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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第五話 石守楓という女

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その8

「一方的に襲い掛かったように思われては心外です。ちゃんと同意をとりつけましたよ」

本郷が不満そうに身体を起こして苦情を言う。

 ――いや、舐めていいとは言ってないかな

 楓はソファの上で固まって動けないでいた。全身から汗が吹き出して止まらない。平井先生たちは、一体いつから見ていたのだろうか。

 どうすればいいのかわからない楓の、救いの主がそこにいた。

「こらそこの兄弟二人、石守さんが困っているじゃない」

パンパン!と手を叩いて、新井先生がとりあえず本郷をどかしてくれた。

「せんせー……」

情けない声の楓に、新井先生はにっこりと笑った。


「石守さん、楓ちゃんでいいわね」

未だ動けない楓を、新井先生はちゃんと座らせて服装を整えてくれる。

「こんなに可愛いんだもの、本郷君の気持ちも理解できなくもないけど、ちゃんと楓ちゃんを大事にしてよ?」

視線で叱る新井先生に、本郷は軽く頭を下げる。

「楓ちゃん、嫌なことはちゃんと言うのよ?恋人だからってなんでも許しちゃダメよ?」

「こっこっこいび、と……」

言い慣れない呼び方に、楓はどうすればいいのかわからず、無駄に手をパタパタさせる。

「あら違った?だって最近二人で見つめあったり、分かり合ってる空気があったから。楓ちゃんったらほだされたんだわ、って」

「違いませんよ、正真正銘恋人同士です」

なにも言えない楓に代わり、本郷が肯定する。


「楓ちゃん大丈夫か?こいつ真面目なのは確かだが、結構マイペースで強引だぞ?」

平井先生が心配してくれるが、楓としてはその情報をもっと早くに提供して欲しかった。

 その後ダイニングテーブルに移動して、平井先生が改めて話があると伝えてきた。

 本郷と平井先生が並んで座り、楓と新井先生が並ぶ。

 エッヘン、と平井先生が咳払いをした。

「楓ちゃんにちゃんと紹介しておこう。俺の恋人の新井香織、今後結婚する予定だ」

「そうなんですか!?」

楓は驚きの新情報に目を丸くする。二人は学校でも大っぴらに公表していないらしく、知っているのは親しい一部の人間のみであるらしい。


「結婚は巽が卒業した後に考えている。お互いの両親への挨拶も済ませてあるし」

「わあ、おめでとうございます!」

「ふふ、ありがとう」

目を輝かせる楓に、新井先生が嬉しそうに微笑んだ。

「巽が卒業して独り立ちしたら、ここを新居にしていいと、親父が言ってくれてな」

「私をお姉さんだと思って、なんでも相談してね?本郷君に迫られて困っていたら、びしっと釘を刺してあげるから」

新井先生がにっこりと笑った。

「お姉さんって、憧れます」

「私も一人っ子だから、妹が欲しかったのよ」

楓が照れていると、新井先生が頭を撫でてくれた。


 それからお茶を飲みながら、本郷が昨日の話を振ってきた。

「楓さん、あれからご両親と話はできましたか?」

楓も今回の話が進んだのは、本郷のおかげであると思っている。なので、事後報告はしておきたかった。

「はい、あの、私も悪いところがあったのだと、反省してます」

「え、どんな話だったの?」

そもそも話の内容がわからない新井先生が尋ねてきた。

「大人になり始めた小学五年生の楓さんが、下着姿で家の中をうろついているところに、遭遇してしまった当時高校生のお兄さんは男として興奮してしまったらしく。責任転嫁の暴言を妹に投げつけて、以来ずっと逃げている話ですね」

本郷が要点をかいつまんで説明してくれた。大筋はその通りなのだが、改めて説明されると、楓は当時の自分が恥ずかしい。


「うわぁ、その頃って、どのくらい大人?」

平井先生が、少々顔を引きつらせている。

「楓さんのお母さん曰く、周囲の同級生に比べて断然発育がよく、身の回りに気をつけろと言い聞かせるくらいの大人だそうです」

「ダイナマイト小学生か」

平井先生の反応にいたたまれず、身体を小さくする楓。

「そのお兄さんの暴言のせいで、楓さんはずっと自分が太っているせいで人を不愉快にさせていると、思い込んでいたようですね」

「まあ楓ちゃん、あなたはちゃんと健康な女の子よ。太ってなんかいないわ!」

新井先生が楓をぎゅっと抱きしめた。新井先生からほのかにいい香りがして、楓の心を和ませた。

「状況としてはその兄にも同情の余地がある気もするが、でも妹に八つ当たりはいかんな」

「私も、気付くのが遅かったんです。そんな事情だとは、思わなくて」

考える様子の平井先生に、楓は恥ずかしさで手で顔を覆いながらそう告げた。

「小学五年生に、男の生理事情はわからんだろうな」

平井先生は納得顔だが、楓は恥じ入るばかりである。


 だが楓が報告すべきことは、これだけではない。

「そうだ先輩、私の両親にあの事件のこと、話していたんですね」

楓の言葉に、本郷が一瞬黙る。

「……聞きましたか」

「はい、お父さんから。先輩が弓道場に来るようになって、すぐに謝罪したって」

昨日の両親との話し合いで、本郷が両親の前で事件の詳細を話し、手をついて頭を下げたと聞かされた。それに対して、両親は今後の本郷の様子を見て、許すかどうかを決めると答えたとも言われた。母親が本郷にやたらと構うのは、ミーハー心だと思っていたが、違ったのだ。

「楓さんが隠したがっていたので、なにか事情があるのかと思いましたが。神社に通う以上は、ご両親にも知っておいていただかないと。万が一の事態に対処してもらわねばなりませんから」

そう言った本郷の眼差しは、とても強いものだった。


楓の心の弱さゆえ、両親に言えないでいたことだった。言って心配されるというよりも、その真偽を問われることが、怖かったのかもしれない、と今なら思う。お前なんかを襲う男がいるのか、と思われるのではないか、と怯えていたのだ。

「そんなこと、聞いてないです……」

「楓さんには言わないでくれと頼みましたので。楓さんには僕のことで、ストレスを与えたくなかったのです」

そう言って、本郷は困ったような顔をした。

 それ以上言葉が続かず、沈黙する二人に、声をかけたのは新井先生だった。

「楓ちゃんはちょっと、考え過ぎね。ご両親も本郷くんも、楓ちゃんが大好きなの。だから楓ちゃんに悲しんでほしくない、それだけを考えているのよ」

「先生……」

楓が隣を見ると、新井先生が優しく微笑んでいた。


「だから楓ちゃんは、なにが悲しくてなにが嬉しいのか、ちゃんと言葉にしましょうね。そうすれば、みんなともわかり合えるわ」

新井先生はそう言うが、言葉にするというのは楓には難しい。楓が黙ってさえいれば、みんな普通にしていられるのだ。石の声が聞こえる、なんて言わなければ。

『楓のことををわかってくれる人が、現れるといいね』

亡くなる前の祖父の言葉を、楓は急に思い出した。

 なんでも話せる祖父がいなくなり、楓は余計に言葉を飲み込むようになった。おかしな子だと思われないために。祖父が亡くなって以来、両親は楓を気にかけてくれるが、それでも祖父の代わりにはならなかった。

「だって私みたいな変な子は、迷惑をかけるから」

くしゃりと顔をゆがめて、楓は零れそうになる涙を堪える。


「楓さん、私なんかはダメです。楓さんはたった一人の、僕にとって大事な人ですよ」

「あのな楓ちゃんよ。迷惑かどうかは、相手が決めることであって、楓ちゃんが決めちゃいけないぜ?」

本郷と平井先生が、楓を叱りつける。

 楓はポタポタと涙を零した。

「それに、楓さんは石神様に愛されている人です。決して変な子などではありません」

本郷がテーブル越しに手を伸ばし、楓の手を握った。

「僕も楓さんのご両親に、認めてもらえるように努力します。だから楓さんも、自分を大事にするように、がんばりましょう」

「……はい」

楓は泣きながら、頷くのだった。

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