頑張れ
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麗奈は巴の肩を借りて、断末魔を上げるように暴れるツノゴリラから退避していた。
途中振り返り、地面を転げまわるツノゴリラを見る。その激しさに、ぞっとした。
あれは下手をしたら、ツノゴリラに殴り続けられた自分の時よりも危険かもしれない。
最初に望夢の作戦を聞いた時、麗奈は自分が一番貧乏くじを引いたと思った。次に、そう都合よくこの男の言う通りに事が進むわけがない。いざとなったら自分がモウリョウを倒してそこで終わりにしようと思った。
だが実際に作戦が始まると、恐ろしいぐらいに望夢の言う通りになった。自分が囮になってツノゴリラの足を止め、その隙に巴とミミが足を攻撃してバランスを崩させる。そして倒れ込んできたところを、急所の複眼に自分が一撃を加えて仰向けにする。
そうして最後の一番美味しいところを、望夢が持っていくと思っていた。
しかし最後の最後で、ツノゴリラの激しい抵抗があった。そのせいで、一番美味しいと思われた役目が、一番過酷なものになった。
ざまあみろ。自分たちを捨て駒にして、モウリョウ討伐のスコアを稼ごうとした罰だ。せいぜい地面と激しいキスをすればいい。麗奈は内心ほくそ笑んだ。
いや、待て。麗奈の笑みが固まる。
本当にそうだろうか。疑問が生まれる。
ここまで先を読める男が、自分がしっぺ返しを喰らう事を想定しなかったのだろうか。
いや、考えにくい。もしかすると、最後にツノゴリラがこれだけ暴れるのも、彼は予想していたのではなかろうか。予想してその上で、彼はこの最も過酷な役目を自ら担ったのだろうか。
理解できない。そうする理由が思いつかない。自分が犠牲になる事で、他のメンバーを守ったとでも言うつもりなのだろうか。何を馬鹿な事を。コイツにそんな殊勝な考えがあるわけがない。
そもそも、ツノゴリラが最後にこれだけ暴れるなど、誰が予想できただろうか。
そうだ。誰もできないのだ。
考えてみれば、ツノゴリラは今日初めて出現したモウリョウである。その情報はガーディアンズだって持っていない。
望夢が持っているのだって、せいぜい九条隊が一方的にやられていただけの微々たるもので、その中には「ダメージを受けた場合の行動パターン」は無い。つまり、やってみなければわからないのだ。
何故彼は、こんな不確定な要素しかない役目を自ら担ったのだろう。どうなるかわからないのなら、誰か適当な人間を使って自分は安全な場所から情報を得れば良い。麗奈は勝手に「彼はそういう事をする人間」だと決めつけていた。
だが、そうではなかった。
望夢は、もう何回ぐらい地面に叩きつけられ、擦り下ろされただろう。あんなの、麗奈だってそう何度も耐えられそうにない。
いや、麗奈の時は三戦という空手の技があったし、何よりDSDの設定が違う。彼女は身体能力の強化にほぼ全振りしているから、耐久力も他のメンバーと比べて段違いだ。
だが望夢は違う。彼は曲がりなりにも射撃手なのだから、DSDの割り振りを銃の威力増強にも割いているだろう。だから絶対に麗奈よりも弱い。
それなのに、彼はまだ耐えている。
今もまた、彼がまだ生きているという証拠に、ばん、と銃声がする。
どうして。
そこで麗奈はふと思い当たる。
望夢と初めて会ったあの時。
彼は物怖じせず、はっきりと麗奈たちに向かってこう言ったのだ。
自分はモウリョウを倒す、ただそれだけのためにここに来た、と。
あの言葉は、嘘ではなかったのだ。
麗奈は、未だにツノゴリラの額にしがみついている望夢の姿に、彼の覚悟を見た気がした。
凄い。
自分は、あれほどの覚悟をもってモウリョウと戦っていただろうか。
彼の本気の十分の一ほども、モウリョウをこの四国から駆逐してやろうと思っただろうか。
答えるまでもない。今の自分の体たらくが、全ての答えだ。彼のような覚悟があれば、そもそもここまで落ちぶれていない。
「頑張れ……」
望夢の覚悟を目の当たりにし、知らず声が出ていた。
「頑張れ」
『頑張れ』
『頑張れ』
気がつけば、巴もミミも望夢を応援していた。こうなっては巴も近づけないし、ミミも狙撃しようにも狙いが定まらない。二人にとっても、他に何ができると言うのだろうか。
彼女たちの応援が届いたのか、無限に続くかと思えたツノゴリラの抵抗が弱まってきた。だが未だにしがみついているとはいえ、望夢の姿もボロ雑巾さながらだ。あれでは果たして生きているのか、それとも死体が血糊か何かで貼りついているのか定かではない。
だがそれでも、彼女たちは声をかけ続ける。
頑張れ。
頑張れ。
頑張れ。
頑張れ。
また一発、銃声がした。




