■15話■神殿エテル・オト
うーん、これが神殿。
私は目の前のやたらと大きな女神像を見上げる。
ここには太い柱が何本も並び、高くて綺麗な紋様の天井を支えるとても広い空間、神殿の正面を入った建物の中だ。
以前、私はここに来たことはあったはずだけど、王宮と繋がっている専用通路から来たから、裏というか神殿の奥の一部しか見てなかった。奥はもっとシンプルだったし、こんなに大きくもなかったと思う。
でも神殿の正面入り口を入ってここまで、神殿内はすべてが大きくて派手だった。サイズ、色彩、彫刻の凝り具合など全てにおいて煌びやかだ。もちろん上品なキラキラではある。が、私にはクドイ。これは個人的な好みの問題だと思うけど、神殿ならもうちょっと奥ゆかしくてもいいんじゃないかなと思う。
でも私のフリフリが庶民の金持ち度を現すように、神殿は大きさと派手さで権威を示そうとしているのかもしれない。国王から特別扱いされる唯一の神殿でもあるし。
まあ、これほど全てが大きいと小さいのが私だけじゃなく、人は皆小さい存在なのだと思わなくもない。
だから私の小ささがここではあまり目立たないような気もして、少しだけ気分が浮上する。たとえ今日は新しいフリフリ度MAXのドレスで、超恥ずくて地の底まで気分が落ちているのだとしても。
今、私は騎士ボルグと騎士ウルガンとともに神殿へ来ている。
侍女リリアは息子ヴィルフレドの相手をするため居残り。そして騎士ヤンジーは留守を守る役だ。
本当は、騎士ボルグはヤンジーではなくウルガンを残そうとした。私に付き従うには若く普通の街人に見えるヤンジーの方が目立ちにくいのだ。騎士ボルグとウルガンが揃うと、まあ、恐い人達が避けて通るような感じになるわけで。そこにフリフリドレスの小さな私が加わると変な感じになるから。
でも、息子のヴィルフレドは騎士ウルガンがとても苦手らしく、どうにもならなかった。
前回、私が事務官吏ユーロウスと会う時に騎士ウルガンが残ったのだけれど、ヴィルが予想以上に早く目覚めてしまい、すさまじく泣き叫んだんだそう。泣き叫ぶヴィルがあまりにも辛そうで、騎士ウルガンは急遽、私と一緒に子供洋服店へ出ていたリリアへ助けを求めたのである。
そんな事があり、寝起きだったから駄目だったかと再チャレンジするも、ヴィルはやっぱり泣きわめいてしまい。子供に喚かれるウルガンは、見ていてとても可哀想だった。あれほどウルガンの背中が小さく見えたことはない。
そういうわけで仕方なく騎士ヤンジーが残ることになった。
そして私は異様に迫力のある護衛をつれたお嬢様として目立っている。変装している身だし、できれば注目を浴びたくはないんだけれど。
まあ、悪い事をしているわけじゃないから目立っても別に問題はないのよ、うん。
フリルに埋もれた恥ずかしい格好を観衆の目に晒してるなんて、思っちゃいないわ。ふん、ふん、ふんっ。
私は恥ずかしさを誤魔化すように大股に足を踏み出す。
見たって私が誰かわかるはずがないんだから、誰も見てない見てない。ドレスが似合わないなんて誰も思っちゃいないわ。
やさぐれた顔で神殿の広間で女神像を眺めた後、私は横道へと足を向けた。ここに祀られている故王妃像とやらを探しているふりをして。
国内でも人気の神殿だけあって訪問者は多い。神殿だから人が多くとも静かではあるが、きょろきょろ見回している人もちらほら見えるから、遠方から王都へ来た人もそこそこいるらしい。服装も金持ち風の人もいれば、見慣れないデザインの服の人もいて、私が目立つということはなさそうだった。
神殿の奥へと進むほど、人気はまばらになっていく。この神殿には女神像だけでなく、仔犬像があると聞いていたのだけれど、こちらには何もないのだろうかと思いながら、廊下を進んだ。別に仔犬像を見たいわけではなく、神殿の様子を見に来ただけだから見つからなくても問題ではない。
しかし、神殿にくれば神官が案内とか何かしらの説明をしてくれるものと思っていたけれど。特に何もなく、順路こちらの看板もない。当然だけど。
私は日本の観光地を想定していたのか、あるいは、今の身分だとそうされるのが当たり前みたいに馴染んでしまったのか。ここへ来ればどうにかなるだろうと考えており、とても浅慮すぎたらしい。
このままでは神殿に来ただけで終わってしまうぞ、これはまずいとやや焦り始めた頃。
「ここから先は立ち入らないでください」
私達の前に一人の神官が立ちふさがった。
近くの神官もこちらへとやってこようとしていた。
別に立ち入り禁止の看板はなかったはず。神殿とは、基本的に神に祈る者に解放している場所のはずだけど。王族を守護する神殿だから立ち入れない場所があってもおかしくはない。
でも、私はわざととぼけた振りをした。
「なぜ? ここは神殿でしょう? どこに入ってもいいのではないの?」
何も知らない子供のふりをしてもう少し奥へ入ってみようとする。入るなと言われると何かあるような気がするのが人ってものでしょう。
金持ちの我儘な子供という設定はなかなか便利だ。私はツンと我儘娘を気取った。
しかし。
「ここから先は立ち入らないでください」
平坦な口調で告げる。さっきと全く同じ口調で、同じ顔で。
その様子がひどく薄気味悪く感じた。
そこにいるのがまるで意思のない人形のようだったから。
動かない表情、感情のない目、体温を感じさせない、まるで死んでいるかのような姿。それでいて動いて喋るから気味が悪い。
「ここから先は立ち入らないでください」
まるでそればかりを言うように設定されたロボットのようだった。言葉に全く温かみを感じられない。
でも、そう何度も繰り返されるとその先には何かあるんじゃないかと勘ぐらざるを得ない。そんなの聞こえないとばかりに私は足を進めた。
すると、神官がすっと動いた。殺気も何もなく、ただ、すうっと私の首に手が伸びた。
騎士ボルグがはたき落したけれど。
もしかして、この神官、私の首を掴もうとした? 片手で首を?
「何をする?」
騎士ボルグが神官の手首を捻りあげて神官に迫った。が、神官は表情を変えることなく。
「ここから先は立ち入らないでください」
その言葉を繰り返した。坦々と。
ボルグに掴まれている腕は痛いはずなのに、神官の表情は動かない。もう一人私達の近くに神官が来たのに彼を助けようとはしない。ただ、見ているだけだった。
これは、本格的におかしい。
そこに。
「どうか手をお放しください」
柔らかな女性の声が私達の間に割って入ってきた。
神官の後ろから現れたのは、ほっそりとした女性神官だった。彼女は白い神官服をまとってはいるけど、この男性神官と違って苦笑を浮かべており、ごく普通の女の人のように見えた。
「ボルグ」
「はい」
騎士ボルグは神官から手を離した。解放された神官はもう私に手を伸ばそうとはしなかったが、その場から動くこともなく。ただ、立っている。私が足を進めれば、再び何度も告げた台詞を告げるのだろう。
「失礼いたしました。王妃様でいらっしゃいますね?」
私は思わず前髪をなおした。
え、見えてた? 黒目、見えちゃってた?
いや、別に変装バレてもどうってことない、はずだけど。
私は焦った。
そっ、その辺の子供ですけどって。言って通用するかな? そう主張してみれば、あるいは……。
「身分を隠していらしたのですね。申し訳ありません」
「……いえ……」
この女性にとっては余地なしだったらしい。弁明できるレベルではなく、王妃だと確定されている。
前に私がこの神殿に来た時に彼女もいたのかもしれない。私の周囲は騎士達ががっちりガードしていたはずだけど、神官なら私の姿を見ていた可能性は高い。だから、だろうか。
「私はウェス・コルトンと申します。二か月ほど前にここに入ったばかりの神官見習いです」
二か月前、なら私を見てはいない。どうして私が王妃だとわかったのだろう。リリアにセットしてもらっているから、近くで見ないとわからないはずなのに。
彼女にどう答えればいいだろう、誤魔化し通してみるべき?
と焦っていると、廊下の奥から神官の一団が歩いてくるのが見えた。中央の人物は神官でも地位が上なのか、宝石や金細工など装飾品が豪華だった。わかりやすい。宗教の上位者というのはどの世界でも金ピカが好きなんだなと感心してしまう。
そんな私の反応に彼女が振り向き。
「神官長様が……。王妃様、ここを立ち去ってください。できるだけお姿を見られないように」
「え? なぜ?」
「王妃様、どうか、お早く」
彼女の様子が一変した。切羽詰まったような焦りを滲ませている。
神官長に知られたら、何か、まずいの? 私が王妃だから?
彼女は何かを知っている? 何を?
彼女の言葉を受けて、騎士ボルグが私の身体を隠すように立ち位置を変えた。
そのボルグに彼女はそっと手を差し出し、掌の小さく折った紙をボルグへと押しつけた。神官には見えないようにして。
「王宮の騎士様とお見受けいたします。どうか騎士セイルにお渡しください」
そう小声で告げると彼女は私達に背を向け、通路の奥へと歩き始めた。神官長達の方へと。それは神官長を私の前に近付けさせないための行動のように見えた。




