初勝利
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興奮と安堵の入り混じった奇妙な高揚感のまま望夢たちがシミュレーター室から外に出ると、たちまち興奮した他の隊員たちに取り囲まれた。
「すごいな、お前ら!」
「どうだった、初めてモウリョウを倒した感想は!?」
「どうやったらお前たちみたいにモウリョウを倒せるんだ!?」
もの凄い勢いで浴びせかけられる質問に、望夢は一瞬たじろぐ。
だが、答えに詰まったわけではない。
答えは決まっている。
彼我の戦力を正確に把握し、的確な状況判断と最善の指示。
つまり、有能な指揮官がいてこその勝利である。
だが望夢以外、特に女子三人たちの意見は違った。
「わたしたちが勝てた訳? そんなの決まってるじゃない」
「頼りになるエースがいること」
「高橋くんのおかげだよね」
ねー、と女子三人はそれぞれ顔を見合わせて笑う。
彼女たちの中では、今日の勝利は全て高橋の功績ということになっていた。その事実に、望夢は一瞬目眩を憶える。
だが、それはまだ序の口であった。
「え、俺……?」
彼女たちの声に高橋は、一度は謙遜するように「いやいや、俺は別に大したことは」と片手を振って否定する。
だが、周囲の者たちが彼のスーパーショットを称賛するにつれ、高橋の表情は見る見るにやついていき、ついには満面の笑みとなった。
「やっぱり? 俺ってすげえ?」
すっかり上機嫌になった高橋の問いに、皆が口々に同意する。その反応が彼の気分をますます良くさせるのを見て、望夢は何とも言えないもやっとした気分になった。
おいおい、ちょっと待て。何を言ってるんだこの馬鹿は。確かにお前の活躍でモウリョウを倒したが、そうなるように指示したのはどこの誰だったのかもう一度よく思い出してみろ。そもそも足場の悪い山の斜面をばたばた走りながら撃つ狙撃手が、どこの世界にいるんだ。最初から射線の通った位置取りをして、そこにモウリョウをおびき寄せれば済んだ話ではなかったのか。いや、もっと遡れば、訓練が始まった時点で自分の指示に従って山を降りていれば、もっと違った展開になっていたのだ。それをお前らが無視して――
望夢は沸々と湧いてくる怒りに、思考が罵詈雑言で埋め尽くされていくのに気づく。このままでは黒い感情に飲み込まれてしまう。
いやいや、落ち着け。望夢は心を落ち着けるために、深呼吸をする。
他人のことをとやかく言う前に、自分の失敗を改善しよう。
まず第一にシミュレーション開始直後、高橋たちが自分の指示に従わなかったのは、自分の指示が遅かったからだ。もっと早く提案して自分の意図を詳しく説明していれば、きっと彼らだって自分の指示に従ってくれたはずだ。なぜなら、あの場合は確実に自分の指示が正しかったからだ。
次に、モウリョウを高橋の狙撃位置の前におびき出す作戦。作戦自体は良かったが、いかんせん囮となる自分の体力が全然足りなかった。あの有り様ではいくら指示をしても説得力がないから、誰も従わないだろう。
誰だって自分よりも劣る人間に指図はされたくないものだ。軍隊では、指揮官は部下に命令を出す手前、部下が出来ることは全て自分もできなければならないという。つまりこれから先、彼らに指示を出してそれに従わせるには、まず自分自身が彼らよりも優れていることを証明しなければならない。
これは自分でモウリョウを倒すよりも難しいことかもしれないが、方向性が確定したという点では大きな進歩だ。
とにかく努力あるのみ。
なんだ、今までと何も変わらないではないか。問題が思ったよりも早く片付いたことに、望夢は安堵の息を漏らす。
そうこうしている間に、最後のチームが誰にも注目されないままひっそりと全滅して、望夢たちの初めての戦闘シミュレーションは終わった。




