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ガーディアンズ・オブ・シコク  作者: 五月雨拳人
第一章 ガーディアンズ
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実弾射撃訓練

     *


 待ちに待った実弾射撃訓練は、地下で行われる。


 射撃訓練場は、元は駅前の巨大地下駐輪場だったものを、中距離までの射撃訓練ができるように改装したものだった。


 望夢たちは、壁際に横一列になって並んでいた。


 彼らの視線の先には、銃や弾を置く台。そして味も素っ気もない円がいくつも描かれただけの的が天井からぶら下がっている。


 天井には的を前後に動かすためのレーンが走っていて、台に置かれたリモコンで自由に遠近を調節できる。今日は初日ということで、全員の的は一律10メートルの距離に固定されていた。


 本物の射撃訓練場に立っていることに望夢たちが興奮を抑え切れずにそわそわしていると、樺山が小型のアタッシュケースを山ほど乗せた台車を押しながらやってきた。


「今日はいよいよ実弾射撃訓練だ。なので訓練を始める前に、お前たちにこれを渡しておく」


 そう言って樺山は台車に積まれたアタッシュケースの一つを開ける。


 中から現れた自衛隊正式採用の9ミリ拳銃を見て、隊員たちから「おお」という声が漏れた。


「今からこの銃は、お前たちの正式な戦闘装備となる。なお管理には全責任をもってもらうので、決して規定に反することのないように」


 一人に一丁ずつ拳銃が与えられ、再び隊員たちから歓声が上がる。


 これまでの訓練で、構造や組み立て方を知るために実物を手にしたことは何回かあった。だがあれは所詮見本で借り物のようなもの。これは今この瞬間をもって自分のものになるのだ。手にするだけのものとは喜びと興奮がまるで違う。


「それでは各自配置につけ」


 樺山が号令をかけると、興奮冷めやらぬ隊員たちは慌てて射撃位置についた。


 望夢も自分の射撃位置に立ち、目の前の台に渡されたばかりのアタッシュケースを置く。指紋認証で鍵を開け、低反発素材の緩衝材に包まれた拳銃を取り出すとグリップを両手で包むように握った。


 よく本物の拳銃はずしりと重い、などと表現されるが、アルミフレーム製の本体はとても軽かった。むしろ、以前に高橋に触らせてもらったこれと同じ種類のモデルガンの方が重かったように感じる。


 アタッシュケースに同梱されていた弾丸をマガジンに込めると、ようやくそれらしい重みが感じられた。やはり銃は弾を込めて初めて完全と言えるだろう。


 弾は五十発入った小箱が一つ。警察や自衛隊なら訓練で消費するのにどれだけの時間がかかるかわからない量だ。ガーディアンズだと、一度の訓練でどれだけ撃てるのだろう。


「装弾完了した者から射撃訓練を始めろ。今日は初日だから、一箱撃ち終わった者から休憩していいぞ」


 なんと、今日は五十発全部撃って良いのか。なんという大盤振る舞いだろう。樺山がこれ以上指示を出さないのを確認すると、隊員たちは一斉にイヤーマフとアイガードを装着した。ただでさえ音が反響する地下で、実弾射撃の騒音を生で聞いたら耳がおかしくなる。望夢も慌てて装着した。


 そうこうしているうちに、手早く装弾を済まして射撃を始める者が出始めた。イヤーマフ越しでも耳に届く銃声も大きいが、発砲の衝撃が空気を震わす振動の強さが望夢を驚かせた。


 自分も早く撃ちたい。逸る心を抑え、望夢はこれまで座学で教わったことを思い出しながら、慎重に弾を込める。


 マガジンを入れ、スライドを引いて初弾を装填する。グリップを両手で握って腕を軽く伸ばし、銃を自身の正面に構える。それと同時に両足は肩幅まで開いた。


 射手を真上から見たとき、両腕と肩のラインが二等辺三角形になるこのアイソセレススタンスは、射撃の基本的な構えだ。敵に対して正面を晒すというデメリットはあるものの、銃の反動を抑えやすいし照準の左右への振り幅が大きいので的の動きに対応しやすい。


「たった十メートル。外れはしない……はず」


 呟きながら、的の中央にある黒い点を照門と照星に合わせる。ぴたりと重なったところで固定。


 人生初の実弾射撃。最初の一発はど真ん中に決めたい。そう思って望夢は引き金を引いた。


 顔面を叩く破裂音とともに、反動に襲われて両腕が跳ね上がる。9ミリオートの予想外の威力に、望夢はよろけそうになるのをどうにか堪える。


 撃った。


 今自分は、生まれて初めて本物の銃を撃った。夢かどうかを確かめるために頬をつねる必要はない。手のひらに残る発砲の感触と、鼻につく硝煙の香りは間違いなく本物だ。


 だが初めて実弾を撃った感動に放心しかけている望夢の目に、アイガードに内蔵されたスクリーンが真っ赤な文字で残酷な現実を告げた。


 MISS。


 つまり、ハズレ。


 的にすら当たっていない。


「あれ……?」


 記念すべき第一射は、的にかすりもせずに後ろの壁に吸い込まれていた。


「もう一度」


 気を取り直して、銃を構える。


 慎重に的の中心に狙いを定め、ゆっくりと引き金を引く。


 二回目の反動は、自分でも上手く抑え込めたと思う。来るとわかっていれば、案外大したものではない。


 今度こそ狙った場所に当たったと思った。


 だがまたしても弾は的を大きく外れていた。


 アイガードのスクリーンに投影された映像には、的の右下にぽつんと小さな穴が開いていた。


 おかしい。


 それからマガジンが空になるまで撃ってみたが、結局的の中に弾が当たることはなかった。


 おかしい。


 照準がずれているのだろうか。


 自分の腕を差し置いて銃を不審に思った望夢は、あろうことか照準に疑いをかける。


 だが他の隊員は誰一人自分の銃の照準が狂っているなどとは欠片も疑わずに訓練を続けている。ということは、配られた銃は全て調整が済んでいるのだろう。その中で自分の銃だけ照準がずれている、などという都合のいい不具合があるとは思いにくい。


 となるとやはり、弾が当たらないのは純粋に自分の腕が悪いからだ。


 溜息が出る。


 ショックだった。たかが10メートル先の的に当てることすらできないなんて。テレビや映画だとぱんぱん当たるのに、頭の中のイメージと実際にやるのとではまったく違う。


 もう一度溜息をつきながら、望夢は予備のマガジンに弾を込める。


 ちらりと高橋の方を見る。


 彼は望夢の二つ左隣のレーンにいた。台の上には空になったマガジンが既に三つ転がっている。


 しかも彼は、右手一本で銃を撃っていた。


 そう言えば、以前樺山が実弾射撃の経験を訊ねた時に挙手をしていたが、それにしても撃ち方が様になっている。銃の反動を上手く殺しているのか、テンポよく連射しているのに銃身がまったくブレていない。


 自分と何が違うのだろう。


 体重だろうか。


 いや、それもあるかもしれないが、やはり圧倒的に経験と身体能力が違いすぎる。ならば今はとにかく銃に慣れるしかない。そう思って望夢は射撃を再開した。


 結局この日、望夢が的の円の中に当てることは一度もなかった。

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