第14話 アバターの向こう側
「さて、パーティを組んだ記念すべき初日っすけど、何しましょうか」
「そうだな……」
広場から場所を移した俺たちは、ギルドがある建物の前に来ていた。
ギルドとは色々な手続きを行なうことのできる場所である。パーティーメンバーを募集する掲示板があったり、MMOには付きものであるクエストを受けられる場所でもある。狩りに行く際にはここに立ち寄ってから出かけるというのがプレイヤー間の常識となっているのだ。
「とりあえず、二人で狩りに行くか?」
「いぇーい! 一狩りイこうぜってやつっすね! あ、でも……まずはフレンド機能のチュートリアルクエストをやってみないっすか? おすすめクエストって常に一番上に表示されちゃうんで、いっつもそれが気になってたんすよ」
「ああ、なるほど。確かにな」
クエスト画面を開くと自分が現在受けているクエストが表示された。俺の場合、「スライムの十匹の討伐」というクエストを以前受けたのでそれが表示されているというわけだ。……スキルが進化してからというもの、まだ一匹も倒せていないんだけど。
そのスライム討伐の上に表示されているのがおすすめクエスト。つまりフレンドのチュートリアルクエストである。ゲームに必要な機能を説明してくれるチュートリアル系のクエストは全プレイヤーが強制的に受けることになっているのだ。
「昨日フレンド登録をしたから、次はチュートリアルの二段階目だな」
「二つ目は『フレンドと挨拶をしてみる』っすか。簡単っすね! こんちゃっす!」
「挨拶軽っ。こんにちは」
向かい合ってお辞儀をした数秒後。クエストクリアの文字が表示された。
「どんな挨拶でもいいみたいだな」
「大事なのは気持ちっすよ気持ち。あ、チュートリアル進みましたね。次は……握手?」
どうやら一つクリアすると同系統のものが続けて発生する、いわゆる連続クエストという種類のものだった。俺の方にも「フレンドと握手する」という新たなクエストが表示されていた。
VRならではのチュートリアルだと思う。普通のゲームだったら握手するモーションのコマンドを行うだけだ。しかしVRの場合、ボタンをポンと押すだけではない。現実と同じように自分の手を前方へと差し出す必要があるのだ。
にぎっ。きゅっ。
差し出した自分の手と彼女の手が重なる。柔らかい感触。そしてほのかな温かみ。体温まで再現しているこのゲームの拘り様には相変わらず驚かされるばかりだ。
「ごめんな、ゴツゴツしてて。俺のアバターはスキャンモードで作ったから、現実の自分の手そのままなんだ」
アオイの手のようにしっとりすべすべではなくカサついているし、手の内側、特に指の付け根には硬いタコができていたりと、お世辞にも綺麗な手だとは言えない。
「えっ……? あぁいえ、ウチ的にはむしろそういう手の方が……。というか、リンさんもスキャンモード使ってたんすか?!」
「『俺も』ってことはアオイも?」
驚きだった。現実の自分の情報。例えば顔や体形などをTAOのアバターにそっくりそのまま反映できるスキャンモードは、ゲーム開始時のみ選択できるものだ。
多くのプレイヤーは「理想の自分」もしくは「理想のキャラクター」を自分のアバターに設定している。モデルやアイドルのような美男美女。どこかで見た事のある漫画やアニメに出てくるようキャラクター。そんな容姿をしたアバターたちが闊歩している。それがTAOの世界だ。
「そうなんすよ。ウチの場合、服アイテムのサイズ感とかを測るのに自分の体を物差し代わりしてるんで。要は自分がそれを着たらどうなるかってのを想像するのに便利だから。スキャンモードを選んだのはそういう理由っすね」
「へぇぇ、なるほどなぁ……」
学校でデザインを勉強しているアオイらしい理由だった。デザインと一口に言っても色々あるが、彼女の口ぶりから察するに服関係のものなのかもしれない。
「俺は没入感のためかなぁ。このアバターなら、他の誰でもない自分自身が冒険している気分になれるし」
TAOのスキャンモードは実に精密だ。頭に被ったフルフェイスヘルメット型デバイスにより、脳の情報を読み取り、あらゆる体の特徴を読み取ってくれる。顔、身長、体形。なんとホクロの位置まで同じだったりする。
ただ、スキャンモードを使っている人の中にはもちろんリアルを特定されたくない人もいる。俺は設定していないけど、ホクロや傷跡など体の細かい部位を微妙にぼかしてずらしたり、アバターに反映させない機能というのも存在している。
「あれ? ということは」
「……? どうしたんすか?」
きょとんとしたアオイの顔を見て、俺は気付いてしまった。
くりくりとした大きい瞳を筆頭に、整った顔のパーツ。アオイの言っていることが本当ならば、現実でも彼女の顔はこうということになる。頭の後ろで纏め腰の辺りまで伸びている、艶やかで明るめの茶髪も自前の物なのかもしれない。
アニメや漫画など、何かのキャラクターを模したのではないことは俺もわかっていた。おそらくアイドルとかモデルを基にして作ったアバターだと思っていたのだ。まさか、これが本人のものだとは思ってみなかった。
俺が次に注目したのは、彼女の装備している体上装備だった。俺も以前装備していたことのある鉄の鎧。防御力を高めるために体のほとんどを覆うその形は、人の体形を完全に隠し通せる大きさを備えていた。
『悩殺ボディに気付くなんて……』
『爆裂ボディに我慢できなくなっちゃいました?』
過去に彼女が口にした言葉が脳裏に蘇る。あれは果たして冗談だったのか。それとも本当のことを言っていたのか。
この鎧の向こうに確実に存在している、彼女の本物な体が幻視できるような気がして―――。
「あっ、クエストクリアできたみたいっすね!」
彼女の言葉で俺は現実に引き戻された。
……よかった。このままではよくない妄想の類をしてしまうところだった。何でもありのTAOにおいて、それはきっと本当に実現できてしまう良くないものだから。




