初めての戦闘指揮
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シミュレーター室は、さっきは百人ほどいたせいでそう感じなかったが、五人だけになるとその広さに改めて驚く。
今から、こことはまったく別の空間に移動する。どこに飛ばされるかはランダムらしいが、今まで見た他の隊員たちのシミュレーションでは市街地が多かったように思える。やはりガーディアンズは、モウリョウとの市街戦――極論を言うとこの本部がある徳島駅前が最終防衛ラインになることを想定しているのだろうか。
『準備しろ』
スピーカーから丸山の声がすると、高橋たちは一斉に首にかけてあった無線インカムを装着する。望夢が装着すると、イヤホンから高橋の声が無線を通して聞こえてきた。
『いよいよだな』
「ぼくの足を引っ張るなよ」
『それはこっちのセリフだ』
二人の会話を丸山の声が遮る。
『DSD起動』
全員が同時にDSDを起動する。望夢は一瞬脳が揺さぶられたみたいな目眩と同時に、自分の存在そのものがこの世界からずれるような違和感を憶えた。
『シミュレーション開始』
言い終わると同時にブザーが鳴り、高橋たちが自分の武器を構えて身を硬くする。望夢も腰のホルスターから拳銃を抜いて構えた。
どの銃を使うか悩んだが、結局最初から扱っていて一番長く慣れ親しんでいる拳銃を選択した。だがこれでもようやく人並みに扱えるといったところで、高橋のように狙撃銃で一キロ先から狙い撃ちするようなスーパーショットは期待できない。
だがそれでもいいと思っている。自分は戦力として期待されなくても、司令塔として他の隊員を動かしたり補佐すればいいのだ。
ただ闇雲にモウリョウに向かっていって倒すだけが戦いではない。結果的により多くのモウリョウを倒す方法があるのなら、自分は迷わずその方法を採る。それだけだ。
目の前の景色が変化を起こす。
無機質だった壁や床が溶けるように消えてなくなり、鬱蒼とした木々が現れた。
『どこだ、ここは……ッ!?』
「山……ッ!?」
無線から響く高橋の驚いた声と、望夢の声が重なる。
それまで市街地が多かったので、木が乱立する山岳ステージに設定されるのは想定外だった。
これでは木が邪魔になって、高橋の狙撃銃が役に立たない。いや、もしかしたら、教官たちは銃火器クラスでトップの成績を誇る彼の射撃技能を封じるために、この障害物が多い地形を設定したのではなかろうか。こっちは初めてのシミュレーションなのにハードモード過ぎる、と望夢は心の中で文句を言う。
「あ……」
生い茂った草に足を取られ、バランスを崩した望夢は慌てて近くの木の枝を手で掴む。
手に伝わる硬さと樹皮の手触り。本物の木の感触だ。そして靴底が踏む土と草の感触も、本物と何ら変わりがない。これが科学的に創造された空間だとは、とても思えなかった。いつの間に人類の科学は、ここまで次元や空間を意のままに操作できるほど発展したのか。それもこれも、モウリョウが出現したおかげなのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
望夢は思考を切り替える。
ともかく、広い空間に出るまでは高橋の活躍は期待できない。それまでどうにか自分たちで切り抜けるか、もしくはこの状況を打破する作戦を考えなければならない。
女子たちの騒ぐ声が煩わしい。そう言えば、彼女たちの武器は薙刀に和弓、そして望夢たちと同じ銃火器と、この地形との相性が最悪なものばかり。つまり、この場所では誰一人としてまともに戦うことができないのだ。
「これはまずい……」
もし今ここでモウリョウが現れたら、あっという間に全滅してしまう。一刻も早く移動しなければ。望夢は叫ぶ。
「みんな、今すぐここから離れるんだ!」
『離れるって、いったいどこに行けばいいんだよ!?』
苛立つような高橋の無線を無視し、望夢は周囲を見回す。木の生え方から見て、現在地は人が通れるハイキングコースなどではなく、獣道すらないただの山の斜面。
となると上に登るか。
下に降りるか。
『敵に頭上を取られると不利だ! みんな、上に登るぞ!』
望夢が決断するよりも先に、高橋が皆に向けて指示を出す。
確かに、戦闘において敵に頭上を取られると不利だ。それに山で遭難した時は、降りるのではなく登るのが正解である。
だが望夢の考えは逆だ。
「違う! 下に降りるんだ!」
『頭上を押さえられたらどうするんだよ!?』
高橋の抗議に、女子三人たちも同調する。左右の耳から飛び込む金切り声と、自分たちの状況をまるで理解していない連中の愚かさに、頭が痛くなる。
自分たちの武器は、五人中四人が飛び道具だ。だったら上も下もないし、何よりこんな遮蔽物だらけの場所でまともに戦えるわけがない。それなら山を登って体力を消耗するより、下った方がいい。上下どちらにせよ、拓けた場所に出られるか否かは二分の一の確率だ。だったら楽な方がいい。
しかし望夢がそう説明する前に、樹上に虫タイプのモウリョウが現れた。数はやはり三体。それぞれ離れた位置に生えた木の上で、蛇のように長い体を幹に巻きつけている。
女子たちの悲鳴の中、高橋が叫ぶ。
『クソ、頭上を取られた。だから上に登ろうって言ったんだ!』
まるでこうなったのが望夢のせいであるかのような言い方に、女子たちの賛同する。
だが望夢が反論する前に、高橋はモウリョウに向かって山の斜面を駆け上がっていった。
「絶対下に降りた方がいいのに……ッ!」
望夢は自分だけでも斜面を下ろうかと考えたが、女子たちが迷いつつも高橋の後を追って登り始めたので、文句を言いつつ彼も斜面を蹴って走り出した。
茂った草や積もった落ち葉で滑る斜面は、ただでさえ少ない望夢の体力を容赦なく奪う。しかもモウリョウは器用に長い体を伸ばして木から木へと移動するので、射線を通すために邪魔な木を避けて走っている間に、たちまち息が上がってしまった。
山の中に銃声が散発する。
しかしどれも林立する木に阻まれ、モウリョウへの命中は一つとしてない。あの高橋でさえ遮蔽物の多い地形と、うねうねとつかみどころがない動きをする標的を捉えられずにいる。おまけに足場の悪い斜面を走りながらとなれば、射撃のオリンピック選手であろうと当てられるかどうか。
このままでは弾か体力のどちらかが先に尽きる。何か策はないか――この状況を打破する効果的な策は。
「そうだ!」
策を思いついた望夢は、すぐさま無線で高橋に指示を出す。
「高橋、その銃で走行間射撃だと埒が明かない。止まってきちんと狙いを定めてくれ」
『そりゃ止まったら狙いやすくなるが、それだと木の陰に隠れたモウリョウが狙えないだろ』
「大丈夫。モウリョウはぼくに任せて」
『お前が!? どうやって!?』
「ぼくが囮になる」
このチームの中で最高の戦闘力を持つ者は、どう考えても高橋だ。だが今、彼の能力は地形によって封じられている。そして一方、チーム内最弱の存在なのは自分だ。最弱の駒を使って最強の駒を活かせるのなら、策としては申し分ない。
「しっかり当てろよ、エース」
わずかな迷いの気配の後、高橋の熱い声が無線に届く。
『任せとけって』




