見ないと勝てません
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こうして望夢は麗奈たちのチームに入ることができた。
しかし、それだけではモウリョウとの戦いに勝つことはできない。
いくら彼に類稀なる才能があるとはいえ、情報なくして的確な戦略を練ることはできない。
というわけで――
「まずは自己紹介ね。あたしは黒木麗奈。二年生。使用武器は空手。バリバリの前衛よ」
「空手? 素手で戦うんですか?」
驚いた声を上げる望夢に向けて、麗奈は「そうよ」と軽く右の正拳突きを打って見せる。彼女のこぶしの人差し指と中指の部分には、とても女子とは思えないぐらい年季の入った拳ダコがあった。望夢にもガク引きを治すために特訓をした際にできたトリガーだこが右手の人差し指にあるが、それとはとても比べ物にならないぐらい、彼女のこぶしは使い込まれている。
「空手にも武器を用いた型や流派はあるけど、本来は手に何も持たないって意味だからね。それにDSDがあれば、武器の有無は関係ないから」
「はあ……」
そういえば、いつだったか銃火器訓練の講義で樺山教官が、ガーディアンズの中には徒手格闘を戦闘スタイルにしている隊員もいると言っていたのを思い出した。あの時は高橋と一緒に、そんな馬鹿な真似をする奴は絶対に筋肉ダルマの脳筋だと笑っていたが、まさか麗奈の事だったとは。
それにしても、いくらDSDの恩恵があるとはいえ、麗奈のような女子が素手でモウリョウに戦いを挑むのは無茶ではなかろうか。確かに彼女は望夢より背は高いし、手足も長くしなやかでそこらの女子よりは強そうに見える。しかし、だからといってモウリョウと素手で戦って勝てるとは信じ難い。
望夢が疑念のこもった目で麗奈を見ていると、彼女はその視線に気づいたのか、
「なによ、あんまりジロジロ見ないでよ」
と両腕を胸の前で組む。いや、そこを見ていたわけではないのだが。
「次はわたしか。わたしは太刀川巴。二年生だ。剣術を嗜んでいる。使用武器は日本刀。麗奈と同じく前衛だ」
よろしく頼む、と巴は望夢に向かって微笑んだ。最初に見た時は冷然とした印象があったが、打ち解けてみると随分と接しやすいようだ。前髪を横一線で切りそろえたところも、今見ると若武者というよりは姫っぽい。ただ剣を握る両手だけは、麗奈と同じく大変使い込まれていた。
「最後はウチッスね。宇佐美ミミ、二年生、狙撃手やってるッス」
ミミはそう言って、よっこらせと自分の愛銃を抱えて見せる。自衛隊で使用されている中で、最も火力が高い狙撃銃だ。望夢も訓練で何度か使った事があるが、射程が長く威力も大きい分、反動を抑えるために重い。高橋などは軽々と扱っていたが、小柄なミミだと持って歩くだけでも大変だろう。しかしそこはDSDで身体強化すれば大丈夫なので、大火力長距離の援護射撃が存在するのは素直にありがたい。
最後に望夢が自己紹介をする。
「不動望夢。一年生。使用武器は拳銃です。戦闘で直接役には立たないかもしれませんが、皆さんの能力を百パーセント発揮できるように指示できればと思っています」
「あんたが中距離タイプなのはありがたいわ。飛び道具がミミ一人じゃ心許ないのよね」
「ところで、皆さんは三人チームなんですか?」
「いや、あともう一人いるが、そいつは今ケガで抜けている」
「ほんとビックリよね。あれがケガするなんて。トラックにぶつかってもビクともしなさそうなのに」
「それは言い過ぎ……でもないところが困るッスね」
彼女たちにここまで言われるとは、いったいどんな人物なのだろう。想像が膨らむが、今はいないメンバーの事よりも今いるメンツで作戦を練る方が重要だ。
「わかりました。その人の事は、戻って来てから改めて考えましょう」
そこで望夢は、三人に改まって言う。
「いきなりですけど、皆さんにお願いがあります」
「本当にいきなりね」
「お願いってなんスか?」
「同じチームになったんだ。遠慮なく言ってみろ」
「皆さんの個人情報を見せてください」
「な……ッ!?」
望夢の一言で、それまで和やかだった彼女たちの顔が一瞬で険しくなった。友好的だった表情も変わり、まるで駅の階段で下からスカートの中を覗かれたかのような、ゴミかゴキブリを見るあの目で望夢を見る。
「いきなりなんて事言うのよ。このスケベ! 変態!」
「短足!」
「童貞!」
「ハゲ!」
「異常性欲者!」
「全部悪口の上に言いがかりが酷い! そもそもハゲてないし!」
彼女たちがいきり立つのも分からなくもない。何しろ個人情報と言えば、DSDに記録してある装着者の全ての情報だ。氏名年齢出身地は元より、能力の割り振りからこれまでの戦闘の結果が記録されている。
そして何より彼女たちが最も他人に知られたくない、体重やスリーサイズも記録されている。思春期の女子にとって、これは死んでも見られたくない情報だろう。
だが、体重やスリーサイズはともかく、彼女たちの能力や、これまでの戦闘でどう動いたかを知るには、個人情報を見るのが一番手っ取り早い。丸山に頼めば、彼女たちの過去の戦闘データや記録映像なども手に入るだろうが、しかしそれだとあまりに量が膨大過ぎて全部チェックするには時間がかかりすぎるし、無駄も多い。個人情報は、いつ次の戦闘が始まるかわからない今の状況において、最も確実に入手できて効率の良い情報なのだ。
「あんたの言い分はもっともだけど……」
「さすがに個人情報は見せられないッス」
「わたしは構わんぞ。見られて困るものでもなし」
「そりゃ巴は見られて困る身体じゃないでしょうよ」
「麗奈だってそうだろ。わたしより少し重いだけで、胸も尻もわたしより大き――」
「あーーーーーーーッ! あーーーーーーーッ!! うるさーーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!」
顔を真赤にした麗奈が、大声を上げて巴の声をかき消す。
「とにかく、こればっかりはダメ!」
「なんだお前はまたヘソを曲げて。さっきの覚悟はどこへ行ったんだ……」
「それとこれとは別! 乙女のプライバシーの問題よ!」
「わたしも乙女なのだが」
「巴は別よ」
「どうして……」
今度は巴が不本意だとばかりに眉間にしわを寄せるが、それに構わず麗奈は言葉を続ける。
「そもそも、どうしてあたしたちの個人情報をあんたに見せないといけないのよ」
「確かに、戦略を練るならウチらの戦闘スタイルがわかれば充分じゃないッスかね」
「それは……」
授業のシミュレーションなら、三人の戦闘スタイルがわかれば充分だろう。勝てれば良いし、負けたところで成績が下るだけだ。
だが次の戦闘は実戦である。おまけに負けたらガーディアンズから追い出されるのだ。事前に準備できる事があるなら、全てやっておきたい。
それに望夢の指揮に必要なのは、味方のデータだけではない。戦う相手のデータも揃って初めて、彼の天才的な指揮能力が十全に発揮されるのだ。味方のデータだけで出せるのは、実力の半分といったところだろう。
そこで問題なのが、敵のデータが無いという事だ。
望夢が経験した戦闘は、シミュレーションだけである。今のところ彼には、その中で戦った数種類のモウリョウの情報しかない。もしも本番で、それ以外の未知のモウリョウが出て来たら、敵の情報がまったくない初見の状態で指揮を取らなくてはならない。これではさすがの望夢も的確な指揮ができないが、こればかりは戦闘になってみなければわからない。
そこで、どんな敵と戦うかわからない博打のような部分は諦めても仕方ないが、入手可能な情報があるのにそれをみすみす逃す事だけは絶対にしたくない。
――という事を彼女たちに説明するには、望夢のコミュニケーション能力はあまりにも未熟だった。それにきっと、彼女たちは長い話は嫌いだろう。
それで彼なりに熟慮して出た言葉がこれだ。
「見ないと勝てません」
室内に戦慄が走り、麗奈が唸る
「ぐ……そう来たか…………」
それを言われたら、女子たちはぐうの音も出ない。彼女たちだって、負けてガーディアンズを追い出されるのは厭なのだ。
「こいつ、顔に似合わず卑怯な真似を……」
「フフ、その若さでこの下衆っぷり、行く末が楽しみだな」
「己の欲望を隠そうともしないなんて、ケダモノッスね……」
「えッ!?」
なんかえらい言われように、望夢はショックを受ける。
「いや、ちょっと、皆さんなにか誤解を――」
慌てて弁解する望夢を、麗奈が右手を突き出して制する。
「わかったわ。ここに残るためだもの。それぐらいの代償、払ってやろうじゃないの」
麗奈はくっ、と屈辱に耐えるように唇を噛んで望夢を睨みつけながら、自分のDSDを差し出す。どうやら本格的に誤解が悪化しているようだ。
「レナっち一人に恥ずかしい思いはさせないッス。自分のも好きなだけ見るがいいッス」
ミミも断腸の思いといった感じで自分のDSDを差し出す。こうなるともう、彼女たちには何を言っても無駄という感じがしてきた。
「お前、なかなかやるな。見直したぞ」
何故か一人、巴だけが好意的にDSDを渡してくれた。よくわからない人だ。
「う~む……」
三人のDSD手に、望夢は唸る。
初対面からいきなり彼女たちに最低な印象を与えてしまったような気がする。
ともあれこれで、三人の個人情報が手に入った。後はこれを精査して、どんなモウリョウが相手でも的確な指示ができるように準備するだけだ。
残る問題は時間のみ。準備が終わるまで、モウリョウが大人しくしてくれるのを祈るしかない。
だがこればかりは、運を天に任せるしかなかった。




