不動隊
*
とりあえず中に入るッス。
ミミにそう言われ、望夢は再び麗奈たちがルームシェアしている部屋に入った。
リビングは、数日前に丸山と訪れた時とほとんど変化はなかった。唯一変わっていたのは、あの時は五つあった椅子のうち三つしか埋まっていなかったが、今日は四つ埋まっていることである。ちなみに麗奈たちがジャージ姿がなのもあの時と同じなので、変化はこれだけだった。
金髪の女性は巨体をほとんどはみ出させるようにして椅子に座り、テーブルの向かい側に座るに麗奈やミミたちと談笑している。
「随分早かったわね。もう体は大丈夫なの?」
「ハーイ、もうバッチリデース」
そう言って麗奈に笑顔を向け、金髪女性は両腕を曲げてガッツポーズをする。膨らんだ上腕二頭筋で、制服の袖が窮屈そうにミシミシ鳴った。
「あそこから落ちてあの激流に呑み込まれたらまず助からないと思ったが、案外何ともないものなんだな」
「DSDの保護機能があるから大丈夫ッスよ。落ちた瞬間に次元凍結されて、後は回収されるのを待つだけッス」
巴の疑問にミミが答えるが、金髪女性は笑顔で否定する。
「それが違うネ。普通ならDSDの保護機能が働くはずだったけど、ミーの場合致命傷と判断されなくて作動しなかったネ。おかげで意識があるまま川に流されて、死ぬかと思ったヨ」
「作動しなかったの?」
「頑丈すぎるのも考えものだな」
「普通なら死んでるッスよ」
「まったくデース」
四人揃って笑い出すが、望夢はまったく笑えない。それ以前に話がまったくわからない。
「あの……ちょっといいですか」
望夢が恐る恐る手を挙げると、楽しそうに話していた四人の視線が一瞬で集まる。
「どうした」
巴に発言を許可されたので、望夢は思い切って質問をする。
「その人は、誰ですか」
「ああ、きみは初対面だったな。こいつは力丸・タンクレディ・彩芽。麗奈やわたしと同じ、この隊の前衛担当だ」
「タンクレディ……。アメリカ人なんですか?」
「ノー。ダディがアメリカン、ママがジャパニーズのダブルネ」
そこまで話して、望夢はようやく思い当たる。
「あっ! そういえば以前怪我で一人欠けてるって言ってた――」
「イエース。それがミーね」
金髪女性――彩芽がにっこり笑う。金糸を束ねたような髪に碧い瞳。うっすら残ったそばかすといい、首から上だけ見れば典型的なアメリカンスマイルだった。
「どうして怪我をしたんですか?」
「それがね」
望夢の問いに、麗奈が笑いながら答える。
「彩芽ったら、戦闘中にかずら橋から落っこちたの」
「かずら橋って、あの祖谷の」
祖谷のかずら橋とは、徳島県三好市にある、葛類の蔦を編んだものを使って架けられた原始的な吊橋である。橋の長さは45メートル、谷からの高さは14メートルもある日本三奇矯の一つであり、重要有形民俗文化財にもなっている。
かずら橋の下を流れる川は、モウリョウが現れる前は急流下りやラフティングツアーなどが行われていた激流である。素人が救命胴衣なしで落ちたら無事では済まないだろう。
「あそこから落ちたんですか……。よく無事でしたね」
「無事じゃないネ。肋骨二本と左足が折れちゃったヨ」
「そんな心外な、って顔されてもこっちは『むしろ何でその程度で済むんだ』って感想しかないんですけど」
「OH、このボーイ失礼デース! って言うか、レナ、このボーイは誰デスか。どうしてここにいるネ」
「いや、あんたが連れてきたんでしょ……」
「ワオ、そうだったネ。ミーがエントランスで拾ってきちゃったネ」
「人を犬かネコみたいに言わないでください」
「リッキー、聞いて驚かないでくださいッスね。なんと彼は、ウチらの新しいリーダーッス」
「ワッツ!? リーダー? このボーイが?」
「どうも、不動望夢です。一年生ですけど、よろしくお願いします」
「一年生!? OMG! 年下で、しかもボーイがリーダー!? アンビリーバボー!」
ますます混乱する彩芽に、巴がこうなった経緯を説明する。
「OH、そうだったネ。ミーがいない間に大変なことがあったみたいネ」
ようやく落ち着きを取り戻し、彩芽がしみじみとしていると、
「あ、そういえば」
突然ミミが何かを思い出したように、両手をぽんと叩いた。
「なんか、丸山さんからのぞみん宛にでっかい荷物が届いてたッスよ」
「あ、それは……」
彩芽のことですっかり忘れていたが、今日ここに来たのは、その荷物が関係しているのだ。
「あの人も意外と抜けてるッスね。のぞみん宛なのにうちに送ってくるなんて」
そう言ってミミはニヒヒと笑うが、望夢はまったく笑えなかった。何故ならその一言で、望夢が一緒に住むことになったのを、彼女たちがまったく知らないことに気づいたからだ。
望夢は心の中で叫ぶ。
また言ってないんかーい。
本当に、頼むから、大事なことは言えよ。
ホウレンソウくらいしろよ、いい大人なんだから。
魂の絶叫を終え、望夢は絶望的な現実と向き合う。
これはアレか。自分で言わないと駄目なやつか。
今日からぼくもここできみたちと一緒に住むことになったんだ。
うん、無理。
絶対言えない。
だって彼女たちの反応が読めるから。
きっと、自分がリーダーになると丸山に言われた時のような嫌悪感丸出しの、
いや、もしかすると彼女たちの個人情報を見せろと言った時のように蛇蝎の如き敵意を向けられるかもしれない。
うわ、キツい。
想像するだけでげっそりする。
しかし、いくら最悪の未来が予想できるからといって、いつまでも先延ばしにはできない。この問題をクリアしないと、自分はずっと宿無しになるからだ。
早く何か良い話の切り出し方を考えなければ……。そう思って懸命に頭を捻っている望夢の耳に、がさごそと段ボールをこするような音が届いた。
「のぞみん」
「はい?」
「中見ていいッスか」
「え?」
いつの間にリビングに持ってきたのだろう。ミミは望夢の返事も待たずに段ボール箱を開封している。
「ちょっ……! なに勝手に開けてるんですか!?」
「いや~、何入ってるかずっと気になってたんスよ。でも勝手に開けるのはまずいッスから、今こうして許可を取ってるッス」
「許可って、こっちが出す前から開けてるじゃないですか」
「まあまあ、かたいこと言いっこなしッスよ」
どれどれ、とミミは悪びれることなく段ボールの中を物色する。やがて何か手応えを感じたのか、にやりと不敵な笑みを浮かべると勢いよく段ボール箱から両手を抜き出した。
その手には、望夢のパンツが握られていた。
「おおーっと? これはボクサーパンツ!?」
「それ、ぼくのパンツ! ちょ、広げないでくださいよ!」
「おや? のぞみんはボクサーパンツ派だったッスね」
何が楽しいのか、ミミは満面の笑みで両手で下着を広げて麗奈たちに見せびらかす。男物の下着を見せられて、麗奈は両手の平で真っ赤な顔を覆い見ないようにしているが、巴はにやにやしながらも感心したように何度も頷いている。
「あとは……と、なんだ、全部のぞみんの私物みたいッスね。がっかりッスよ。丸山さんがどんないかがわしい物を送って来たか興味あったのに……」
男同士のいかがわしいブツのやり取りを期待していたのだろう。完全に当てが外れたミミは、露骨に肩を落とす。だがそんなことはあるはずがない。何せこれは100パーセント望夢の私物なのだから。
すっかり興味をなくし、段ボール箱から離れるミミと入れ替わりに望夢がやってきて、ぞんざいに放り出された自分のパンツを丁寧に畳んでから箱に戻す。
その背中に、ふいに誰かの手が置かれる。
どき。
恐る恐る振り向くと、麗奈が訝しむような顔をして立っていた。
「ねえ、ちょっと訊きたいんだけど」
麗奈はゆっくりとすり足で望夢の方へと歩み寄る。じわじわと獲物を追い詰めるような迫力に、望夢は思わず声が上ずる。
「……はい」
「どうしてこの部屋にあんたの私物が送られてきたの?」
「それは……」
平然と、どうしてでしょうね、とごまかす胆力は望夢にはなかった。ただ語尾を濁し、どうにかこの場がうやむやにならないかと神に祈るぐらいしか彼にはできない。
しかしいま現在、徳島に神はいない。
「あんた、何か隠してない?」
肩に置かれた手に力が込められ、望夢の肩の骨がみしみしと音を立てる。
痛い。暴れるツノゴリラに地面にこすりつけられた時よりも痛い。あと怖い。
「え? のぞみん何かうちらに隠し事ッスか?」
「おいおい、水臭いな。わたしたちの仲だろう」
「OH、同じチームのメンバーに隠し事は良くないネ」
麗奈の言葉を聞きつけ、ミミと巴、彩芽までも寄って来る。
「あ、いや、それは…………」
あれよあれよという間に女子に囲まれ、望夢は逃げることなど不可能な状況に追い込まれる。
不動望夢には、特殊な才能がある。
彼はそれを使って幾度となくこのチームのピンチを救い、勝利に導いていくだろう。
だが悲しいかな、その才能も、彼をこのピンチから救い出すことはできなかった。
第一部はこれにて完結です。
第二部は鋭意執筆中です。納得のいく書き溜めが出来次第、投稿します。
それまでしばしお待ち下さい。
これまで読んでいただき、ありがとうございました。




