第13話 マヨタマ談義。カオマンガイを添えて
現実時間で夜の九時頃。
ピコン。
[アオイ]さんがログインしました。
「おっ……?」
パーティを結成した昨日のうちに、俺とアオイとフレンド登録を済ませておいた。そのおかげで自分のフレンドがログイン・ログアウトした際にシステムメッセージが表示されるようになっていたのだ。もちろんこの機能は相手に知らせるかどうか、受信するかどうかが選べるようになっており、自由にオンオフは可能である。
人によっては、相手がフレンドとはいえオフにしたい場面もあるのだろう。便宜上の付き合いとか社交辞令でフレンド登録した場合とかね。ただ、俺たちの場合はパーティを組んで一緒に行動するタイプのフレンドであるため、オフにする理由がない。アオイもそれは同意してくれていた。
プレイヤーが最初に降り立つ街ファイゼン。それほど大きくなく施設も少ない街だ。ただ、ファイゼンはこうであるべきだと俺は思っている。
ゲーム初心者が最初の拠点とする街。それがもし超巨大都市だったらどうなるか。宿屋を探すのにも一苦労。ギルドも混雑していてクエストを受けるのもままならず。物価は高く……。プレイヤーが感じるのは爽快感や没入感ではなくストレスしか溜まらないのではないだろうか。
ある種のロマンとして、そういった大都市は必要だと思っている。ただそれは、けして最初からではない。まぁ、次に行けるようになる場所が実際にその規模の街みたいなんだけど……。
『昨日と同じ場所っす』
そんなメッセージに導かれてやってきたのは、またしても広場の隅の方。アオイの姿がそこにあった。こちらに気が付いたのか手を振ってきたので、俺も振り返す。そういえばTAOでフレンドとこうして待ち合わせすることなんて今までなかったなぁ……。
「リンさんちっすちっす! 学校帰りにバイトしてカラオケ行って友達と話し込んでたら、こんな時間になっちゃいました!」
「なんて体力だ。ま、眩しすぎる……!」
そういえばデザインを勉強してるって言ってたっけ。たぶん専門学校みたいなところに通っているのだろう。授業が終わってからバイトしてその後遊んでくるなんて、若さの塊である学生の時ぐらいしかできないんじゃなかろうか。
俺の場合、仕事が終わって退勤したらどこかで飯を買って速攻で帰る。自分一人だけの食事だし、そもそも自炊なんてする余裕は時間的にない。栄養が偏るのはわかっているが、せいぜい野菜多めの総菜を買うぐらいの対策しかしていないのだ。
「社会人は大変っすねぇ。……ま、食事はあたしも似たようなもんっすけど。大量の作り置き&冷凍ストックっす」
「自炊しているだけいいじゃないか」
「なんだかんだ言って、一番節約できるっすからねぇ」
確かに金銭的な面では自炊が一番だろう。それはわかっている。わかってはいるのだが中々実行できる人は少ない。俺を含めて。その点、アオイは偉いと思う。
「この春から一人暮らしを始めたばかりですし、最初ぐらいは頑張らないと」
「学生で一人暮らしか、偉いなぁ。……一人暮らしの先輩としていいことを教えてやろう。夜八時以降のスーパーがオススメだ」
「スーパーならウチもよく行きますけど……八時以降っすか?」
首を傾げるアオイ。さては、あの時間帯特有の楽園を知らないな?
「あぁ。八時というか閉店一時間前だな。その時間になると弁当や惣菜の割引率が大きくなるんだ」
「ほうほう」
作った当日しか消費期限が持たない惣菜などは店側としても売り切ってしまいたい。そのため特定の時間になると割引シールを貼り、買い物客の購買意欲を引き出そうとするのだ。中にはシールが貼られるまでその売り場で待ち構えている猛者もいる。
「でもでもっ、やっぱり自炊の方が安く済むんじゃないっすか? お惣菜って手間暇掛かってる分高そうだし……」
「マヨタマフライ、百円」
「ひゃ、ひゃくえん? そんなっ、何かの間違いじゃ……?!」
「しかも五個入って百円だ」
「嘘……でしょ……!」
信じられないものを見たようなアオイの顔が実に面白い。
「まぁ、最大の割引率の時だけどな。半額シールのさらに上。なかなかお目に掛かれないが、見つけたらすぐカゴに入れることをオススメする」
「その時間にスーパーなんて行ったことなかったから、全然知らなかったっす……。今度探してみます! ちょうど最寄り駅にスーパーがくっついてるんで」
「俺のよく行くところと同じだな。幸運を祈る。あ、寿司とか刺身系は安くなっていてもやめた方がいいぞ。表面が暗赤色に変わっている魚は特に、な……」
「き、肝に命じるっす」
実体験に基づく助言であった。生もの怖い。マジ怖い。半額でも買いたくない。
「リンさんのせいで口の中がマヨタマフライになっちゃったんすけど! どうしてくれるんですか!」
「俺に言われても……。カラオケで何か食べなかったのか?」
学校の後にバイトして、その後だ。絶対にお腹が空いている時間じゃないか。
「カラオケのご飯って外食並みに高くてですね……。我慢して歌いましたとも。結局家に帰ってから作り置きのカオマンガイを食べたっす」
「かおまんがい」
聞いたことのない料理だった。何料理なんだろう。顔饅貝……香満雅衣……ダメだ。読み方からでは想像も付かない。
「カオマンガイはタイ料理っすねー。炊飯器にご飯と鶏肉と、あればネギ、ショウガ。あとは中華スープの素を入れてぽちーで完成っす」
「マジか! 結構簡単だな……」
「炊きあがったら盛り付けて、キュウリとかレタスとか添えて、最後にタレを掛けたら完成っすね。アジアン料理は飽きが来なくて最高っす」
「……ゴクリ」
見事にやり返されてしまった。俺の口の中はまだ見ぬカオマンガイとやらでいっぱいだ。値段で選んでしまった半額弁当を食べたばかりの人間にはなんとも酷い仕打ちである。
「リンさんは料理とか……しなさそうっすね」
「失礼な。まぁ滅多にしないけど」
見栄を張って滅多にと言ったが、実際はほぼしない。実家から米を送ってもらった時だけは、ご飯を炊く。その程度だ。
「あはは、じゃあ彼女さんに作ってもらってください」
「………………」
あまりに縁遠い。そして聞きたくもない言葉が聞こえたので、俺はアオイから目を背けた。
「あれ? どうしたっすかリンさん? 急に黙っちゃって」
学生時代という絶好の機会を逃してしまった今。社会人にはそうそう出会いの場なんてありはしないのだ。
「もしかしてリンさん。手料理を作ってくれる彼女さんとかいらっしゃらないんですかぁ?」
勝手に下から覗き込むな。しかもなんでそんなに嬉しそうなんだよ。この確信犯め。
「あぁーもうこんな時間じゃないかー。そろそろ行こうぜ。目くるめく冒険が俺たちを待っている」
「あっ、ちょっと! もうっ、人が話している最中っすよ~~~!」
完全に自分が不利な状況に立たされた場合、人の取るべき行動は「逃げる」一択である。強引に会話を打ち切った俺は広場の外に向かって歩き出した。
後ろの方からブーブーと文句を垂れているアオイの声が聞こえてくる。彼女がどうとかいう話題に触れたくなかったのは本当だが、顔を背けた理由はもう一つあった。
こんなくだらなくて取るに足らない会話を他人としたのは久しぶりで。自分を偽らないでいられることが嬉しかった。ましてや俺は等身大の自分でTAOにインしているわけで。そんな自分に笑いかけ、からかってくれる存在がいるということが嬉しかったのだ。
こんなにやけた顔を見られたら調子に乗りそうなので、けしてアオイには言わないけれど。
脂質の塊、マヨタマフライ。
でも美味しいんだよなぁ。
カオマンガイや海南鶏飯は、本当に炊飯器で簡単にできるのでオススメです。
米は硬めに炊くのだ。




