第六話 欠席者はいない
店を出ると、夜の空気がひんやりと肌に触れた。
騒音も、人の流れも、いつもの駅前と変わらない。さっきまでの出来事だけが、少し現実から浮いている。
振り返っても、もう誰もいない。
別れの言葉も、手を振る仕草もなかったが、不思議と寂しさはなかった。
――終わった。
そう思えたことに、まず驚いた。
スマホを取り出し、集合写真をもう一度だけ開く。
写っているのは、見慣れた顔ばかりだ。笑顔も、配置も、自然だ。
俺がいないことに気づいても、胸はざわつかない。
人数は合っている。全員分、揃っている。
「……そういうことか」
小さく、声が漏れた。
欠席者を出さないために、誰かを責めないために、問題を起こさないために。
この集団は、もっとも静かな方法を選んだのだ。
誰かを欠席扱いにするのではなく、誰かを“話題にしない存在”にする。
それなら、誰も悪者にならない。誰も傷つけた気にならない。
俺は、歩き出す。足取りは、思ったよりも軽い。
翌日、何事もなく朝が来た。
仕事に行き、同僚と話し、昼食をとる。誰も俺を見失わない。
名前も呼ばれる。現実は、ちゃんと続いている。
ただ一つ、違うことがあった。
あのクラスの誰とも、もう連絡を取ろうと思わなかった。
連絡先は残っている。消えてはいない。それでも、指が動かない。
数日後、幹事からメッセージが届いた。
「昨日はありがとう。全員出席で、いいクラス会だったね」
短い文面だった。
そこに、俺の名前はなかった。
それを読んで、初めて、はっきりと腑に落ちた。
俺は消えたわけじゃない。排除されたわけでもない。
ただ、あの集団にとっての“欠席の役割”を、静かに引き受けただけだ。
スマホを伏せ、窓の外を見る。街は、相変わらず忙しそうだ。
どこかで、また誰かが集まり、全員揃ったことに安堵するのだろう。
欠席者がいないという理由だけで。
俺は、少しだけ息を吐いた。
不思議と、胸の奥は澄んでいる。もう、あの円に戻ることはない。戻らなくていい。
欠席者のいないクラス会は、確かに完成した。
そして同時に、俺の中で、一つの区切りも終わった。
欠席者はいない。
ただ、それぞれが、行くべき場所にいるだけだ。




