お見舞い
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午後になると、麗奈たち三人が見舞いに来た。
見舞いとは言うものの、全員が手土産どころか花の一本も持参していない。本当にただ顔を見に来ただけ、という感じだった。
三人はベッドで点滴を打たれながら横たわる望夢を見て、あからさまにがっかりした。
「なんだ、ギブスしてないの? せっかくペン持ってきたのに」
ペンを片手に心底残念そうに言う麗奈に、望夢は呆れながら言う。
「怪我人の見舞いに来るのに持参したのがペンだけって、どれだけギブスに落書きしたかったんですか」
「だって、普通はやるじゃん。ギブスにメッセージ書いたりするアレ」
そんな「普通」は望夢は知らない。せいぜい海外ドラマで見たぐらいだ。
「前にもやったしな」と巴。
「そうっスよ。せっかく購買で新しいペン買ってきたのに、がっかりっス」
そう言ってミミは両手の指の間にずらりと挟んだカラーペンを見せる。いったいどれほどの力作を描くつもりだったのか。
「全治一週間の怪我にギブスが必要なわけないでしょう」
「全治一週間? 軽症じゃない」
「あれだけツノゴリラにぐりぐりやられてたわりには、随分と怪我が軽いっスね」
「うむ。ツノゴリラが地面に額を叩きつけた時は、さすがに死んだと思ったぞ」
望夢もあの時ばかりは死ぬんじゃないかと思ったが、彼とて考えもなくただがむしゃらにしがみついていたわけではない。
「あの時、ぼくは無計画にツノゴリラの顔面にしがみついていたわけじゃありませんよ。両手を失った状態のツノゴリラがぼくを排除するためには、自分の額を地面に叩きつけたりこすったりするしか方法がないのはわかっていました。だからぼくはツノゴリラの顔面にある窪みに体を潜り込ませていたんですよ。それをせずにまともにあんなの喰らったら、いくらDSDで強化されていても死にますからね」
と、ツノゴリラの攻撃をまともに受け続けたわりに大した負傷もしていない麗奈に言う。
「それはあたしに対する嫌味か」
いえいえ、と望夢は苦笑する。
「それでもまあ、完全に身を隠すことはできなかったから、多少は地面に叩きつけられたり擦り下ろされたりしましたけどね」
望夢の負傷が思ったより軽かった理由を知り、麗奈たちは感心すると同時に拍子抜けする。
「何だ、心配して損したっス」
「案の定、抜け目のない奴だな」
あっさり手の平を返すミミと、何がそんなに楽しいのかと思うほどにやにやしている巴とは別に、麗奈だけが腑に落ちない顔をしている。
「納得いかない」
そう言うと、麗奈はベッドの上の望夢に詰め寄る。
「え?」
「あんなに先のことを読めるあんたが、どうして最後に自分からツノゴリラにとどめを刺しに行ったのよ。あんなの、わざわざあんたが行かなくてもいいじゃない。
いいえ、もっと言えば、ツノゴリラが弱って動けなくなってからでも充分だわ。どうしてあのタイミングでわざわざ危険を冒してツノゴリラの顔面に飛び乗ったの?」
「確かに、言われてみれば妙っス」
「らしくない、と言われればそうだな。何か理由でもあったのか?」
ミミと巴もベッドの手すりに掴まり、身を乗り出すようにして望夢に詰め寄る。
女子三人にじっと見つめられ、望夢の顔が見る見る赤くなっていく。
ツノゴリラの抵抗には耐えきれた望夢であったが、女子の視線による圧には長く保たなかった。ものの十秒ほどでうつむくと、紅潮しきった顔でぼそりと言った。
「……モウリョウを倒すのに女の子に頼りっきりじゃ、恥ずかしいじゃないですか」
蚊の鳴くような声であったが、しっかりとそれを聞いた麗奈たちは、一瞬吹き出しそうに大きく頬を膨らませたが、すぐにそれを呑み込む。そして胸の奥から何か熱いものが込み上げて来たかのように、顔を真赤にしながら身悶えする。
何だろう、この気持ち。って言うか、以前あれほどきっぱり堂々と“モウリョウを倒すためなら女子に頼っても恥ずかしくない”みたいなことを言い切ったくせに、本当は恥ずかしかったのか。だからあれこれ考えて、最後は自分でとどめを刺しにいったのか。それでこんな怪我までして……。ああもう、本当にもう、何だコイツ。ああもう……。
「ああもう!」
最初に堪え切れなくなったのは、麗奈だった。右手を伸ばして望夢の頭に手の平を乗せると、わしゃわしゃと力任せに撫でくり回す。
「え? ちょっと、何ですか……」
「やっぱり、きみも男の子ね」
「当たり前じゃないですか」
「そういう意味じゃない。ええい、とにかく黙って撫でさせろ」
理不尽なセリフを吐きながら、麗奈は望夢の髪がぐしゃぐしゃになるほど頭を撫でる。
最初はそれをただ見ていたミミと巴であったが、麗奈が好き勝手にやっているのを見て我慢できなくなったのか、二人は顔を見合わせると同時に望夢の体をぺしぺしと叩き始めた。
「何で二人まで!?」
「いいから大人しくするっス」
「問答無用」
「待って! 意味がわからない! って言うか痛い! こっちは怪我人なんですよ!」
望夢の悲鳴のような声を無視し、麗奈たちは満足するまで望夢をいじり回した。




