第三話 責任の所在
空いた皿が下げられ、代わりに新しい料理が並ぶ。その一連の動きが、まるで決められた手順のように滑らかだった。
店員に合図を送った覚えはない。それでも、ちょうど話が一区切りつく頃に、次が運ばれてくる。
「さっきの話だけどさ」
誰かが、少しだけ声を落として言った。
話題が戻ると分かる。その予感に、胸の奥がわずかに硬くなる。
「あの日のこと、覚えてる?」
問いかけの形をしているが、答えを求めている感じはしなかった。
確認だ。全員が同じ方向を向いているかどうかの。
「覚えてるよ」
「うっすらだけどな」
「細かいところは違うけど」
返事はまちまちだが、不思議と食い違いは目立たない。
違っているのは、枝葉だけだった。
「結局さ」
幹事が、箸を置いて言った。
「誰が悪かったんだっけ」
その瞬間、空気が一段沈んだ。
今までの話題とは違う。踏み込んではいけない線を、わずかに越えた感じがした。
「悪いっていうか……」
「事故みたいなもんだろ」
「誰かのせいにする話じゃない」
否定の言葉が続く。
だが、どれも“誰も悪くない”という結論に向かって揃っていく。
「でもさ」
そこで、また誰かが言った。
「誰かが前に出たよな」
その言葉は、さっきと同じだった。同じなのに、今度は少し重い。
「代表して、説明した」
「先生に呼ばれて」
「謝ったんだっけ」
言い方は違う。だが、描いている光景は一つだ。
誰か一人が、皆の前に立っている。背中を向けて。
全員分の視線を、まとめて受けている。
「……名前、思い出せるか?」
俺がそう聞くと、場が静まった。考える時間はあった。
だが、誰も口を開かなかった。
「ほら」
「顔は浮かぶんだけどな」
「名前までは……」
曖昧な笑いが、数回。名前だけが、抜け落ちている。
それを不思議だと思う空気すら、もうない。
「でもさ」
別の誰かが、少しだけ明るい調子で言った。
「ちゃんと収まったよな、あの件」
収まった。その言葉に、全員が頷いた。
問題は解決した。クラスは続いた。何事もなかったかのように。
「欠席してたやつは、知らない話だろうけど」
不意に、そう言われた。心臓が、強く鳴った。
「その場にいなかったんだから」
「関係ないよな」
「巻き込まれなくて、よかったじゃん」
言葉は柔らかい。
気遣いにすら聞こえる。だが、その一言一言が、胸の奥に重く積もっていく。
関係ない。知らない。いなかった。
「あの日、来てたらさ」
誰かが、何気なく言った。
「また違ったかもな」
誰も、それを否定しなかった。
俺は、喉の奥に何かが引っかかるのを感じた。言い返したいわけじゃない。
ただ、その仮定が、妙に現実味を帯びていた。
来ていれば。欠席していなければ。
誰かが前に出なくて済んだかもしれない。
責任が、一人に集まらなかったかもしれない。
「だからさ」
幹事が、静かにまとめる。
「欠席って、やっぱり良くないんだよ」
反論は出なかった。
「全員揃ってれば」
「誰か一人に、無理させなくて済むし」
「今回みたいに」
今回みたいに。
その言葉が、円の中心に落ちる。
全員出席。問題なし。
責任の所在も、揺れない。
俺は、周囲を見回した。
誰も怒っていない。誰も責めていない。
それでも、はっきりと分かった。
この集団は、もう一度同じ状況が起きたら、同じやり方を選ぶ。
欠席者を出さない。問題を起こさない。
そのために必要なら、また誰かを、自然に前に出す。
その「誰か」に、名前は要らない。
グラスを口に運ぶ。酒の味が、やけに薄い。
円になった席の中で、俺はふと考えた。
もし今、この場で問題が起きたら。
全員出席している今、次に前に出るのは、誰なのだろう。
その問いが、嫌なほど具体的に、頭から離れなかった。




