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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
十五章

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三百三十九話

「カイくんストップ」


 階段を登り切り、扉を押し開こうとした時だった。

 後ろのリュエが声を潜めながら待ったをかける。


「……人の気配がする。カイくん、いつものアレを頼むよ」

「分かった」


 今回も抜剣は無し。自分自身に付与した[ソナー]を使い、周囲の様子を探る。

 すると、先程俺達が通った入り口前のロビー跡、リュエが浄化を試みたその場所に一人。

 そして扉の外に四人、内部の瓦礫や空き部屋の五人、さらに二階部分に三人、人が潜んでいる事が判明した。


「ダリア。今日はコーウェンさんの部下達も後から来る予定だったのか?」

「いいえ、聞いていません。しかし……一人はコーウェンの魔力で間違いありません」

「……何か一悶着ありそうだ。全員、警戒しておいてくれ」


 殺気、という物を最近になって区別出来るようになったのだろうか。

 人の気配がないはずのこの廃墟に、今はどこか、全身の毛がかすかに震えるような、見えない、感じられない、けれども確かに存在する何かを察知する。

 そして、唯一隠れるでもなく、ただこちらを待ち構えている人物、コーウェンさんの元へと辿り着く。


「コーウェン、私達がしっかりと役目を果たしたのか確認に来たのですか?」


 先手を打つようにダリアが尋ねると、コーウェンさんは含み笑いのような表情を浮かべながら――


「ええ、そうです。どうやら、しっかりと正常化させる事が出来たみたいですね。封印拠点が破壊された所為で均衡がとれなくなっていたのですよ」

「……あれがなんなのか知っている風な口ぶりですね。答えなさい、あれはなんです! 封印の楔等ではない、あれは……呪術の儀式、祭壇のようなものではありませんか!」


 どうにも、嫌な予感がしてくる。

 今のうちに対策を取るべきだろうか。


【ウェポンアビリティ】

[生命力極限強化]

[龍神の加護]

[絶対強者]

[再起]

[輪廻転生]

[簒奪者の証(闘)]

[殺戮加速]

[移動速度二倍]

[アビリティ効果二倍]

[硬直軽減]


 ひとまず剣を抜かずとも戦闘で恩恵を得られる物を一通りセットしておく。

 もしも戦闘になれば、ちょっとした検証もかねて戦わせてもらおう。

 後半四つのアビリティだが、もしもこれらが俺の思う通りに働いてくれるなら、恐ろしい程のシナジーを得られるはずなのだ。

 具体的に言うなら『俺HAEEEEEEEEE』。一人殺した時に得られる加速効果を通常の四倍得られるのではないだろうか、という訳なのだが。


「ええ、知っていますとも。あれは封印の力を削ぐ物。七星を抑える清浄な魔力を対消滅させる、とびっきりの呪詛をまき散らす物です。どうです、さすがの貴女も消耗したでしょう?」


 言っている言葉は、どう考えてもダリアや封印に仇なす内容だというのに、さも当たり前だと、至極当然の事を話すように平然と彼は語る。

 ふむ、なるほど。つまりこいつは――敵だったと。


「ダリア。お前さん本調子じゃないだろう? 休んどけ」

「……はい。話は後でしっかりと、全て話してもらいますよ、コーウェン」

「まだ貴女方は自分がどのような状況にいるのか分かっていない様子ですねぇ……」


 コーウェンが指を鳴らすと、既に察知済みの場所から、黒いローブを着た人間達が音もなく現れる。

 ……間違いない、こいつらは隠れ里を襲った連中と同じ。つまり……フェンネルに貸し出していた連中という事だ。


「あー……コーウェンさんや。これはつまりアレですか。フェンネルに頼まれてるって訳じゃなくて、俺達を材料にあのフェンネルと交渉でもしようって腹なんですかね」

「カイヴォンさんでしたか? 中々良い読みをしていますね。半分正解です。貴方達がサーズガルドにおいて指名手配されている事は既に知っていたのですよ」

「なるほど。ついでにあの祭壇? あれ使ってフェンネルに黙って何か益を得ていたと見てよろしいか?」


 どうにも、こいつからは『邪悪』をそこまで感じられない。そこにあるのは『欲』のほうが強いように思えるのだ。

 屋敷で語っていた、独立を願う思い。それも言い方を変えれば欲。そして――


「もう半分は単純ですよ。ダリアさん、貴女を聖女として完成させたいのです。貴女は歪過ぎる。人の身に魂は二つもいらないのですよ」

「ふむ。ダリア、薄々思っていたが、それ性格の切り替えとかじゃないんだな?」

「……それも後程話します」


 なるほどなるほど。猛烈に心を揺さぶって、ダリアの中の聖女を表に引っ張ってくるって目的もあったという訳か。

 最近、頻繁に物言いや思考が女性的になっていたように思っていたが、それにも何か理由があるのだろうか。

 しかしまぁ……聞くべき事は聞けた。そろそろ良いか。


「コーウェンさん、最後にもう一つだけいいかな?」

「ええ、構いません。貴方は中々に面白い。何が知りたいのですか?」

「……この状況で俺達がお前さんの望み通りに捕まると、本気で思っているのか?」


 背後の二人に向かい、両腕をそれぞれ振るう。

 放出されるのは気弾。拳闘士の初期格闘術『気功撃』。

 低威力低燃費。初心者が『わぁい波〇拳だ』と喜びながら連発する微笑ましい技だ。

 しかし、通常攻撃以下の威力である事実から、次第に使われなくなる可哀そうな子でもある。

 しかしまぁ――使う人間が使う人間だ。

 背後の瓦礫が粉塵と化す。そして何か流れ込んでくるような、力が滾るような感覚の赴くまま、全力で足に力を込め、先程見破った刺客の隠れ場所へと向かい、相手が振り向くよりも先に頭を潰す。

 ……一人一人が常人の十倍以上は強いと聞くが、正直それでダリアやシュンがどうにか出来るとは俺には思えんよ。

 全てが終わり、俺は元の場所に戻る。

 先程までコーウェンと問答をしていたその場所に立つ。


「な……お前達、全員でかかれ!」

「……目で追えない速度まで上がってたって事かね」


 恐らく、最初の気功撃で二人倒したところまでしか見えていなかったのだろう。

 既に壁伝いに二階の人間を倒し、そこで更に速度を得てから一番遠く、つまり建物の外で待機していた連中を始末して戻ってきたというのに。


「速さはそのまま破壊力に直結する、か。こりゃ今後のアビリティ構成の参考になるな」

「どうした! お前達、出てこい!」

「無駄ですよ、コーウェン。どうやら、彼が今この瞬間に片をつけてしまったようです」


 未だ状況が掴めないのか、段々と声を張り上げていくコーウェンを諭すようにダリアが告げる。

 するとその時、静かに事の成り行きを見守っていたリュエがコソリと話しかけてきた。


「カイくんカイくん、今凄い速さで動いていたよね? 途中から目で追えなくなっちゃった」

「わ、私も……ヴィオさん以上の速度だったと思います……」

「む、そこまでだったのか。ぼんぼんスピードフォームと呼んでください」


 リュエさん眼を輝かせない。今割とシリアスな場面だから。


「馬鹿な事を! ダリアさん、何をしたんですか。まさかこの状況で術を使えるとでも?」

「いいえ。ご存知の通り、今現在まだ私は動揺しています。封印の管理で手一杯の状況です」

「……伏兵がいたのですか。迂闊でしたね。ですが――お前達、入ってこい」


 コーウェンさんがニヤリと笑い、建物の外へと声をかける。

 なるほど、彼らは建物内に潜ませていた人間とは別カウントだったのか。

 そろそろ現実を教えるべきだろうと、一息に駆け出し、建物の外へと出る。

 横たわる骸を尻目に、ゆっくりと扉を開き再び歩いて中へと向かう。

 すると、信じられないとでも言いたげな目のコーウェンさんと視線が重なった。


「んな! もう一人いるだと!?」

「いやいないから。前見ろ前」

「いつの間に……転移の魔導だと……」


 めっちゃ速く動いてるだけです。

 それを示すように彼の前に移動すると、一瞬遅れて仰け反る。


「……合計一二人、全員この世から消えてもらった。一三人目に立候補するか?」

「んな!?」


 再び元の場所へと戻る。

 今までとは違う戦い方も出来そうだな、この組み合わせは。

 命を奪う事前提のアビリティ構成故に、おいそれと使う事は出来ないが。


「……コーウェン。全て話して貰いますよ。貴方がしてきた事、その全てを」

「脅しですか? 良いでしょう、好きなだけ脅しなさい。私が死んだらきっとこの国はより一層団結力を増すでしょう。サーズガルドへの不満を持つ者達が奮起する事でしょう。その起爆剤になるのならば、自由への礎になるのならば――」


 面倒な人間だ。恐らく通常の脅しで屈するような精神状況ではないのだろう。

 ダリアもそれに気が付いてか、忌々し気に表情を歪める。

 ……なら、常軌を逸した人間による狂った言動ならばどうだ?

 俺はゆっくりと歩み出る。一瞬だけ怯んだコーウェンの元へと向かいながら、もはや武力行使、暴力の代名詞となりつつある魔王の姿へと移り変わる。


「今日、沖に船は出ているか」

「ヒッ……ドラゴニア……いえ、魔族ですか」

「質問に答えろ。今日は沖に船は出ているか?」

「出ていない、今日は海域封鎖中だ」


 足に、全ての力を込める。

 ギシリと、骨と筋肉が反発するような音が響き、全身がワナワナと震える。


「……ここで、俺達に屈しろ。そうすれば――」


 力の解放。一瞬で景色が変わり、俺は島の海岸へと辿り着いていた。

 左腕にはコーウェンが捕まえられており、今の高速移動の反動で気を失ってしまっている。

 頬を軽く叩き、気が付くように促すと、予め何か対策をしていたのか、思ったよりもあっさりと目を覚ました。


「目の前を見ろ」

「なにを……一体ここは――」


 息を飲む音が聞こえる。

 腕の中で力が抜けたのか、急激に重さが増えたように錯覚する。

 先程までの海、どこまでも続いていた海。それを全て消し飛ばして見せたのだ。

 速度とは力。全ての勢いを己の拳に乗せ、全力の気功撃を海へと放ったのだ。

 海が割れ、海底が抉れ渓谷となり、そこに弾け飛んだ海水が流れ込んでいき、まるで唐突に海の中に大きな滝でも生まれたかのような光景を作り出していた。

 それは、遥か彼方、水平線まで続く一筋の線。文字通り天変地異にも等しい一撃。

 恐らく、この世界に来てから最も破壊力のある一撃だったのではないだろうか。


「海が……割れて……」

「ここで俺に屈しろ。そうすればお前やお前の勢力にこの力が向かう事はない」


 もう一度振りかぶり、今一度気功撃を空に放つ。

 雲が歪に割れ、少しした後に割れた入道雲から雨が降り始めた。

 通り雨のような、にわか雨のようなそれは、少しの間だけ海面を騒がせた後に、再び元の晴天へと移り変わる。

 ……全力を出したのは久しぶりだったんですが、ここまで出来るようになっていたんですか。いやはや恐ろしい。


「脅しには屈しないと言ったな? これでも屈しないのなら、今度はもっと手近なところを攻撃して見せようか? 『どの領地を消すか決めていいぞ』」


 思考の範疇にない行いに対応出来る程、彼の肝は据わっていなかったのだろう。

 うなだれたまま、ただ静かに『話します、なんでも話します』と、まるで壊れた玩具のように呟き続けるのだった。






「……この領地を単独国家として独立ですか。大それた夢を見ましたね、コーウェン」

「……はい」

「呪術祭壇により封印の一部に綻びを生み出す……これは誰の入れ知恵です。こういう言い方はしたくありませんが、貴方はそこまで優秀ではない。少なくとも術式方面は」


 浜辺で項垂れるコーウェンにダリアがただ淡々と詰問する。

 折れたのだろう、心が。もはや自分の口を噤むつもりが微塵もないのか、言われるまま全てを答えている姿は、一歩間違えれば廃人となっていたのでは、と思う程だった。

 少々やり過ぎてしまっただろうか。脅しに屈しないような人間は壊すしかないというのが俺の導き出した答えだったのだが。


「……残された資料から、理論をくみ上げました。あの研究所に残されていた資料です」

「となると、元はフェンネルですか……。では恐らく、フェンネルは貴方の動きに気が付いていたはずです。その上で放っておいたのでしょう」


 話を纏めると、ダリアは自分が看取った子供達を、最期はせめて生まれ故郷である島に、かつての仲間、つまり同じ日に生まれた者同士を一緒に眠らせる為、あの島に慰霊の場を作っていたそうだ。

 コーウェンはそこを暴き遺体を復元、そして死してなお消えていない強大な力を呪いに転化させ利用していた、と。

 封印の綻びから出た大量の魔力は、全て自分の部下達にまかせていたそうだ。

 つまり、俺とダリアが領主の屋敷で聞いていた話は半分真実だったという訳だ。

 そうして蓄えた力を持った人間をフェンネルの元へ送り込み、信用を得ながらその中枢へと潜り込ませる――という腹積もりであったと。

 だが、今ダリアが言うように、フェンネルがそれを知っていたのだとしたら。

 下手をすれば、彼の背信、裏切りにも似た行動すら利用していた可能性すら浮上する。


「……それで、貴方はこれからどうします。大人しく共和国の和を乱さずに慎ましく生きるというのなら、これまで通りの関係でいる事も可能ですが」

「……もう何もわかりません。もはや八方ふさがりです。フェンネル様も気が付いていたのなら、私はその報復が恐ろしい」


 項垂れるコーウェンに、ダリアが溜め息を吐く。

 そして――


「でしたら、大人しく退陣なさい。貴方は少々長くその場所に立ちすぎた。だから余計な欲が生まれ、こんなバカな真似をしたのです。一線を退き、大人しく隠居なさい」

「……それも良いかもしれません。どうやら私は浅はかだった……この世界には、どうにも出来ない力の差が……上に立つ為の必須能力があると……彼を見て思い知らされました」

「ああ、そうだ。今現在力ある人間が台頭している以上、知略だけでそいつをどうこうするなんざ夢のまた夢だ。現実は英雄譚みたいに上手くいかないんだよ」


 そう、サーズガルドがシュンやダリア、そしてフェンネル自身といった大きな力を持っている以上、それに比肩する力がなければ対等な位置に立つ事は許されない。

 もしかしたら、得ていた魔力でさらなる力を生み出す算段もあったのかもしれない。

 だが、その野望ですら、俺の脅しという名の暴力に砕かれた、といったところか。


「……今は、大人しくしていなさい。この国、いえこの大陸は今、変革の時が来ているのかもしれないのですから。だから今はただ、静かに暮らす事だけを考えなさい」

「……それが望みならば、従います。もう、何かする気力も湧きそうにありませんから」


 これで話は終わりだと言うように二人が締めに入る。

 いや、それはまだ早い。お前さん、何優しい聖女様のままこいつを許そうとしているんだ。


「お前さん、墓を暴いて死者を冒涜したんだ。相応の償いはしてもらわないとダリアだって内心怒りが収まらないはずだ」

「っ……いえ、どこまでいってもあの子たちは既にこの世を去った身ですので――」

「いや、だったらなんで『そのまんま』なんだ? 怒りが収まらないからこそ、そんな状態なんじゃないのか?」


 時折、俺自身怒りのあまり無意識に魔王の姿となる事がある。

 それは、ある意味免罪符のようなものだと思っていた。

『この姿ならば怒りに任せて全てを壊しても良い』『魔王ならば、何をしても許される』

『俺ではない魔王。もう一人の自分なのだから』そんな気持ちが無意識にあったのかもしれない。

 そしてそれは、きっとダリアにも……。


「では……あの研究所跡を完全にさら地に戻してください。あの島全体を慰霊の地として生まれかわらせてください」

「……分かりました。明日にでも取り掛かりましょう。私が間違っていた、分不相応な野望を抱いた私が全て……」


 慰霊の島。確かに、今回俺が始末した人間や、封印を破られた時の惨劇。

 そしてあの祭壇や過去の襲撃と、あまりにもあの島の中で血が流れ過ぎた。

 ダリアの提案に、コーウェンが深く頭を下げる。

 以前話した時とは別人のように覇気を失ったその姿を、一瞬だけ痛ましく思う。

 だが……もしも俺がダリアの立場だったら。もしも墓の下に眠っていたのが俺の家族だったら……そう考えると、ダリアの沙汰は温情なんて次元ではない、これ以上ない程甘い沙汰のように思えた。だから――――


「コーウェン。約束を違えた時はどうなるか、忘れるなよ」

「っ! はい! 忘れません、決して、決して……」


 俺が刻もう。恐怖と共に、自分の過ちと罰をその心に。




 もうこの街に留まる理由はなくなったからと、明日でここを発つ事を決めた俺達だが、宿への道すがら前を行くダリアがポツリと漏らした。


「……何故、最後にあんな事を言ったのですか?」

「お前があまりにも甘い事言うからだよ。バランスがとれて丁度良い」

「……そうですか。ですが、今回の件は私にも落ち度がありました。なので、あれで良かったんです。私が、彼の葛藤や思いに気が付けなかったから……」


 ふと違和感を覚える。目の前の少女が、本当にダリアなのかと。

 根底にあるダリアの人格とはまるっきり違うその在り方に、こちらの思考が追い付けないのだ。


「……ダリア、話せるか? 自分が今どういう状況なのか。一緒に旅をしているんだ、そろそろそっちも隠し事は無しで頼む」

「……ええ。ここ最近、あまりにも大きな事件が起こり過ぎましたから、ね。そろそろ話すべきなのかもしれません」


 宿に着くと、ダリアは徐にテラスへと向かい、ただ静かに海を眺めながら、沖に鎮座するリュエの作った氷壁を眺めていた。


「大したものですよ本当。能力的には私の方が彼女より上のはずですが、あそこまで繊細に、かつ高出力の魔導をあの距離で発現させるのは至難の業なんです。これも年月の差ですね」


 今、この場にリュエとレイスの二人はいない。俺が頼んで席を外している。

 たぶんきっと、地球の事も含めた話題が出るかもしれないから、と。


「……実は、私が眠りについていたのには理由があります。想像出来ますか? 五〇〇年です。それを、ただ地球で一般人として生きていた人間が経験する事を」

「正直気が遠くなる話だな。だから眠っていたのか? 精神が摩耗しないように」

「ええ、そうです。摩耗し過ぎた結果、彼は自分の置かれた立場に相応しい人格を生み出し、逃避の道を選びました。ですが……それで本体である自分、ヒサシの摩耗を抑える事は出来なかったんです」


 語られるのは、この世界に来てからすぐの彼らの事。

 そして戦いに巻き込まれ、気が付けば国の中枢で指揮をとる日々。

 それが一〇年、二〇年と続くうちに、心労が、そして感覚が狂っていった事。

 五〇年を過ぎた頃には、ひたすら娯楽を求め、国をないがしろにしていた事もあったという。

 けれども周囲が求めるのは、聖女という存在。癒しや救いを与える、絶対的な存在。

 故に、演技として続けていた聖女という存在が、次第に人格として目覚めていった、と。


「聖女を続けているうちに、ふと気が付いてしまったんです。私の方が、この世界で長い時を過ごすのにふさわしいと、地球にいた人間では、そもそも耐えられる物ではないのだと」

「それで、お前さんは、ヒサシはそれで良いと考えたのか?」

「まさか。私も彼もそんな事を是とするはずがないでしょう。私が長く留まれば留まる程彼の人格が薄れ、私という存在が補強されていく。ならば、私もろとも休んでしまえば良いと、フェンネルに提案されたんです」

「……だが、実際にはお前さんの目を盗んで悪さをする為の方便だった訳だ」

「そうですね。それに――シュンの事もありますから」

「それだ。あいつはどうなんだ。精神がすり減ったりしなかったのか」


 あいつも随分と変わっていた。

 元々おしゃべり好きで人懐っこい性格だったはずが、今では騎士として、国の人間としての責務を第一に考えているような雰囲気を纏っている。


「彼は切り替えが上手ですよ。昔の自分と今の自分を完全に区別しています。もっとも、それは彼にこの世界での幸せな記憶が強く残っているからだと思いますが」

「幸せな記憶……?」

「貴方にとってのリュエとレイスのように……いたのですよ、彼にも共に歩む大切な人が」


 ダリアが語るのは、シュンが自らのセカンドキャラクターとサードキャラクターと過ごした日々の思い出だった。

 だがそれは――果たして本当に幸せだったのか、俺には少しだけ疑問に思える内容だ。

 あいつのセカンドキャラクターは、ダリアと同じくエルフの女性だった。

 だが――サードキャラクターは、エルフの男性だったのだ。

 そして、俺とリュエ、レイスが感じていた絆のような物を、その二人も感じていたのだろう。


「子供ですからね、見た目は。それに種族の差もあります。シュンとではなく、あの二人が惹かれ合うのは必然でした」

「……シュンは、自分の大切な分身が結ばれるのを傍で見守っていた……」

「はい。そして彼は強く決意をしました。『自分の分身が愛し合い、そして残した子供達が暮らすこの国を、未来永劫守り抜いて行こう。それこそがあの二人が自分にくれた使命だ』と」


 ああ……そうか。そりゃあお前がぶれないわけだ。国に忠誠を誓うはずだ。

 そんな理由があるのなら、俺だって同じ道を選ぶだろうさ。


「……待て、じゃあシュンのセカンドとサード、“ジェリン”と“シン”は死んだのか?」

「ええ。天寿を全うして旅立ちました」

「おかしい、俺達は不老だ。どうして二人には寿命があった」


 するとダリアは、心の底から悲しそうな瞳をこちらに向ける。

 渇望、嫉妬、悲哀、そんな感情が渦巻く深緑の瞳に、何故だかこちらの心が締め付けられる。


「……以前言いましたよね。私達神隷期の人間が成長する、寿命を得る条件があると」

「……国を出るときに教えてくれるって言っていたな。だが……なんとなく想像が出来た」


 今の話を聞いて、その推論が浮かび上がり、そして同時に納得出来た自分がいた。

 俺達は“この世界の理の外”にいる存在だ。

 だがもし、子供を作り、生命の循環に組み込まれたらどうなる?

 それは、世界の理に従い始めたと言えるのではないだろうか?


「答えは簡単です。愛するものと結ばれ、子供の親となる事。それで私達はようやくこの世界の住人になれるのです」

「……なるほどな。そりゃ、お前が俺達を見て心配したり、子供の有無について過敏に反応する訳だ。安心しろ、まだ最後の一線は越えていない。それ以外はまぁノーコメントだが」


 長い旅で、レイスに求められた事だって当然あった。

 それに応えるのはやぶさかではなかったが、旅の最中だからと、その最期の一線だけはしないと彼女とも約束している。

 ……あまり詳しくは語るつもりはないが。こればっかりは俺だけの幸せな思い出だ。


「ともあれ、彼は恐らくこれからもブレないでしょう。ですが――私、ヒサシは違います。自分の本来の性とは違う身体で過ごす長い年月は、どんな対策を講じようとも、容赦なく彼をすり減らしていくのです。そして――」


 再び、こちらを見つめる。

 不思議な瞳だ。今度は感謝のような、責めるような、相反する感情がこめられているようで。


「最後のブレーキを、貴方が取り外してしまいましたから……」

「……再会したから、か」

「ヒサシでいる理由が、貴方だった。再会した時に別人だったら、貴方は永遠にヒサシと再会出来ない。だから彼は、どんな時だってヒサシらしくあろうと努めていた。けれど――もう、満足してしまったのでしょうね。私がこうして頻繁に出てくるのですから」

「……そうだったのか。……義理堅いヤツだよ本当」


 薄々、そんな気はしていたんだ。

 あいつはたまに疲れた顔を見せていた。それは本当に、心の底から疲れたと、もう休ませてくれと、弱音を吐く時に見せる顔で。

 そして……今こうして“彼女”が表に出ている間は、しっかり休めているのだろうと、安心出来て。けれどもそれは同時に、ヒサシが少しずつ消えていく事に他ならなくて。


「明日には、目覚めるでしょう。そして私はまた眠りましょう。今、聖女は求められていないのですから」

「……そうかい。ただこれだけは言わせてくれ。俺は、例えヒサシが消えていたとしても、再会を喜んでいたさ。同じ思い出を共有出来て、それで一緒に過ごせるのなら、それは間違いなく――俺の親友だ」


 おかしなものだ。こうして目の前にいるダリアが、話を聞いているうち本当の別人だと分かったというのに、それでもこいつは俺の友であるという認識が微塵も消えない。

 まるで、もう一人いたかのようだ。俺とヒサシと、そしてこのダリアが同じ場所に。

 同じ思い出を共有出来る存在として、最初からもう一人いたかのように錯覚するのだ。


「……ありがとうございます。その言葉を聞けて、長年の不安が消えました」


 涙を浮かべて微笑みを見せたその表情は、たぶん、初めて見せたもの。

 ヒサシの表情のちらつかない、ただの小さな女の子の、安堵の笑みだった――


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