決断
*
『ゴメン、モウリョウ取られちゃった』
無線の向こうで、ぱん、と手を叩くような音が聞こえる。恐らく麗奈が両手を合わせて拝んでいるのだろう。
「気にしないで下さい。それよりも、急いで次を探しましょう」
『わかってる。でも……』
地図を見る。すでにモウリョウを表す赤い点滅には、他のチームを示す黄色い点滅が群がっている。今から向かったところで、無駄足になるのは明白だった。
望夢も同じ地図を見ているので、自分の言葉が気休めにもならない事はわかっていた。それでも何か言う事で、麗奈が感じている責任を少しでも減らしたかった。
どうすればいいのいか。そう考えながら望夢が地図を見ていると、一つの変化が現れた。
「あの、麗奈さん――」
『どうしたの?』
「青、赤、黄、緑の点滅の他に、灰色の点滅があるんですけど。これはどういう意味なんですか?」
『え?』
麗奈が地図を確認するのと同時に、息を呑む音が無線から届く。その間にも、地図では灰色の点滅が一つ、また一つ増えていく。
『なにこれ……』
「あの――」
言いよどむ麗奈に代わって、ミミが質問に答えた。
『灰色の点滅は、誰かがモウリョウにやられた印ッス』
「ええっ!?」
モウリョウにやられたとは言っても、DSDの保護機能によって装着者の安全は確保されている。灰色の点滅は装着者が次元凍結された印である。それよりも問題なのは、この短時間で何人もの脱落者を出すほどのモウリョウが、今回の戦闘に参加しているということだった。
これはまずい。ただでさえ厳しい現状に頭を悩ませているのに、強敵の出現はクリアの難易度がさらに上がる。
そして望夢の不安に追い打ちをかけるように、全員の無線に本部オペレーターからの声が届いた。
『未確認の大型モウリョウの出現を確認。すでに数名の隊員が戦闘不能にされています。被害拡大を防ぐために、低ランクの隊は直ちに大型モウリョウから離れて下さい。絶対に手出しはしないように。繰り返す。未確認の大型モウリョウの出現を確認。すでに数名の隊員が戦闘不能にされています。被害拡大を防ぐために、低ランクの隊は直ちに大型モウリョウから離れて下さい。絶対に手出しはしないように』
ガーディアンズの本部でも、この戦闘をモニターしているのだ。突然脱落者が多出すれば、ドローンを飛ばして状況を確認するだろう。その上での指示ならば、大型モウリョウは間違いなく自分たちのような低ランクのチームでは太刀打ちできない。
ならば本部の指示通り大型モウリョウを避けて、自分たちでも倒せる雑魚モウリョウを倒せばいいだけなのだが……。
地図を見る。何度見ても、他のモウリョウたちは既に誰かに取られている。余っているのは、件の大型モウリョウだけ。
このまま戦闘が終われば、自分たちは戦果ゼロで、丸山の出した条件を満たせずにガーディアンズを辞めさせられる。
しかし無理をして大型モウリョウと戦っても、恐らく全滅して同じ結果になるだろう。
どうすればいい。
望夢が悩んでいると、麗奈の無線が飛んできた。
『やろう』
「え?」
『その大型モウリョウ、あたしたちで倒そう』
「でも、」
『このままじゃどっちにしろ、あたしたちクビになっちゃうでしょ! だったら、やれる事はやりたいの! あんただって、何もしないで終わるのはイヤでしょ!』
当然、望夢だって厭だ。だが勇気と無謀は違うのだ。指揮官として、勝算のない戦闘をするわけにはいかない。
『ウチも賛成ッス。このまま何もしないでおしまいになるのはイヤッス』
『わたしもだ。せめて一矢報いねば、剣士の名折れというもの』
悩む望夢の心を、ミミと巴の声が突き動かそうとする。
「う~ん……」
そしてトドメとばかりに、麗奈が言った。
『あんたリーダーなんでしょ。リーダーだったら、あたしたちを勝たせなさいよ』
そうだ。自分はこのチームのリーダーなのだ。リーダーなら、チームメイトの安全を図るのは当然だが、何よりもまずチームを勝たせなければならない。
そもそも自分は、このチームを勝たせるためにここにいるのだ。それが安全策を取るために勝負を捨てるなんて本末転倒だ。
ただ安全に済ますだけなら、最初から戦いに出なければ良いのだ。
戦いに出るのならば、勝たねばならない。
危険があるのを承知で。
「わかりました」
ようやく望夢が決断すると、無線の向こうで女子たちがぱっと輝くような気配があった。
「ただし、戦うかどうか判断するのは、大型モウリョウを見てからです。明らかに自分たちの手に負えないと判断したら、大人しく退散しましょう」
『それでもいいわ。とにかくそいつの所に急ぎましょう。早くしないと、上位ランクのチームに取られちゃうわ』
『了解ッス』
『承知』
交信終了と同時に、全員が全力で駆け出す。目指すは大型モウリョウ。




