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ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~  作者: 篠原 皐月
第四章 血塗れ姫の誕生

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(5)嘘の弱点

 その日、ケインと一緒に食堂で夕食を済ませたアルティナが、与えられた寮の部屋に戻って私服に着替えて寛いでいると、ノックの音と呼びかける声が聞こえてきた。


「アルティナ、お疲れ様です。ちゃんと夕食は食べてきましたか?」

 歩み寄ってドアを開けると、そんな気遣う台詞を真っ先に口にした制服姿のナスリーンに、彼女は少々うんざりした表情で応じる。


「はい……、ケインと一緒に済ませました。料理は十分美味しかったですが、精神的に色々削られた気がします」

「ご苦労様でした」

 それが彼女の本音だと分かっているナスリーンは、笑いを堪えながらここに来た用件を告げた。


「落ち着いたらで良いので、もう少ししたら私の部屋に来て貰えますか? ちょっと話したい事がありますから。場所は分かっていますか?」

「はい、先程アリシア小隊長に、寮内の説明もして頂きましたので。それでは後程伺います」

「お願いします」

 用件だけを告げてナスリーンはあっさりと立ち去ったが、アルティナは椅子に戻って難しい顔で考え込んだ。


「さて、何かしらね。この場合、やっぱりアルティナでは無く、アルティンと話があるって事だと思うんだけど……」

 そう見当を付けた彼女は、ナスリーンが着替えを済ませた上で、自分を招き入れる準備を整えた頃合いを見計らって腰を上げ、ドアに鍵をかけて彼女の部屋へと向かった。


「失礼します、アルティナです」

「はい、入って下さい」

「失礼します」

 予め解錠してあったドアから入り、内側から鍵を閉めたアルティナは、何気無く内部を観察した。


(間取りは私の部屋と変わらないか……。前に騎士団の寮に入ってみた時の間取りは一間だったけど、女性だけに白騎士団の寮は、全室二間続きみたいね。だけど隊長の部屋も全く同じ造りとは、ちょっと驚きだわ)

 密かにそんな事を考えていると、着替えを済ませてゆったりとした私服に着替えていた、この部屋の主が、不思議そうに尋ねてくる。


「どうかしましたか? 何か気になる事でも」

「いえ、ちょっと……、隊長は侯爵家出身なのに、この様な簡素な場所での生活で宜しいのかと思いまして……」

「慣れれば快適ですよ? 無駄な物を周りに置く気もありませんし、私の性に合っていますから。さあ、どうぞ」

「はい、失礼します」

 促されて大人しく丸テーブルを挟んで座ったアルティナに、ナスリーンがさり気なく準備しておいたボトルの中身を、グラスに半分程注いで勧める。


「宜しかったらどうぞ」

「これは……」

「温かい物は夜でも食堂で出して貰えますが、寮内で調理はできませんので。寝る前の軽い寝酒代わりです。今日は初日で緊張したかと思いますから、こういう物を飲めばぐっすり眠れますよ?」

「はぁ……、ありがとうございます。頂きます」

 笑顔で勧められた為、素直に礼を述べたものの、アルティナは密かに溜め息を吐いた。


(やっぱりそうきたか……、いい加減にこれも何とかしないとね。そうそうお酒を飲んでいられないし)

 考えを巡らせながらアルティナがゆっくりとグラスの中身を飲み干すと、ナスリーンが穏やかな口調で問いを発した。


「それではアルティナ。早速ですが今日一日勤務してみての、感想を聞かせて貰いたいのですが」

「そうですね……、皆様意欲的で、緊張感が漂っていたと思います」

「リディアについてはどうでしょうか?」

「副隊長ですか? 少々言動がきついと感じる事はありますが、それは職務故の事かと思いますし、真面目な方かと思いますが……」

 そんな調子で幾つかの問答を繰り返しているうちに、アルティナはできるだけ自然に眠りに入った様に瞼を閉じた。と同時に口も閉ざした為、少ししてからナスリーンが、様子を窺う様に静かに声をかける。


「……アルティン?」

 それを受けてアルティナは静かに両目を開け、アルティンの口調で応じる。

「アルティナがお世話になっております、ナスリーン殿」

 それを見たナスリーンが、安堵した様に頷く。


「良かったです。あまり強いお酒を常備していないので、きちんと眠って入れ替わって貰えるかどうか心配でしたから」

「それはともかくナスリーン殿、取り敢えず奥に移動しませんか?」

「どうしてですか?」

「念の為です。ここではあのドアから室内の話を聞こうと思えば聞けますから」

 廊下に繋がるドアを示されながら、小声で指摘されたナスリーンはもっともだと納得し、すぐに腰を上げた。


「そうですね、それではこちらにどうぞ。これまで殿方を寝室に入れたりした事など、皆無なのですが」

「色っぽい事になりようが無くて、誠に申し訳ございません」

 互いにそんな事を言い合って笑いながら寝室に移動した二人は、ベッドの端に斜めに向かい合いながら腰を下ろし、話を再開した。


「ところで、私を呼び出したのはどうしてですか?」

「来て早々、アルティナに無茶をさせてしまったのでそのお詫びと、あの鳥はあなたの仕業なのか、確認したかったものですから」

 恐縮気味にナスリーンがそう告げると、アルティナは笑って宥めた。


「ああ、昼間の入隊試験の事ですか。あの場合、仕方がありません。それに実際に試合をしたのはアルティナで、私は表に出ていませんでしたから」

「そうでしたか。それであの動きができたとは……、さすがにあなたの妹ですね」

 思わず感心した声を漏らしたナスリーンに、彼女が説明を続ける。


「あの試合は妹自身がリディア殿の剣を跳ね飛ばして、試合続行不可能な状態に持ち込みました。本当に拙い状況になったら、無理やりにでも私が出るつもりではいましたが。それから鳥に関しては、デニスが操った筈です」

 そこでナスリーンは、何やら思い至った顔付きになった。


「デニス? そう言えば上級女官に推した妹と共に、鳥使いの家系だと言っていましたね」

「ええ、デニス曰わく『ユーリアと比べると大人と子供の腕前』らしいですが。あの場面でリディア副隊長を驚かせて隙を作れば、アルティナだったら何とかするだろうと、踏んだのでしょう」

「なるほど。良く分かりました」

「ところで、上級女官の枠が埋まった後の、外野の反応はどうですか?」

 そこでアルティナが話題を変えると、ナスリーンは真剣な表情で首を振った。


「今の所は何も。他の隊ならともかく白騎士隊に入隊希望の女性など、そうそう簡単に手配する事はできないでしょうから」

「そうですか。動きがあったら私にも知らせて下さい。対応策を考えましょう」

「はい、お願いします。それであなたから見て、リディアはどうでしたか?」

 ナスリーンが先程『アルティナ』にしたのと同じ質問を『アルティン』にしてきた為、彼女は笑いを堪えながら、再び同じ答えを返した。


「明らかにアルティナに対して反感や敵意は持っていますが、何が何でも排除するという雰囲気ではありませんね。ですがまだ初日ですから、何とも言えないと言うのが正直なところです」

「確かにそうでしょうね。ところで一つ、相談があるのですが」

「何ですか?」

「あなたを呼び出す為に、アルティナを眠らせる必要があるのは分かりますが、毎回お酒を飲ませるのはどうにかならないのかと。これだと夜間は何とかなりますが、日中に頻繁に飲酒を勧めるのは……。度重なると、流石に彼女自身にも不審がられると思いますし」

「それもそうですね……」

 結構切実な訴えに、さすがにアルティナも難しい顔で考え込んだ。


(う~ん、確かにそれについては、前から考えてはいたけど、どうしたものかしら?)

 考え込みながら何気なく室内を見回していると、鏡台に乗せてある物が目に入った。それを見て、ある考えが閃いたアルティナは、一応部屋の主に断りを入れる。


「ナスリーン殿、あの鏡台に置いてある爪やすりを、ちょっとお借りしても宜しいですか?」

「え? ええ、どうぞ。どこか爪に気になる所でもありましたか?」

「いえ、そういう訳では無いのですが……」

 そうしてガラス製の爪やすりを手にしたアルティナは、色々な角度で爪を削り始めた。そんな彼女の様子をナスリーンは怪訝な顔で眺めていたが、いきなり「ギュキキキィ――ッ」と耳障りな音が室内に響き渡り、無言のまま盛大に顔を顰める。


「失礼。やはりこのガラス製の物では、目の荒さ具合と爪の合わせる角度と引く方向によっては、このような不快な音が出ますね」

「分かっていてなさったのですか? 悪趣味ですよ?」

 よほど神経に障ったらしく、ナスリーンが少々険しい口調で窘めると、アルティナは深々と頭を下げて謝罪した。


「ご不快にさせてしまって、申し訳ありません。アルティナも、この類の音は死ぬほど嫌いでして。瞬時に顔を背けて、酷い時には気を失っていました」

「まあ、そんなに過剰に反応を……」

 ナスリーンが同情する様に口にした次の瞬間、アルティナの言わんとする事が分かって、真顔になって確認を入れる。


「……と言う事は、日中や緊急時には、これを使ってあなたを呼び出せという事ですか?」

 察しが早い相手に向かって、アルティナが満足そうに頷いた。


「はい、これで多分、大丈夫だと思います。普通に爪を整えてもこの音は出ませんし、音を出すやり方を確認して覚えてから、日中にでも一度試してみて下さい」

「分かりました。これなら勤務中に持ち歩いても、支障はありませんしね。いざという時の為に、今度の定例司令官会議時に皆にも説明しておきましょう」

「お願いします」

 そこでふと気が付いた様に、ナスリーンが言い出す。


「でも隊長達がこぞってこのような爪やすりを携行する様になったら、今までは綺麗に爪を整える習慣など他の隊長達には無かったと思いますから、一体何があったのかと、騎士団内で噂の種になりそうです」

「本当ですね」

 そこで当面の懸念や問題など棚上げして二人は笑い、ひと時楽しい時間を過ごした。



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