初陣
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モウリョウは三体。どれも未だ木の上を飛び回るばかりで、積極的にこちらを攻撃しようとはして来ない。
そういえば、これまでのシミュレーションも地形は違えど似てるような気がする。どのモウリョウも出現はするが、闇雲に襲いかかって来るわけではなかった。戦闘不能になった隊員たちは、自ら彼らに吶喊し、自爆しただけだ。
となると、モウリョウの攻撃が消極的なのは、最初のシミュレーションだから設定を甘くしているわけではなく、別の目的があるのではなかろうか。
きっとこれは、望夢たちの戦闘力を計るのが目的というよりは、状況に応じて適切な戦略的行動が取れるかどうかを試しているのではなかろうか。
もしこのシミュレーションの意図がそうであるなら、必ずしも全てのモウリョウの殲滅が目的ではないはずだ。
であれば、囮役の望夢も無理をする必要はない。ただ前に出て、モウリョウを高橋の射線の前におびき出すだけでいい。後はエースが仕事をしてくれる。
軽い気持ちで駆け出した望夢を、一体のモウリョウが見咎めるように反応した。
「よし、まずは一匹」
頭上の木からするすると降りてくるモウリョウに向けて、望夢は牽制のために拳銃を二発撃った。
一発はものの見事に外れたが、一発目の着弾点から修正した二発目は、どうにかモウリョウの長い胴体に命中した。本当は弱点と思しき頭の単眼を狙ったのだが。
ともあれ、一体のモウリョウの気を引くことには成功した。あとは首尾よく高橋の前まで引っ張っていけば良いだけだ。
が――
「あれ――」
今まで足場の悪い山の斜面を駆けずり回って蓄積した疲労のせいで、望夢の足から電池が切れたように力が抜けた。体勢を立て直すこともできず、無様に地面を滑る。
「いてて……」
受け身も取れず顎から落ちて地面を滑り、口の中に落ち葉が入って妙な味がする。だがこの落ち葉がなければ地面で顎を削っていただろう。
口の中の落ち葉を吐き出す間もなく、背後にモウリョウが迫る。
ヤバい。立たなくては。立って走らなくては。頭ではそう思って焦るものの、肝心の足に力が入らない。こんな事ならDSDの設定をもっと身体機能に割り振っておけばよかったと後悔するが、時すでに遅し。
焦れば焦るほど、足は自分の意志とは無関係に震えるばかり。そして重くて大きな何かが地面を這って近づいて来る気配に、焦りがますます加速する悪循環。
もう駄目だ。モウリョウに追いつかれる――そう確信して望夢が身体を強ばらせたその時、
タン――
今まさに望夢に襲い掛かろうとしていたモウリョウの単眼に、白羽の矢が突き立った。
正鵠を射るように見事に単眼の中央に突き立った矢に、モウリョウは痛みを感じているのか盛大に身をよじる。
その姿に呆然と見とれていた望夢であったが、いきなり襟首を掴まれて引き起こされて正気に戻る。
「ほら、立って! 早く!」
首を捻って見れば、薙刀を持った女子がいつの間にか望夢の救援に駆けつけていた。
「あ、うん――」
答えるよりも早く、女子とは思えぬ力に引っ張られる。ほとんど引きずられる格好でモウリョウから離れると、それを待っていたように矢と銃弾の援護射撃が始まった。
「まったく、囮くらいまともにできないの!?」
「使えないわね!」
口では酷い文句を言いながらも、視線は目の前のモウリョウからわずかも離さず射撃を続ける女子二人。モウリョウに無数の弾丸と矢が吸い込まれていく。
しかしどれもばらばらの箇所に着弾しているため、モウリョウの強固な外殻を貫通できない。
このままではまた弾の無駄遣いになる。攻撃を一点に集中するんだ。そう望夢が声を上げようとすると、
バキャン、という音と共にモウリョウの単眼に突き刺さっていた白羽の矢が突然爆ぜた。
「――!?」
いや、爆ぜたのではない。刺さった矢の尻を、高橋が狙撃したのだ。銃弾を金槌のようにして打ち込まれた矢の先端が、深々とモウリョウの頭部に押し込まれる。
だが、それだけでは終わらなかった。
ガンガンガン、とリズムよく撃ち込まれる銃弾が、さっきとまったく同じ箇所に叩き込まれる。
一ミリもずれること無くピンホールショットで撃ち込まれた弾丸が、矢をモウリョウの頭部のさらに奥深くに押し込んでいく。
『こいつでフィニッシュだ』
高橋の宣告と同時に、最後の銃弾が撃ち込まれる。
望夢と女子三人は、時間がゆっくり流れる錯覚に陥る。そして彼らは見た。高橋が放った弾丸が、吸い込まれるようにしてモウリョウの頭部に翔び、それに押し込まれた矢の先端が反対側から貫通して出る瞬間を。
一瞬の出来事であった。銃声とほぼ同時にモウリョウの頭を一本の線が貫き、次の瞬間モウリョウの体が光の塵となって崩壊した。
「……やった」
モウリョウ一体撃破である。
これまでどのチームも成し得なかったモウリョウ撃破を、とうとう自分たちが達成した。
望夢は腹の底から、これまでになく熱い激情が込み上げてくるのを感じた。そして自分の指揮能力が実戦でも通用する確かな手応えも。
『やったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!』
望夢の耳に、高橋と女子三人の歓喜の声が響く。
みな初めてのモウリョウ撃破に興奮していた。
三人の女子は、輪になって互いに手を取り合いながらその場でぴょんぴょん跳ねていた。その姿はまるで、そうやって溢れ出す興奮を身体の外に出してやらなければ、爆発してしまいそうに見えた。
望夢も彼女たちと同じくらい興奮していた。だが、がむしゃらに感情を表に出すことに気恥ずかしさを感じ、ただ紅潮した顔のまま高橋の姿を探した。
高橋は、望夢たちの遥か後方にいた。
望夢の視力でぎりぎり彼がこちらに向かって親指を立てるのが見えた。恐らくにやりと笑っているだろう。望夢も同じように返した。
だが戦闘はこれで終わりではない。まだモウリョウは二体残っているのだ。望夢はチームメンバーたちに向けて、すぐさま気持ちを切り替えるように注意をしようとする。
だがその前に、
『時間切れ《タイムアップ》!』
丸山が戦闘終了を告げた。
そこでようやく、望夢が大きく息をついた。全身の緊張が解けると同時に、頭に昇っていた血がすっと落ちていくのがわかる。
そして最初に感じたのと同じように、突然周囲の景色にノイズが走ったかと思うと、景色が山中から元いたシミュレーター室へと変わる。地面が柔らかい土からコンクリートに変わり、妙な安心感を憶える。
初めての戦闘シミュレーションが終わった。しかも全隊の中で自分たちが初のモウリョウ撃破だ。




