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ガーディアンズ・オブ・シコク  作者: 五月雨拳人
第二章 モウリョウ
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ツノゴリラ(仮)

     *


 それから望夢たちは木の陰に隠れながら、ゆっくりと進んだ。こうしている間に他のチームが大型モウリョウを倒してしまわないかと、焦る気持ちを抑えるのが大変だった。だが下手に動いて見つかってしまっては意味がない。まずは少しでもいいから相手の情報を入手するのが先決だ。


 じりじりと進んで行くと、遂に大型モウリョウがその姿を現した。


「なんだありゃ……」


『うわ、キモ……』


『うひゃ~……エグいッスね~』


『これは面妖な……』


 全員が思わず声を漏らす。


 望夢たちが今まで見た事があるのは、多くが体長二メートル前後。最大でも五メートルであったが、大型モウリョウは、大型の名に相応しく体長はゆうに十メートルはあった。


 足よりも長い腕、手のように長い指を持った足など姿形は類人猿に近い。足は巨木のような太さで、腕は足よりもさらに太いものが生えている。見た目はゴリラで、側頭部にはバッファローのようなたくましいツノが生えていて、顔の中央には大きな単眼がある。簡単に言えば単眼でツノつきの巨大ゴリラだ。


 望夢が仮にツノゴリラと命名し、他の全員がそれを了解する。以下呼称ツノゴリラ。


 ツノゴリラは、今まで何度か攻撃を受け、それらを撃退してきたのだろう。鼻息を荒くして周囲を警戒している。奴の通った跡と思しき木がなぎ倒されて出来た道のようなものには、致命傷に等しい攻撃を受けて次元凍結させられたガーディアンズ隊員たちが幾人も散らばっている。


『これ、勝てるんスかね……』


 さっきまでの勢いはどこへやら。ミミが弱気な声を上げる。


 その言葉に、望夢は思わず同調しかける。だがそれをすんでのところで飲み込んだ。いま自分が弱音を吐いてしまうと、チーム全体の士気が落ちてしまう。リーダーたるもの、ピンチの時こそふてぶてしく笑ってチームを盛り上げるべきだ。


「勝てますよ。ぼくたちなら」


 高橋のようににやりと笑ったつもりだったが、口許が引きつっているのが自分でもわかる。だが顔は誰にも見られず、声はどうにか震えずに言えたのが幸いだった。


 とはいうものの、今の時点であのツノゴリラを倒す算段は望夢にはなかった。


 なにせ情報がまったくないのだ。ぱっと見て取れる外見である程度の予測はできるが、予測だけで行動を起こすのはあまりに無謀だ。


 せめて少しでも情報が得られれば、そう思っている望夢の目の前で、ツノゴリラに銃弾が打ち込まれた。


「え……」


 遅れて銃声がする。突然のことに一瞬呆然としていた望夢たちの無線に、女の愉快そうな声が割り込んだ。


『またまた残念でした~』


『その声、また……っ!?』


 ぎり、と麗奈の歯ぎしりする音が無線で耳に飛び込み、望夢は背中に鳥肌が立つ。


『九条美奈子ぉっ!!』


 麗奈の怒号に、鼓膜を突き破られそうになる。きんと痛む耳に、再び九条の声が届く。


『初の大型モウリョウ討伐の功績、あなたたちなんかには渡しませんわ』


『どうしてこんなことをするのよ!? あたしたちが何したって言うの!?』


『言ったはずですわよ。あなたたちが目障りだって』


『なによそれ……』


 傍で聞いている望夢ですら「そんなことで」と言いたくなるが、それよりも先にツノゴリラが動いた。


 ツノゴリラは左右の腕それぞれに木を掴むと、いとも簡単に根本から引っこ抜く。


 そして自分を狙撃した者がいるであろう場所に向かって、まず右腕の木を、次いで左腕の木を力いっぱいぶん投げた。


 投擲は、人類が生存のために獲得した技術の一つである。物質を任意の場所に向けて長距離投げるためには、高い知能とそれを可能にする運動能力、そして適した骨格が必要だ。動物園のゴリラが糞を投げるなど、類人猿でも投擲を行える者はいるが、ツノゴリラのそれは見た目ゴリラとは思えないほど見事なオーバースローであった。


 放り投げられた木々は望夢たちが見守る中、きれいな放物線を描いて山の中へと消えていく。


 そして数秒後。


『きゃーーーッ!?』


 連続して地面に何か重い物が落下する音に混じって、九条美奈子の悲鳴が無線に届いた。


『いいコントロールしてるッスね』


 ミミの暢気な呟きをよそに、ツノゴリラはさらに追い打ちをかけるべく、自分が木を投げた方に向かって大きく跳躍した。


 巨体とは思えない身軽な跳躍に、望夢は麗奈の跳躍を思い出す。ツノゴリラの姿はあっという間に山の木々の中に消えた。


『終わった……。最後の希望だったのに……』


 力なく呟き、麗奈はその場にがっくりと膝をつく。ミミと巴も呆然とツノゴリラが消え去った方を見ていた。


 だが一人、望夢だけは諦めていなかった。


 魂が抜けたような麗奈たちに向け、望夢は喝を入れるべく叫ぶ。


「追いかけよう!」


 その声に、麗奈がゆっくりと顔を上げて望夢を見る。光の消えた瞳で、ぼんやりとした声で望夢に問う。


『どうして? もうあいつの権利は美奈子たちに取られちゃったじゃない』


「それでも諦めちゃ駄目だ。少しでも可能性があるなら、それを掴む努力をしないと」


 まだ終わってない。ツノゴリラが倒されたのならまだしも、まだ権利を奪われただけだ。九条隊が全滅、もしくは権利を放棄すれば望夢たちに倒すチャンスが巡ってくるかもしれない。


 そのチャンスを掴むためには、ここでただうなだれているだけでは駄目だ。


「立って! 早く!」


 望夢が麗奈に向けて右手を差し出しながら叫ぶ。彼の熱のこもった声が、彼女の心に再び火を点けた。


『うん!』


 瞳に光を取り戻した麗奈は、望夢の手をがっしりと握って立ち上がる。


 まだ終わってない。全員がそう信じて駆け出した。

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