帰ってきたあいつ
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背に腹は替えられず、望夢は麗奈たちのマンションまでやってきた。
だが五階にある彼女たちの部屋の前まで来たのはいいが、インターホンを押す勇気が出ず、扉の前でずいぶんと長い時間立ち尽くしていた。
望夢とて、いつまでもこうしていてはいけないと思っている。時間は刻一刻と過ぎていき、このまま日が暮れて夜になったら余計に訪れにくくなる。
頭ではわかっている。
だが、単純に恥ずかしいのだ。
だって思春期だもん。
望夢だって健康な男の子である。いくら同じ隊の仲間だからといって、女子三人と同居するのはさすがに抵抗がある。なんだよそれ、ラノベかよ、とか思ってしまう。
インターホンを押そうと指を伸ばすが、ボタンに触れる寸前にためらって引っ込める。もう何度その動作を繰り返したことか。
背後でエレベーターがこの階に到着する音がするが、それどころではない望夢の耳には届かない。
そしてエレベーターから降りた人物に背後に立たれ、視界が影で暗くなったところでようやく望夢は異変に気づいた。
「フアユー?」
「え?」
突然声をかけられ、しかも英語だったので、望夢は驚いて勢いよく後ろを振り向く。
が、見えたのは壁――ではない。こんな所に壁はなかった。
それに壁にしてはおかしいのだ。壁というのは平坦なものである。しかし目の前の壁は大きく膨らんでいる。それにどことなく壁の模様が、ガーディアンズの制服に似ているような気がする。
望夢は恐る恐る、視線を壁の膨らみの下から上へと動かす。その先には、そばかすが残った人懐っこい女性の顔があった。
慌てて目の焦点を広げて全体を見るようにすると、壁だと思われたそれは身長180センチをゆうに超える、金髪の女性であった。
でかい。けどただでかいだけではない。肩の大きさや体の厚みを見ると、どれだけ筋肉が発達しているか一目瞭然である。であれどボディビルダーのような贅肉を全て削ぎ落としたものではない。鍛え上げられた筋肉の上に適度に脂肪が乗っているので、女性特有の丸みはまったく損なわれていない。ただし唯一首だけが、女性とは思えないほど異常に太かった。
「聞こえなかったネ? フアユー、ユーは誰かと訊いてるんデース」
「あ、あの、ぼくは……」
いきなりの質問に、望夢はしどろもどろになる。その姿はいかにも怪しく、金髪女性の目もあからさまに不審者を見るものになった。
これは拙い。望夢は急いで答えようとするが、それよりも早く女性が「OH、わかったネ」と表情を明るくした。
「ユーはあれネ。今流行りのストーカーとかいうバッボーイネ」
「バッボー……? え? いや、違います。ぼくは、その、麗奈さんたちの」
「OH、レナ? ユーはレナのボーイフレンドネ?」
「え?」
「それならそうと早く言うネ」
「いえ、違います。誤解です」
「イエース、ここは五階デース」
「違う!」
望夢があたふたしている間に、女性が彼の左手を掴んだ。そしてそのままぐいと引っ張ると、望夢の体を軽々と小脇に抱えてしまった。
「え……!?」
何という力だ。望夢とて、小柄と言えど男子である。それを片手で引き寄せ、あまつさえ簡単に小脇に抱えてしまうとは。
「レナも水臭いネ。こんな可愛いボーイフレンドがいるなんて、ミーは一言も聞いてませーン」
そう言うと女性は、制服のポケットから鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込んだ。そして軽くひねると、かちゃりと軽い金属音がしてロックが解除される。そのまま女性は部屋の中に入った。
「ハーイ、アィムホーム」
玄関から高らかに女性が告げると、リビングに繋がる扉が開き、ひょっこりとミミが顔を出した。
「あ、リッキー。復帰したんスね」
「イエース。もうすっかり大丈夫デース。心配かけたネ」
「いや、特に心配はしてなかったッスけど……」
そう言うとミミは、女性が小脇に抱えているものに気がついた。初対面の時と同じように、じとっとした目で見ながら言う。
「何してるッスか?」
「……それはぼくが訊きたいんだけど」
「OH、ミミとも知り合いネ。もしかして、ミミのボーイフレンド?」
「そんなわけないッスよ。どうしてそういう話になるッスか」
「ん~、ミーにもよくわからないネ。だから彼に訊くネ」
そこでようやく女性は望夢を玄関の床に下ろす。女性とミミの「質問に答えろ」という視線を受けるが、一番質問に答えてほしいのは望夢自身であった。




