空席のある同窓会【続編】 第一話 全員揃った夜
駅前の雑踏を抜けると、急に音が薄くなった。
ビルの谷間に挟まれた古い居酒屋は、看板の電球が半分ほど切れていて、光り方が均一じゃない。
約束の時間より少し早いはずなのに、入口の前にはもう何人かが集まっていた。
「久しぶり」
声をかけられて、反射的に笑う。
何年ぶりかも曖昧だ。顔は分かる。名前も出てくる。だが、最後に会った場面だけが思い出せない。
店の引き戸を開けると、奥の座敷に案内された。低い天井、年季の入った木の柱、座布団の色はどれも微妙に違う。
だが、机の配置だけはやけに整っていた。無駄がない。余白がない。
「全員、揃ってるね」
誰かがそう言った。
確認するでもなく、当たり前の事実を述べるように。
座布団の数を数えようとして、やめた。
そんなことを気にする場じゃない。そう自分に言い聞かせながら、空いている席に腰を下ろす。
乾杯の音頭はなかった。
誰かがグラスを持ち上げると、全員が同じタイミングでそれに続いた。
遅れる人も、フライングする人もいない。
「じゃあ……」
短い一言。
それだけで、場は始まった。
料理が運ばれ、酒が注がれ、会話が流れ出す。仕事、家族、住んでいる街。
どれも無難な話題だ。声が重ならない。誰かが話している間、他の全員がちゃんと聞いている。
妙に行儀がいい。
同窓会というより、よく訓練された会合みたいだ。
「今回は、ちゃんとしてるよね」
笑いながら、誰かが言った。
否定も、冗談も返らない。全員が、その言葉を自然に受け入れていた。
名簿が回ってきた。幹事が用意したらしい。名前の横に、小さな丸が一つずつ付いている。
最初から、全員分。
「欠席、いないんだな」
俺がそう言うと、幹事は少しだけ首を傾げた。
「そりゃ、今回は全員出席だよ」
「珍しいな」
「……そう?」
その「そう?」が、妙に引っかかった。
本当に珍しいことなのか、そうでないのか。判断する材料が、なぜか思い出せない。
集合写真を撮ることになった。
誰が言い出したのか分からないが、全員がすぐに立ち上がり、位置を調整し始める。背の順でも、仲の良さでもない。ただ、自然に、ぴたりと収まる配置。
シャッターが切られる瞬間、全員が同時に笑った。
作った笑顔じゃない。けれど、揃いすぎている。
写真を確認すると、人数は合っていた。
過不足なく、全員分。
「完璧だな」
誰かが言った。
その言葉を聞いたとき、胸の奥が、かすかにざらついた。
完璧。
同窓会に、そんな言葉が似合っただろうか。
席に戻る途中、ふと気づく。
この店に入ってから、誰も「来れてよかった」と言っていない。
遅刻したことを謝る人も、欠席者を残念がる声もない。
まるで――
欠席者が出る可能性そのものが、最初から存在しなかったみたいだ。
グラスを持つ手が、少し冷たい。酒のせいじゃない。
俺は、円になった座布団を見回した。
全員いる。
誰も欠けていない。
それなのに、なぜか強く思ってしまった。
――この中に、余分な席は一つもない。
――だが、余裕も一つもない。
欠席者のいないクラス会は、始まったばかりだった。
そして、その事実が、どうしようもなく不安だった。




