決別
*
気がつくと、望夢は控え室にいた。
過去の経験から、モウリョウに致命的な攻撃を受けて次元凍結された後は、必ず控え室で解凍されるのは知っている。
そして室内には、自分と同じようにモウリョウにやられたチームメイトがいるのも知っている。
それまでなら、負けた悔しさはすぐには表に出さず、自室に戻ってからモデルガンのメンテをする高橋に向かって愚痴をこぼす望夢であったが、今日ばかりは怒りを持ち帰る余裕はなかった。
「何なんだよ今日は!」
望夢の大声に女子たちは一瞬びくりと体を震わせたが、すぐに嫌悪を含んだ視線で睨みつける。
「何よ、何か文句ある?」
薙刀を持った女子が、他のメンバーを代表するかのように強気な声を出す。高橋は黙って様子を見ている。
「あるに決まってるだろ。何だよ、今日のシミュレーションは。誰もぼくの指示を聞いちゃいない。お陰で散々な結果だ!」
結果を突きつければ、他のメンバーは納得し、次からは自分の指示に従うようなると思った。だが望夢の予想に反して、彼女らは冷たい視線を向けるばかりであった。まるで反論にすら値しない、といった感じだ。
それでも、コイツには一度はっきり言わなければ駄目なんだろうな、とでも思ったのだろうか。再び薙刀を持った女子が溜息をつきながら言う。
「あのね、ずっと言いたかったんだけど、どうしてあたしたちがあんたの指示に従わなきゃいけないのよ?」
「そんなこと、決まってるじゃないか」
自分の指示は正しいから、他の者はそれに従うのが当然である。
そう言いたかったし、
そう言うつもりだった。
だが言葉を遮られた。
「そもそもね、何であんたが偉そうに指示出してんのよ。リーダーでも何でもないくせに」
他の女子たちが「そうよそうよ」と賛同するが、望夢にはその声は届かなかった。
自分がリーダーだと認識されていなかったことが、酷くショックだったからだ。
しかしながら、よく考えてみれば、自分がこのチームのリーダーだと宣言し、他のメンバーが納得したわけではない。ただ能力を考えると歴然で、自分がなるべきであると勝手に思い込んでいただけだった。
だってそうだろう。どう考えても他の誰かにリーダーが務まるとは思えない。高橋にだって無理だ。だったら自分がリーダーになるのが妥当、いや、当然なのだ。だからこれは宣言や周知という問題ではなく、必然なのだ。
ならば今ここで、彼女たちの考えを改めさせ、自分がリーダーであることを理解させれば、今後の戦闘も改善されるだろう。望夢はそう考えて口を開いたが、再びそれは遮られた。
「この際だからハッキリ言うけど、あんたなんか絶対リーダーにはなれないからね」
「え……」
「だって不動くん、あたしらのこと駒としか思ってないでしょう」
言葉が出なかった。
そんなことはない――そう言おうとしたが、心のどこかで気づいていた、自分で見て見ぬ振りしていた汚れた部分を白日の下に晒されたような恥ずかしさが、否定する言葉を差し止めた。
さらに続く言葉が、引きずり出されて明るみに出た部分を的確に貫く。
「違うって言うんなら、あたしらの名前言ってみてよ」
「う……」
言えない。
というか、知らない。
「ほら見なさい。あんた、一度だってあたしらを名前で呼んだことある? ないよね。だってあんたが興味あるのは、誰がどんな武器使ってるかぐらいだから」
言われて初めて気がついた。
いや、本当は気づいていた。
そうだ。自分は彼女たちのことを、一度たりとも名前で呼んだことは無い。それ以前に、知ろうとすらしなかった。何故なら彼女の言う通り、使っている武器や能力以外の情報に興味がなかったからだ。最初にチームを組んだ日から、今日までずっと。
それは、望夢自身も気づかぬうちに彼女たちのことを、モウリョウを効率よく倒すための駒だと思っていることの、何よりの証拠だった。
核心を突かれ愕然とする望夢は、助けを求めるように高橋を見た。
だが彼は、望夢に向けて憐れむような目を向けて言った。
「だから言っただろ。いくらお前の指示が正しくても、誰もお前には従わないと」
あの時の言葉は、高橋からの最後通告だったのだ。だが望夢は彼の真意に気がつかなかった。今の今まで、答えを見つけられなかった。
いや、見つけられるはずなんてなかったのだ。
だって最初から見ていなかったのだから。
「残念だよ。俺は、できればお前には自分で気づいて欲しかった。けど、今となってはもう遅い」
その結果がこうだ。
「このチームから抜けてくれ。お前とはもう組めない」
「な…………」
「悪く思わないでくれ。このチームが上に行くためには、お前が邪魔なんだ」
次元凍結されたように目の前が真っ暗になっていき、やがて何も聞こえなくなっていく。高橋はまだ何かを言っていたが、望夢には聞こえていなかった。




