第二話 欠席が許されなかった日
料理が一巡すると、場の温度が少しだけ緩んだ。
酒の量が増え、声も一段階だけ大きくなる。それでも、騒がしくはならない。
誰かが話しすぎることも、誰かが黙り込むこともない。
「そういえばさ」
唐突に、誰かが言った。
その一言で、空気が変わったのが分かった。
音が消えたわけでも、視線が集まったわけでもない。
ただ、全員が同時に“構えた”感じがした。
「昔、こういう集まりで問題あったよな」
言葉自体は軽い。冗談めいてさえいる。
だが、その続きを誰も促さなかった。
「問題って?」
俺が聞くと、発言した本人は一瞬だけ言葉に詰まった。
「いや……ほら」
曖昧な笑い。
「なんか、あった気がしない?」
誰も否定しない。
だが、肯定もしない。
「……あの日だろ」
別の誰かが、低い声で言った。
あの日。
具体的な日付も、季節も出てこない。
それでも全員が、その言葉を理解しているのが分かった。
「欠席、出た日」
その瞬間、はっきりとした沈黙が落ちた。
欠席。
その言葉が、場に似合わない異物みたいに浮いている。
「一人、来なかったよな」
「……そうだっけ」
「そうだったと思う」
記憶が、揃わない。誰が欠席したのか。
そもそも一人だったのか。二人だったかもしれない。
「でもさ」
誰かが、すぐに言葉を継いだ。
「結局、問題起きたじゃん」
そこだけは、全員が頷いた。
問題が起きた。それだけは一致している。
「何が起きたんだっけ」
俺が聞くと、返事は少し遅れた。
「……細かいことは覚えてないな」
「物が壊れたんだっけ」
「いや、先生に呼ばれたんじゃなかった?」
話が噛み合わない。
だが、不思議と苛立ちは生まれない。
まるで、正解を探す必要がない話題みたいだった。
「でも」
幹事が、ゆっくりと言った。
「誰かが、前に出たよな」
その言葉で、また全員が静かになる。
誰か。 前に出た。
それ以上の説明はなかった。名前も、理由も出てこない。
「責任、取ったっていうか」
「まとめたっていうか」
「場を収めたって感じだったな」
言い方はバラバラだが、指しているものは同じだった。
――誰か一人が、全部引き受けた。
「欠席してたやつは、関係なかったよな」
不意に、そんな言葉が出た。
俺の心臓が、少しだけ強く打った。
「来てなかったんだから」
「仕方ないよな」
「その場にいなかったんだし」
誰も悪意のある言い方をしていない。むしろ、納得した声音だった。
俺は、自分のグラスを見た。中身はまだ半分以上残っている。
「あの日」
思い出そうとする。
なぜ欠席したのか。体調か、用事か、気分か。
理由だけが、どうしても浮かばない。
「……だからさ」
誰かが、今度ははっきりと言った。
「欠席って、あんまり良くないんだよな」
否定する声は、なかった。
「来れない事情はあるけど」
「でも、全員揃ってた方が」
「問題、起きないし」
その理屈が、場に自然に広がっていく。全員揃っていれば、問題は起きない。
欠席者がいるから、歪みが生まれる。俺は、言葉にしないまま考えていた。
もし、あの日、俺が欠席していなかったら。
何かは変わっていたのだろうか。それとも、同じ結果になっていただけなのか。
「今回は、いいよな」
誰かが言った。
「欠席者、いないし」
その一言で、話題は終わった。まるで、それ以上掘り下げる必要がないかのように。
料理が追加され、グラスが満たされる。
会話は、また無難な方向へ戻っていった。
だが俺の中には、さっきの言葉だけが残っていた。
――欠席は、問題の始まり。
円になった席を、改めて見回す。
全員いる。誰も欠けていない。
それなのに、胸の奥で、はっきりと思ってしまった。
もし今、誰かが席を立ったら。この場は、どうなってしまうのだろうか。
その想像が、妙に現実味を帯びて離れなかった。




