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ガーディアンズ・オブ・シコク  作者: 五月雨拳人
第二章 モウリョウ
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矜持


「ええ……!?」


『あなたたち、いいえ、黒木麗奈に助けられるくらいなら、死んだ方がマシですわ』


 どうして、と望夢が問う前に、麗奈の怒声が響く。


『どうしてそこまで意地を張るの!? あたしがあんたに何したって言うのよ!』


 麗奈が大声で問うと、九条美奈子は死の間際にいるとは思えぬ静かな笑みを浮かべる。


『何度も言ってるでしょ。わたくし、あなたが大嫌いなの』


『それだけ? あたしに嫌がらせするためだけに、命かけようって言うの? 馬鹿じゃん!』


『馬鹿で結構。あなたが悔しがる顔を見ながら死ねるのなら、本望というものですわ』


 言葉と言葉の間に、ぐ、とか、う、とか痛みを押し殺したような呻きが挟まる。かなりの力で締めつけられ、全身の骨が限界に近いのだろう。それでもなお意地を張り続ける九条美奈子の気概に、望夢は恐怖を感じるとともに尊敬すら憶えた。


 九条美奈子は本当に死ぬつもりなのだろうか。いったい過去に黒木麗奈との間に何があったというのだろう。それは、彼女に死の決意をさせるほどのものだったのだろうか。望夢には想像もつかない。


 いや、今は理由などどうでもいい。大事なのは、このままでは九条美奈子がモウリョウの討伐権を持ったまま死亡してしまうことだ。


 討伐権利を持った隊が全員次元凍結によるリタイアした場合と違い、討伐権利を持つ隊員が死亡するとそのモウリョウの討伐権利は討伐ポイントとともに消滅する。隊員殺しのモウリョウは、ガーディンズ全体の敵と認定されるからだ。仲間の仇を討つために、ガーディンズが一丸となってそいつを殺す。


 しかしそうなると、例え望夢たちがツノゴリラを倒したとしても意味がなくなるのだ。


 それだとチームを守れない。望夢にとっていま最も大事なのは、この戦闘で結果を出してチームを守ること。それだけだった。


 望夢は足を止め、どうにかして彼女の口から権利放棄を引き出すかを考える。


 だがそれより先に、彼の背後から大股で飛び出した影があった。


 黒木麗奈だった。


 麗奈は望夢が何か言う前にもの凄い速度でツノゴリラへと駆け込むと、


『この馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!』


 叫ぶと同時に地面が陥没するほどの踏み込みをし、ツノゴリラの顎目がけて強烈な飛び蹴りをかました。


 望夢は見た。突如下から顎を蹴り上げられ、数十トンはあるかと思われるツノゴリラの巨体が浮くのを。


 さしものツノゴリラも、足が地面から離れるほどの衝撃を顎に受けてはひとたまりもない。握っていた手が開かれ、九条美奈子が空中に放り出される。


『今だ!』


 その好機を見逃さず、すかさず体勢を整えた麗奈が空中で受け止める。そのままお姫様抱っこの形で着地するのと、ツノゴリラが地響きを立てて仰向けに倒れるのはほとんど同時だった。


 倒れたツノゴリラが巻き上げた落ち葉吹雪の中、麗奈の腕の中で九条美奈子が問いかける。


『どうしてわたくしを助けたりしましたの? わたくしがあなたにしたことをもうお忘れになったの?』


 どうして。


 それは、さっき麗奈が彼女にした問いと似ていた。


 九条美奈子に見つめられ、麗奈が困った顔をする。


『知らないわよ』


『え?』


『あたしだって、どうしてあんたを助けたのかわからないのよ。気づいたら助けちゃってたんだもの』


『…………』


『でもね、やっぱりあたしは助けたと思う。あんたはいけ好かないけど、だからって死んでもいいって思えるほど嫌いじゃないしね』


『あなた……』


 麗奈は男前な笑顔でさらに言う。


『それに、あたしたち同じガーディアンズでしょ。あたしたちが戦う相手はモウリョウなのに、人間同士でいがみ合ってどうするのよ』


 その言葉に感銘を受けたのか、それとも呆れ果てたのか。九条美奈子は溜息のように大きく息を吐き出した。彼女の全身から力が抜けていくのを、麗奈は感じる。


『負けましたわ』


『大丈夫。仇は取ってあげる』


 モウリョウに負けたと思っている麗奈に、九条美奈子はくすりと笑う。


『悔しいけど、後はお願いしますわ』


 そう言うと彼女は、モウリョウ討伐権を麗奈に譲渡した。


『任せて。あんたたちの分までぶっ飛ばしてあげるから』


 九条美奈子は安心したように微笑むと、震える手で自分のDSDを操作し、次元凍結状態に入った。


 これで彼女はこの次元の存在ではなくなった。ガーディアンズの救護班が回収して解凍しない限り、彼女に危害が及ぶことは絶対にない。


 後は戦闘の邪魔にならない場所に避難させるだけ。そう麗奈が思っていると、背後に風を感じた。


 それは、ただの風ではない。倒れたツノゴリラが両腕を使い体を跳ね上げ、ふわりと立ち上がった時に生じた空気の流れであった。


 九条隊を蹴散らしている時にも見たが、コイツ、巨体のくせにやたら身が軽い。見た目がサルっぽいので、そのせいだろうか。サルの機敏さと、ゴリラの怪力を併せ持っているとは厄介な奴だ。


 ともあれ、背後を取られた状態で下手に動くのはまずい。ただださえ今は九条美奈子を抱いていて、両腕がふさがっているのだ。戦うどころか逃げるのも危うい。


 どうする――ごくりと唾を飲む麗奈。


 ツノゴリラの単眼から注がれる視線を、背中にじりじりと感じる。空手の試合でも感じなかった緊張感に、麗奈の感覚は異常なほど研ぎ澄まされていく。またそれが、奇妙なことに心地良かった。うまく言い表せないが、生きてるって感じがした。


 背後のツノゴリラが動く気配がする。


 集中力が極限まで高められ、背中に目があるのかと思えるほど状況がよく見える。


 頭の芯が冷え、自分でも驚くほど冷静に考えられる。その結果、九条美奈子を抱えたままではツノゴリラからは逃げ切れないということが理解できてしまった。

 それでも、麗奈は腕に抱いた彼女を捨てて自分だけ助かろうとは思わなかった。たとえ次元凍結によって何のダメージも受けないとわかっていても、人をモノみたいにその場に転がして逃げるのは自分が許さない。


 我ながら困った性格だ、と麗奈が自分自身に呆れ果てていると、


『黒木さん、伏せて!』


 無線に響く望夢の叫びに、麗奈は条件反射で地面に飛び込んだ。


 麗奈が九条美奈子をかばうように背中から地面に倒れると同時に、拳銃の発砲音が並んで三つ。望夢が放った9ミリパラベラム弾は、二発がツノゴリラの顔面に。最後の一発が見事に単眼の中心に命中した。


「当たった……」


 初弾は外したが着弾を見て修正し、どうにか三発目をツノゴリラの複眼に当てられて安堵する望夢。


 目を撃たれ、ツノゴリラは振り上げかけた腕で目をかばいながら仰け反って左右に体をよじる。その隙に麗奈は素早く起き上がり、猛然とダッシュしてツノゴリラから離れた。


 ツノゴリラが怒りの雄叫びを上げている間に、麗奈は百メートル以上の距離を二秒で駆け抜けた。陰になりそうな手頃な木を見つけると、根本に九条美奈子をそっと横たえる。麗奈に抱きかかえられたままの格好で凝固した彼女は、地面に置かれたマネキンのようだった。

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