬間、胸ぐらから手を放してくれた。
「カイくん、ごめんね。だからその物騒な魔法を止めてくれるかな」
「あ、つい」
彼の背後と足元、そして俺の両手から生えていた漆黒の氷の刃を収める。
咄嗟だと剣を背中から抜くよりこっちの方が早い。
そろそろサブウェポン的な物を俺も持つべきだろうか? もうゲーム時代のような装備の制約もないのだし。
「ひ、ひいい! すんません、すんませんでした!」
「いやいや、リュエを守ろうとした行動だし今回は許すよ。ただ――」
こっちだってびっくりしたんだからね!
なので少しだけ意趣返し。
後で着替え直すのが面倒なので、個別で魔眼のみを装備する。
「次はないぞ、覚えておけ」
「ヒイヤアアアアアアアア!!!」
念のため掲示板にも向かってみるも、やはりこの辺りには魔物があまり出没しないのか、討伐の依頼はあまり無かった。
しいていうのなら、農地周辺の見回りや、鳥型の魔物を倒す物くらいだろうか。
殆どが採取依頼と、街中の依頼ばかりだった。
店の用心棒から、夜の警備等々。中には送り迎えの依頼まである。
「私は警備と一緒によく送迎の依頼も受けているよ。やっぱり綺麗な人が多いからね、家まで安心して帰りたい人が多いみたいだ」
「へぇ、どれどれ」
見れば、そういった依頼はギルドのお墨付きを得られた品行方正、そして実力のある人間しか受けられないらしい。
必要ランクもB以上と中々に厳しい条件だ。
「って、レイスさんのもあるじゃないか」
「あ、本当だ。へぇ、街の会合があるんだね」
「じゃあ俺はこれを受けてもいいか?」
「ええと、時間的には警備の依頼の途中で抜ける事になるけど、この警備も街の会合の警備だし相談してみようか」
相談の結果、彼女の警護も警備の一環だからと許可を得ることが出来た。
と言うよりも、ギルドの方からお願いされたくらいだ。
どうやら、彼女はギルドの職員からも慕われているらしい。
担当の職員は男性だったのだが、終始羨ましいと、名誉な事ですよとこちらに言ってくる。
さてさて、じゃあ日中の内に採取依頼をぱぱっと終わらせて本番に備えますかね。
(´・ω・`) ヒャッハー! 汚豚は消毒だー!




