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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(王宮の秘宝)編
36/37

■28話■最終話

今日は2話投稿です。ご注意ください。

「それはもう飲まなくても大丈夫なのよっ」


 すっかり元気になった私は陛下の膝に乗せられ、薬を飲ませようとするのに精一杯の抵抗を試みていた。

 陛下に力でかなうわけないとわかってはいる。だが、不味いものは不味い。二度とご免だと思うほど不味いのだ。

 確かに痛みは和らぐんだけれども、飲んだ後の口の中ときたら、最悪なのだ。せめて水を飲んで流したいんだけど効果が薄まるからと飲ませてくれないし。文句を言ってると陛下のキスで誤魔化されるし。

 一応、あまり動かなければ我慢できないほどではないので、飲む回数は極力減らしたいのだが。陛下のお許しは出ない。医者は減らしてもいいと言ってくれたのに。


「まだ飲まねば痛むであろうが。うとうとしては呻いているのは誰だ」


 陛下は意外にマメだった。

 看病なんてした事ないと思うのに、私に定期的に薬を飲ませ、食事をさせ、寝かせて。ずっと休むことはできなかったらしく、日中は執務室に出向くようになったけど、私も持ち運んでいる。

 執務室の小部屋でうとうとしてる時に私がたまに呻き声をあげていると思われる。うっかり寝返りを打つと傷が痛むので。

 夜は陛下が私が右に向かないようにしてくれているから痛むことなくぐっすり眠れるんだけど。昼間は一人だとやっぱりそういうわけにはいかない。

 ちょっと呻くくらいは放置しとけばいいのよ。私が痛い思いするだけなんだし、痛ければ起きるでしょ。

 それより、ずっと私を看病しているから陛下が疲れてしまってるんじゃないかと思う。


「私はもう大丈夫よ、陛下。侍女に任せても。陛下はずっと私の看病してるから、あんまり眠れてないんじゃないの?」

「眠れていないかもしれぬが、それはそなたに付いているせいではない」


 疲れている自覚はあるらしい。でも看病のせいではないという。陛下はそういうことを言わない。でも今回は誤魔化さずに認めているわけだから、結構重症なのかもしれない。

 神官長に術をかけられた後遺症が何か残っているのだろうか。エテル・オト神殿の神官達で元の生活に戻れてない者は多いというし。


「記憶を封じられていたせい?」


 神官長に操られていたことは訊きにくくて、陛下にどんな変化があったのか詳しくは聞いていない。陛下の身体に異常がないとは王宮医から聞いている。陛下達が神殿に向かおうとした時に記憶が戻ったことは騎士カウンゼルから聞いた。だから、陛下もその時に戻っているはずなんだけど。


「そなたは……」


 私が、何?

 早く言ってよ、と思うのに。

 グイグイと押しつけられる極マズ薬入りのカップ。いやーな匂いが鼻を刺激している。

 チラッと陛下を目だけで見上げると、冷えた目で見下ろされた。陛下はすごく機嫌が悪そうで怒っているようにも見える。

 でもそれは私の何かが気に入らないとかいうことではなくて。私を腕の中から離そうとしない。陛下は神殿で血まみれ姿の私を救出したのだからさぞ心配させただろうと思う。陛下は私を抱き枕状態にしている方が落ち着くみたいだから、この数日、私は大人しく陛下に運ばれているわけだけど。

 それで陛下が悪化したら意味ないし。そう思っての発言なんだけど、陛下は答えてはくれない。私だって心配しているのに、どうして答えようとしないのか。

 私って、信用ないのかな。ないだろ。我ながら即答。

 まあ、陛下には豊富な体力があるので様子をみることにする。


「陛下が書いた命令書って、結局、どういう意味で書いたの?」


 偽使者が私に突きつけた命令書。あれは陛下が書いたと言っていた。私の罪だと。

 私に何を望んでいたのか。


「命令書? 偽使者に利用された文書か」

「そうよ」


 また何も言わないつもり?

 誤魔化す?

 それって……。

 なかなか返事のない陛下にむくれていると、陛下が女官達に下がるよう指示する。

 そうしながら私の口にカップを押し付け。


「これを飲めば教える」


 交換条件とは卑怯な。

 これは誤魔化されて欲しかったのに。

 でも、これを飲んだら絶対に聞き出す!

 そう決意を固めて私はカップに口を付けた。一気に飲み干せば……。

 うえええええええっ。


「吐くな」


 うぐぇっ、不味い不味い不味い。

 涙目でうぐうぐ唸っていると陛下がご機嫌とりに唇を合わせてきた。

 そんなのより水を飲ませてくれればいいのにと思う。

 不満な私を、陛下はあやすように舌を絡ませてくる。ゆっくり何度も逃げたり追ったりしていると、口の中の不味さはしだいに薄れて、いつの間にか不貞腐れてはいられなくなって。結局、私は何もかもどうでもよくなってしまうわけで。

 また誤魔化されるのかなと思うのが少し寂しい。これだけ陛下が言おうとしないのは、私にはあまりいいことではないからなのだろう。もしかしたら私が消えればいいと思っていたのかもしれない。記憶のなかった時なら仕方がないし、そうでなかったとしても、やっぱり仕方のないことだ。そんな風に思っていると。


「あの命令書を書いたのは、神殿から戻った時だ。そなたの記憶が薄れていくのを、留めようとしたのかもしれぬ」


 神殿から戻った時というのは、エテル・オト神殿を訪れ、神官長から私を忘れるように術をかけられた後。

 術の直後に、全てを忘れたのではなく、徐々に消えていったということ? その途中で命令書を書くことで止めようとした?

 でも、なにも命令書にしなくても……。執務室だったから、手紙よりも命令書が先に閃いたのか。陛下、仕事熱心だから。


「王宮の秘宝とは、あの喋る仔犬のことだ。正確には、喋る仔犬の身体の中にある本体というべきか」


 王宮の秘宝が、あの喋る仔犬だったのか。関連しているとは思っていたけど、あれの本体が秘宝……。王宮の秘宝という神秘的な響きの言葉のイメージが崩壊する。

 よりによって普通の茶仔犬だなんて残念すぎる。しかも全然陛下を護ってないし、国を護るどころか危うくさせてるし。しかもしかも、神秘性も漂わせないで秘宝のイメージを崩壊させる喋りと態度ときたら。外見が普通のかわいさだとしても王宮の秘宝としてはマイナスにマイナスにマイナスだ。

 それにしても、あれが王宮の秘宝だというなら、王宮の秘宝が失われたわけではないのでは?

 喋る仔犬は王都の周辺を放浪しているわけで。国にはあるけど、王宮からは失われたって意味? でもそれって私のせいじゃなくない?

 私が密かに首を捻っていると。


「あれは、そなたを代わりに王宮へよこした。だから、そなたが王宮の秘宝として王宮にあればよい」


 え?

 王宮の秘宝の代りに王宮に? 私が?

 何を言い出したの、陛下?


「そう、続いていたのだ。そなたの名を記すことは、もうできなくなっていたが」


 あの命令書は陛下の書いたそのままではなく、文書の一部を消していたらしい。

 あれは私を処分するためではなく、私を王宮から出さないようにするための命令書だった?

 私を覚えている時の、陛下の私への最後の言葉だった?

 私の記憶が消えていく時、名前も思い出せなくなっていたということは、すでに私に関する多くの事を忘れていたということで。

 その中で、私が王宮にいればいいという言葉を書いていた。私を王宮へ繋ぐ言葉を。

 そんなことは、全然知らなくて。

 私はすごく陛下を疑っていた。私を殺そうとしているんじゃないかと思ったし、だから王宮へ戻ることもしなかったし。

 私は何も、わかっていなかった。

 陛下はあんなにいつも王宮から出るなと言っていたのだから、記憶がなくなったくらいで陛下が変わったりしないのだから、もっとよく考えればわかったかもしれないのに。

 それでも、やっぱり私にはわからなかっただろうか。


「ごめんなさい」

「どうした、急に」

「心配かけたでしょ? だから」

「そうか」


 陛下は短く答えただけ。時々ヴィルの相手をしているからか、私の背中をゆったりしたリズムで撫でて眠気を誘うのが上手い。あの薬を飲むと眠くなるから、今回も陛下は私が寝てしまうまで付いていてくれる気らしい。

 年中忙しい陛下が今だけ暇なはずはない。官吏や側近達がきっとやきもきしているんだろう思う。

 それでも陛下がここにいるのは。

 私を忘れていたことを後ろめたく思っているからなのかもしれない。もちろん私の怪我を心配しているんだとは思うけど。やっぱりあるんだろう。後ろめたいというか、罪悪感のようなものというか、後悔というか、そういうものが。

 手付きはすごく優しいのに陛下の気分が上昇しないのは、そういうことなんじゃないかと思う。

 さっきの命令書のことも、本当は言いたくなかったのだと思う。術をかけられたことの象徴のようなものだし。


「でも、陛下は私を忘れても、黒髪好きロリコンだからどこにいても私を見つけてくれるわよね」

「……」


 ちょっと重くなった空気を断ち切ろうと明るく軽口を言ってみたんだけれど。

 間違えた?

 何か、言い方かニュアンス、間違えた?

 陛下の眉間の皺がぐっと深くなり、冷たい目で見据えられた。

 陛下が私を忘れたことなんて気にしなくてもいいからって言いたかったのよ、うん。通じてないみたいだけど。母国語じゃないから、難しいわけよ。いろいろと。


「余はそなたを見つけるが……もしそなたが余を忘れたのであったなら、余の事など思い出しもせぬのであろうな」


 低空な声できっぱりと言い切った陛下。

 陛下、鋭い。

 私が陛下のことを忘れたら、新しい人生をはじめそうな気がする。思い出せないものはしかたないし、そのうち思い出すだろうし、とか言って。ヴィルの父親探しは……新しくてもいいかと考えそう。

 それは悪い事ではないと思う。思うんだけど……ちょっと、何だか、後ろめたい気がする。


「そんなのわからないでしょ? 私だって陛下のところに押しかけるかもしれないわよ?」

「……」


 思いっきり不信な目を返されてしまった。呆れているような、諦めの混じった表情で。


「まあ、その……陛下が声をかけてくれれば付いて行くわよ……たぶん」

「そうだな。そなたの嫌いな虫がおらぬ寝床を用意できるような男はそうおらぬであろうからな」


 陛下はふてくされ気味にそう言った。

 一々正しいので感心してしまう。

 王都の家に住んでみて思ったことは、家中どこにでも虫が入り込んでいること。しかも虫のサイズは大きい。

 侍女リリアが気を配っていろいろと虫除けの香は焚いてくれていたけど、家中全てで焚くことはできなかった。小金持ち庶民の設定では、虫除けの香などという超贅沢品を毎日使うわけにはいかなくて。今回の王都の家暮らしで普段の私の暮らしがいかに贅沢だったかを理解したわけだけど。

 陛下はそんなことは私よりもよく知っていたらしい。


「そうそう。また陛下が見つけてくれれば喜んでついていくわよ」


 誤魔化すように笑って言うと、陛下は大きく溜め息を吐いた。そして私の肩をそっと撫でる。

 他人相手の無表情な顔ではない陛下。記憶を失っても陛下は陛下だったけれど。陛下が帰って来たんだなと思う。

 呆れた顔も、不機嫌さも、以前よりはっきりと私に向けてくれている。ずっと一緒にいたのでわからなかったけれど、陛下は私に感情を出してくれるようになっていた。それは陛下が考えてそうしているのか、無意識にそうなったのかはわからないけど。こうしているのは、すごく居心地がいい。

 私は陛下の胸に身体を預け、ゆっくりと時間を過ごした。




 起き上がれるようになってから、私は騎士達とともにお気に入りの庭園へと向かった。

 女官達は下がらせて、いつもは穏やかな空気の庭園が今日ばかりは厳めしい。

 庭園に置かれた女神像の台座に、私はナイフを突き立てた。とはいっても、私の力では小さな傷ができる程度でしかない。それは騎士クオートのしるしだった。

 私の下敷きになり命を落した騎士クオートの葬儀に参加することも、親族に伝えることも、私にはできなかった。私が王妃だから。

 私と女神像を囲むようにして並んだ騎士達は私の作業を黙って見守っている。

 私は女神像のそのしるしに向けて口を開いた。


「騎士クオート。死した後も、王妃ナファフィステアである私を、警護し続けることを、許します」


 ザッと土をならす音。

 騎士達が同志への礼を捧げる。

 死んだ後くらい騎士として働かせるのではなく、極楽浄土へ旅立たせるべきではないかと思う。

 でも。陛下の真似ではあったけど、私はこうすることを選んだ。

 ありがとう、騎士クオート。もうゆっくり休んで。

 そう告げたかったけれど、それは彼等騎士の望む言葉ではないらしい。いつまでも共にあれ、そう主に望まれることこそが最高のたむけになるのだという。

 だから私は、私を護れと傲慢な言葉を口にした。その言葉は私の中に重く沈んだ。

 陛下を護って命を落した騎士達も陛下の手によって王宮のどこかでこうして送られているらしい。

 誰の命を犠牲にしても生き残らなければならない陛下。そんなのは他人事だと思っていたのに、もう他人事ではないのだ。


「戻ります」

「はっ」


 庭園を出ると、陛下と陛下の騎士達が待っていた。

 陛下が手を差し伸べてきて、私はその手を取る。

 陛下は何も言わなかった。

 私が陛下の真似をして王妃付き騎士達を前にしたことを知っているはずだけど、咎めることも笑うこともなく。陛下付きの騎士達も何をしていたのかを承知しているようだった。

 無言のその場は、私の行動を肯定しているように思えた。

 陛下の隣にいること、王太子の母であるということ、私がこの国の王妃なんだということ。わかっていたようで、本当にはわかっていなかった。今もわかっているとは言えないのかもしれない。

 陛下が私の手を軽く引いた。それは歩き出す合図で。

 私は大きく足を踏み出した。陛下の隣を歩くために。

 それでも私の小さな歩幅に我慢ならなくなった陛下が抱え上げようとするに違いなくて。抱き上げられれば陛下は私ごと執務室へ向かおうとして、それは嫌だと私が駄々をこねることになる……。

 だから私は隙を見せないように足を速めた。

 もう少し、横に並んで歩きたいと思った。小走りでカッコ悪くても、それでもいい。

 王宮が私の家で、陛下の隣が私の場所で。

 私がこの国の王妃ナファフィステア、だから。



~The End~

最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。m(_ _)m

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