第五話 全員出席
場の空気は、完成に向かっていた。誰かが何かを決めたわけじゃない。
けれど、進行は明確だった。終わりに向かって、過不足なく運ばれている。
料理の量も、酒の残りも、話題の深さも。すべてが「ちょうどいい」。
「そろそろ、締めにしようか」
幹事が言うと、全員が同時に頷いた。反対も、ためらいもない。最初から決まっていた合図みたいだった。
「最後に、もう一枚撮ろう」
集合写真。
またか、と思った。だが誰も嫌がらない。立ち上がる動きが揃い、椅子が引かれ、位置が自然に決まっていく。
俺は、立ち上がるのが一瞬だけ遅れた。
それだけだった。
「……あれ?」
口に出そうとして、やめる。
誰も俺の位置を気にしていない。配置は、もう完成している。
「じゃ、いくよ」
シャッター音。
笑顔が揃う。俺は、写っていない。
そう気づいたのは、写真を確認している輪の外から、画面を覗いたときだった。人数は合っている。過不足ない。全員分、確かに揃っている。
「完璧だね」
誰かが言った。
その言葉に、違和感は混じらない。
本心だ。
「全員出席って、やっぱりいいよな」
別の誰かが、満足そうに言う。誰も否定しない。
俺は、喉が渇いていることに気づいた。グラスに手を伸ばすが、誰も気づかない。
瓶は回らない。自分で注ぐしかない。
「……乾杯、もう一回やる?」
冗談めかして言ってみた。声は、思ったよりも小さかった。
「もうやっただろ」
即座に返る。悪意はない。事実だけだ。
「そっか」
それ以上、続けられなかった。
席に戻ると、座布団が微妙にずれている。俺の分だけ、少しだけ外側へ。
円は崩れていない。むしろ、きれいになっている。
「……トイレ」
また席を立つ。
今度は、誰もこちらを見なかった。
通路の鏡に映る自分は、ちゃんとそこにいる。顔も、表情も、問題ない。
なのに、戻るべき場所が、はっきりしない。
座敷に戻ると、話はもう終わっていた。支払いの話、二次会は無し、今日はここまで。決定事項が、淡々と共有されている。
「じゃあ、またな」
立ち上がる人たちの中に、俺も混じる。
混じっているはずなのに、誰とも視線が合わない。
出口で靴を履きながら、ふと名簿が目に入った。机の端に置かれた紙。
全員の名前に、丸が付いている。
俺の名前も、ある。丸も、付いている。
それなのに、さっきの写真には写っていない。
呼ばれてもいない。見送られてもいない。
「全員出席だね」
幹事が、最後にそう言った。
その言葉が、この場の総括だった。
外に出ると、夜の空気がひどく軽かった。
背後で店の引き戸が閉まる音がする。
振り返ると、誰もいない。中から、笑い声もしない。
スマホを取り出して、写真をもう一度確認する。
人数は合っている。全員分、揃っている。
俺は、画面を閉じた。
欠席者はいない。誰も欠けていない。
それでも、はっきりと分かってしまった。
この集団が完成するために、俺はもう、含まれていない。
それは排除ではない。欠席でもない。
ただ、必要とされなくなっただけだ。
その理解が、どうしようもなく遅れてやってきた。




