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ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~  作者: 篠原 皐月
第三章 出仕への道

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(6)平和的解決?

「ぐあっ! 痛てててっ!」

「何を。もごがあっ!」

「お前ら、こんな事…、ぐはっ!」

「確かにこれで全員だな?」

「そうだな。討ち漏らしはない筈だぜ?」

 声や物音がする場所に近付いたクリフは、周囲を見回しながら状況を確認した。

 賊は全員手足を拘束された上で、地面に横たわるか座らされており、一人を除いて猿ぐつわを噛まされて呻き声をあげていた。彼らには剣で切りつけられた傷は皆無だったにも関わらず、飛来した矢や石礫が全身に突き刺さったり激突して、かなりの怪我を負っており、身体全体を網で包み込まれた者は、その内部に設置されていた剃刀状の刃で出血し、完全に戦意を喪失していた。


(一方向から侵入したとは思えないし、ここへ追い込んだにしても、どうしても乱戦状態になる筈。それなのに無秩序に飛来した矢や石礫の類を、暗闇の中で避けるか直前に連中と距離を取ったという事か? さすがはアルティン殿が、指揮しているだけの事はある)

 状況を的確に判断して心底感心したクリフは、てきぱきと指示を出しているアルティナに歩み寄って声をかけた。


「ご苦労様です」

「そちらこそ。ぴったりのタイミングだった」

 互いに相手の素性を賊に悟らせない為に、名前を口にしないで短く言葉を交わしてから、アルティナは捕獲した男達に向き直ってせせら笑った。


「しかし大挙して押しかけてきた割には、呆気ないものだな。もう少し、楽しませてくれると思ったんだが」

「仕方ないだろう。グリーバス公爵はお前の気晴らし要員になるかどうかでこいつらを選んだわけじゃなくて、髪質と色で選んだだけだからな」

「髪質だと? それに公爵がなんだって言うんだ」

 横から宥める様に言ってきたグラウルの台詞を聞いて、一人だけ猿ぐつわを免れていたリーダー格の男が、訝しげに尋ねた。それにアルティナが、如何にも馬鹿にした口調で応じる。


「お前らも、底抜けの阿呆だな。この屋敷に本当に、三百七十万リランなんて大金があると思ってんのか?」

「何を言ってる。シャトナー伯爵家がグリーバス公爵家から娘の持参金として巻き上げた話は、王都内で有名だろうが」

「だから、そんな話を真に受けるとは、馬鹿だと言っているんだ。公爵家には娘が六人居るんだぞ? 六人。その全員が嫁ぐ度に、毎回そんなに持参金を持たせたと、本気で思ってるのか?」

 呆れ果てた口調で問いかけたアルティナに、男がむきになって言い返そうとする。


「それはっ! 最近ここに嫁いだ娘がとんでもない悪運付きの娘だから、無理を言ってこの家に押し付ける為に」

「それを言ったって多いだろ。それにはるかに格上の家から妻を貰えるんだぞ? 普通だったら雀の涙の持参金でも、喜んで迎えるものだろうが。公爵家と繋がりが持てるんだからな。違うか?」

「…………」

 淡々と指摘されて、男は黒覆面のアルティナを睨みつけながら黙り込んだ。


(普通はそうだが、社交界での悪評があるから、好き好んで縁付きたいとは思う筈が無いがな。そんな事をわざわざこいつらに、教えてやるつもりは微塵もないが)

 そんな事を彼女が考えていると、男が探る様に言い出した。


「それなら……、どうしてそんな話が巷に流れているんだ?」

 その疑念を首尾良く相手から引き出せた事に満足しつつ、アルティナが更に疑惑を煽る為の内容を、馬鹿にした口調で言い出す。


「お前等みたいな単純馬鹿どもを、引っ掛けやすくする為だろうが。『守銭奴貧乏伯爵に持参金をむしり取られた。連中に思い知らせてやってくれ』とはした金で依頼すれば、喜んで飛びつくよな? 金庫の中には大金が眠ってるって分かっているし。傍目にはおいしい仕事だ。弱小貴族の屋敷だから傍目には警備は緩いし、詳しい事情を知らない奴は、普通楽勝だと思うよな?」

「まさか……、待ち構えていやがったってのか?」

 限界まで両眼を見開きながら男が呟き、周囲の者達も愕然とした表情になる中、アルティナは含み笑いをしながら、作り話を口にした。


「一つ教えてやる。持参金はごく常識的な額を支払ったが、公爵はそれに色を付ける為に、シャトナー伯爵に有力者を紹介してくれる事になっている。それの手土産の手配も、手伝って頂ける事になったんだ」

「手土産だと?」

「お前等の髪だ」

「はぁ?」

 訳が分からない事を言われて間抜けな声を上げた男に、アルティナはおかしくてたまらないと言った風情で話を続ける。


「お前の髪はテスラン侯爵の髪質と色に酷似してるし、お前の髪はミラーズ伯爵の髪のそれと同じだ。そっちのお前はカルダス公爵の髪と比べると僅かに色が明るいが、まあ十分、許容範囲内だろう。皆さん最近髪の生え際や、頭頂部をかなり気にされていてな。それを隠す鬘を献上すれば、皆さんは泣いて喜んで下さると言うわけだ。無理して工面した大金を贈るより、はるかに有益で効果的というわけだな。さすがは公爵を名乗られているだけの事はある。大した慧眼の持ち主だ」

「なっ!?」

「う、うふがっ!」

「げうはっ!?」

 腕組みして如何にも感心した様に述べたアルティナだったが、次々に指さされた男達は流石に動揺した声を上げた。そして周りを取り囲んでいるアルティン組の面々が必死に笑いを堪える中、アルティナが冷静に話を続ける。


「普段ろくに髪を整えもしないで、伸ばし放題のお前達には分からないだろうが、意外に鬘を作るのは大変なんだぞ? 女は髪を伸ばすが、一気に短く切る機会は滅多に無いし、男はそもそも短髪で、伸ばしても首の後ろで括る程度だ。一番手っ取り早いのは馬の尻尾を材料とするやり方だが、どうしても髪質と色が偏るからな」

「まさか、それで俺達を? 公爵は俺達の髪なんか知らねえじゃねえか!?」

「どこまで馬鹿だ、貴様は。お前達と連絡を取った公爵家の使用人が、公爵にご注進したに決まってるだろ」

「……っ!」

 明らかに狼狽した声を上げた男に、アルティナが(やっぱりそそのかしてやがったか。あの性悪親父)と確信してから、素っ気なく言い返す。


「さあ、無駄話はこれまでにして、さっさと始めるぞ。準備は良いか?」

「ああ」

 すると周囲を囲んでいたうちの二人が、左右から先程アルティナが指し示した賊の一人を押さえ込み、手にした布袋の中に、その男の頭を押し込んだ。


「ふがっ! ばはっ!」

「おい! 何をする気だ!?」

「無駄なく髪の毛を回収する為に、袋の中に剃り落とすに決まってんだろ」

 慌てて目の前の男に問われたアルティナだったが、当然の如く言い返す。


「おい、動くなよ? ただでさえ手元が暗いんだ。暴れると頭皮がざっくりいくぜ?」

 更にもう一人が歩み寄って、袋の中に剃刀を掴んだ手を突っ込むと、賊が悲鳴を上げた。


「うぇえええっ!」

「あぁ、言わんこっちゃない。切れたぜ」

「小汚い髪をそのまま使えないから、どうせ一度は洗うんだ。皮膚ごと削ぎ落として、血まみれになっても構わん。さっさと終わらせろ。後がつかえてるんだ」

「ふがぁあぁぁっ!!」

 情け容赦の無い指示を出したアルティナに、襲撃犯達は揃って顔色を無くしたが、未だ一人だけ喋れる状態の男が恫喝してきた。


「お、お前らっ!! こんな事をして、ただで済むと思うなよ!?」

 しかしアルティナを始めとする面々は、それを聞いて揃ってせせら笑う。


「ほう? 面白い事を言う。何をどうすると言うんだ?」

「忘れているらしいから教えてやるが、ここはシャトナー伯爵家の屋敷の敷地内だ。貴族の屋敷の敷地内であれば、例え王都内であっても、国法より各家の法が優先する。しかも俺達は敷地内に不法侵入した無頼の輩の命を取らず、寛大にも剃髪という罰則のみで済ませているんだ。勿論、伯爵の指示でな」

「それに不服があるなら、王宮にでもどこにでも訴えてみろ。こそ泥風情の話を、誰がまともに聞くかは分からんがな」

「しかも小金を盗もうとして頭をつるっぱげにされたと訴えたら、単なる笑いものになるだけだろ。恥の上塗りをしたけりゃ、止めはしないからやってみろ」

「……っ!」

 周りからこぞって馬鹿にした口調で反論され、男は顔をどす黒くして黙り込んだ。そんな彼にお構いなく、アルティナは更に容赦の無い指示を出す。


「手の空いている者は、全員の靴を脱がせて、服は脇で鋏で切って全部回収しろ。なかなかしっかりした作りだから、労働者向けに十分売れる。言うまでもないが、武器も全部回収しろよ?」

 その指示に、アルティン組の面々は早速動き出した。


「了解。じゃあ取り掛かるか」

「服は切ったら拙いんじゃないのか? 売れなくなるぞ? 一度手足の紐を解いて、脱がせた方が良くはないか?」

「手間がかかるだろ。それに例え切っても、子供用の服に仕立て直す材料になるし、雑巾とか焚き付けとか幾らでも使える。時間を無駄にするな。それから使った矢も残らず回収な」

「ほいほい。相変わらずみみっちい事で」

「当たり前だろ。シャトナー伯爵家は守銭奴で有名だからな。わざわざ金になる物持参で飛び込んできた獲物を、そのまま帰すかよ」

 懐から取り出した鋏を、目の前でシャキシャキと音を出された男達は、揃って顔色を変えて首を振ったが、アルティン達は容赦しなかった。


「ふがっ! ぐあぁっ!!」

 抵抗空しく、手足を後ろ手に縛られたまま、襲撃犯達はあっという間に靴や衣服を剥ぎ取られ、全裸になって庭に転がされていく。


「お~い、こっちは終わったぜ」

「じゃあ身ぐるみ剥いどけ。次はこっちだ」

 そして一人が頭を血だらけにしながら、全体を剃り落とされると、次の犠牲者はリーダー格の男だった。


「おっ、おいっ! ちょっと待て!!」

「黙れ。その汚らしく伸ばした髪を、最大限に有効利用してやるってんだ。ありがたく思え」

「ぐがあぁぁっ!!」

 そして頭が血だらけになった男が、地面に転がって裸に剥かれている横で、先程まで喚いていた男が断末魔の叫びを上げた。その光景の一部始終を眺めながら、クリフが遠い目をする。


(本当に容赦無いな……。この靴とか服とか、例のアルティン殿が立ち上げた古着屋で売るんだろうか? 武器の類は質屋に持ち込んで、質流れ品として売りさばくんだろうな……。アルティン殿は公爵家の嫡子の筈なのに、どうしてこんなに容赦が無いのか不思議だ。それに、我が家がとんでもない守銭奴だって話が、一層巷に広まる気がする)

 しかし、逆にここまで容赦の無い事をすれば、下手に手出ししようとする人間も出ないだろうと割り切ったクリフは、無言でアルティナ達の仕事ぶりを見守った。


「さて、随分取れたな。これだけあれば各自、カツラ二つ分位にはなるぞ」

「いやあ、良かった良かった。きっとお偉方達に喜んで貰えるぞ」

「話を持ってきて下さったグリーバス公爵には、本当に感謝だな」

 全裸の男達を用意した荷馬車に積み込みながら、アルティナ達が口々に、グリーバス公爵家がこれに関与どころか主導していた様な発言をする。そして全員を積み込んだところで、アルティナが恩着せがましく言ってのけた。


「髪の提供、感謝する。流石にその格好で街中を移動するのは気の毒だから、公爵家から聞いているお前達のアジトまで送ってやるから、安心しろ」

「おい、送ってやるだけで、戸口の前で荷馬車は放置してさっさとトンズラしろよ?」

「分かってるって。任せろ」

「髪が伸びたらまた来い。すっきり綺麗にしてやるぜ。需要は幾らでもあるからな!」

「うぐあぁっ!! ごはぁあっ!!」

「うん? 何を言ってるのか、聞こえんなぁ?」

 最後は全員しっかり猿ぐつわをさせた為、はっきりとした罵倒の言葉は聞こえなかった。そんな哀れな連中にアルティナ達は上からぼろ布を掛け、道中不審がられない様にその姿を隠してやってから、哄笑を浴びせつつ動き出した荷馬車を見送る。


「さて、お疲れ様。全員解散にするか」

 門の所でアルティナが背後を振り返ると、一人が気が付いたように街路の向こうを指さした。


「ちょっと待って下さい、あれは……」

「うん? デニスだな。やっと来たか」

 先程出て行った物と同じような荷馬車を操り、目立たない服装のデニスが門の前までやって来て地面に降り立った。


「やあ、皆。もう捕り物は終わったか?」

「ああ、さっき丁重にお見送りしたところだ」

「随分ゆっくりしていたな。お前の方の首尾は?」

「上々。金目の物は洗いざらい積んで持って来たから、明日金に変える。それから、これは後から山分けな。連中色々とあこぎな稼ぎをしてたから、結構貯め込んでたぜ」

 背後の荷台に積んである物をチラリと見てから、デニスは御者台に乗せておいた、恐らく金貨や銀貨が詰まっていると思われる布袋を持ち上げて差し出した為、反射的にアルティナが受け取った。そして片手では持てない、そのずしりとくる重みに反射的に顔を顰め、それが見る者全てに伝わる。


「相変わらず、いい腕してるよな……」

「お前、転職すれば?」

「本当に、騎士団には勿体ないぞ」

 しみじみと同僚達がデニスに対して感想を述べるのを、一歩下がった所で冷静に観察していたクリフは、無言で一つ溜め息を吐いた。


 ※※※


 翌朝、朝食を済ませて部屋に戻って寛いでいたアルティナの元に、夜勤を終えたケインが帰宅して早々顔を出した。


「アルティナ、今戻った」

 そう声をかけてきた為、アルティナは椅子から立ち上がって彼を出迎える。


「お帰りなさい、ケイン。夜勤、お疲れ様でした。今日はゆっくり休んで下さいね?」

「ああ、そうするが……。何か変わった事は無かったか?」

「変わった事ですか? いいえ、何も?」

「そうか……」

 笑って首を傾げた彼女を見て、ケインは微妙な顔つきになった。するとここでユーリアが歩み寄り、彼に向かって封筒を差し出す。


「ケイン様、こちらをクリフ様から預かっております。『兄さんが帰宅したら、まずアルティナ殿のところに顔を出す筈だから』と仰いまして」

「ああ、ありがとう、ユーリア」

 彼と入れ替わる様に王宮に出勤したクリフは、一応前夜の出来事についての報告書を作成しており、帰宅直後に兄の手に渡る様に手配していた。それに感謝しつつ、早速中に入っていた何枚かの用紙に目を通したケインは、僅かに顔を引き攣らせたものの、何食わぬ顔で元通り畳んで封筒にしまい、アルティナに微笑む。


「そうか。何事も無かったか。それは良かった」

「はい」

 そして双方が茶番と思いつつも笑顔で頷いてから、一緒にお茶を飲むべく連れ立って談話室へと向かった。


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