第65話 天を翔ける少女
「本当に大丈夫なのですか!?」
「平気ですって」
「し、しかし魔物なのでは…」
「まぁそこは否定出来ませんが、アリィの良き相棒なんで」
頭上で展開される有り得ない光景。
見上げて何度も不安を漏らすミランダさんに、気休めにもならない言葉を掛けておく。
彼女が戸惑うのも無理はない。
馬車の遥か上空を、小型の竜が風に乗り、優雅に舞っているのだから。
しかも、その背にはアリィを乗せて。
現在位置はアッカバド山脈の中程。 つまり山越えの真っ最中。
ここを超えれば無法地帯は目と鼻の先らしいが、既に出発から丸2日が過ぎた3日目の朝。
途中に町や村は一切無く、陽が沈めば馬車を停め、そのまま車内で夜を明かす。
しかし夜間は特に魔物の活動が激しく、その点については “交代での見張り対策” で危険を凌いだ。
問題のドラゴンだが、実はカスタ山脈を超える際、ある事実が発覚した。
出発の朝、目を覚まさないという理由から城(マコの部屋)に残してきた筈のワンダが、なんと馬車の後を追って来ていたのだ。
更に驚かされたのは、そのサイズが以前の3~4倍に巨大化していた事。
知っての通り、ワンダの背には羽が生えており、緩慢飛行であれば可能な訳だが。
体長1メートル近くにも肥大したワンダの羽は、もはや翼と呼べる立派なものへと進化を遂げ、それに応じて飛行速度も大幅にアップしていた。
色合いに変化は無く、しかし首がスラリと伸び、以前は丸みを帯びていた形状も、全体的に角張った印象を受ける。
当初は敵と思い、誰もが身構えた。
しかし一向に攻撃の気配を見せない事と、聞き慣れた鳴き声から、その正体がワンダであると分かった。
アリィ曰く 「今のワンダは書物で見たドラゴンと瓜二つ」 との事。
そんな経緯から、ワンダを正式に “ドラゴン” と呼ぶ事にした。
しかし実際のところ、もはや隠し切れない大きさで、今後を考えると非常に厄介ではある。
更に、その存在をミランダさんに知られてしまった事も誤算ではあるが、本心を言えば、決して厄介者とは思わない。
伝説上の生き物であった竜が実在した事と、その成長の早さ…唐突さと言うべきか。
そして何より、竜が人を乗せて飛ぶ姿に深い衝撃と感銘を受け、不安要素など綺麗さっぱり吹き飛んでしまったのだ。
「うははぁーーーも~っと高くぅーーーー!!!」
「キュゥーーーーッ!!」
声に応じるも、ワンダの高度は変わらない。
アリィとの体重差の関係か、どうやら現状維持が精一杯らしい。
速度の方は、人を乗せている事で馬車と同等にまで落ちているが、単体であれば全速力の馬にも勝る筈。
「アリィーーー何か見えるかぁーーーー!!!」
「うーーーん!!! 最っ高の景色ぃーーーー!!!」
「んなこた聞いてねぇーーーーっ!!! 前方の状況ぉーーーー!!!」
「ずーっと山ぁーーーー!!! 何か見えたら教えるぅーーーー!!!」
高所を物ともせず、竜に跨り風を切り、大空を駆けるアリィ。
それはまるで、お伽話に登場する天空少女(竜を操る天の使い)を実写化した様な光景だった。
あれだけ馬車酔いに苦しんでいたアリィだが、今ではすっかり元気を取り戻し、何とも気持ち良さそうなものだ。
「ドラゴン酔いとか無いのかねぇ…」
「揺れんだろう?」
「ふむ…でも突風には弱いだろうし、怒らせたら振り落とされるし、上空は酸素も薄いし、危険な乗り物だよな」
「…夢を壊すな」
膝の上のアリィが消えた事で、セフィとの会話も自然と弾む。
「そういや、魔王がワンダの事を光竜族とか言ってたな…」
「コウ竜? 翼があるんだ、飛竜だろう?」
「んー…ってか、竜って基本どれも飛ぶんじゃね?」
「基本? フッ…そもそも伝説上の生き物だぞ。 何が基本だ?」
――出た! 久々の鼻笑い。
大よそ確信はしていたが、やはり間違いない。
ここまで、オレの軽率な行動がセフィの機嫌を損ねていたらしい。 つまり…それは嫉妬に因るものか。
「それで…コウ竜とは何だ?」
「ん、光る竜って書いて光竜」
「…光るのか?」
「あーまだ言ってなかった。 白く発光した上に変形して、物凄いスピードで移動した」
言い終えて、少し後悔する。
すぐ傍で聞き耳を立てる女騎士の視線が気になったから。
「ミランダさん。 出来れば、城に帰ってもワンダの事は秘密に…」
「承知しております」
「あ…そりゃ、どうも」
「栄えある勇者様方が魔物を従えていたとあっては、国王も民衆も大騒ぎですからね」
「勇者…さま…がた」
機転が利くというか、頭の切り替えが早くて非常に助かる。
彼女は冷静な判断力も持っている上、充分過ぎる戦力でもあるし、仲間として迎え入れても良い程だ。
「ふぅ…もっと鍛えないとな、腕力」
「ん? 別にパワー不足とは思えんが」
「いやスピード不足。 この旅でそれを実感した」
そんな本音をセフィに漏らしつつ、車窓から再び上空を見上げる。
「あれ」
気付けば、そこに天空少女の姿は無く。
先程まで真上を飛んでいたワンダは、いつの間にか馬車を先行する形となっていた。
「見えたぁーーーー平地ぃーーーーーっ!!!!」
空からの便り。
それは地上組にも余裕で届く程の喧噪。
声に応じようとした矢先、薄っすら笑みを浮かべたのはミランダさん。
「このペースで行けば、あと半日程で着くでしょう」
その言葉から、大体の到着時刻を予想して。
直後、事前に聞かされていた重要な事を思い出し、大きく息を吸い込む。
「アリィーーーー!!! 山を越えたら降りて来ぉーーーーーい!!!」
「はぁーーーーーい!!!」
アッカバド山脈を越えた平地の先。
無法地帯への入り口には、巨大な砦が設けられている。
そこに派遣され、常時滞在している宮廷魔道士によって、境界には目に見えない強力な魔法障壁が張られているのだ。
既に正式な許可を得たとはいえ、王の親書を持参したミランダさんが訪ねるまでは、空からの進入も不可能。
つまり警告しておかなければ、ワンダ諸共アリィが障壁に弾き飛ばされてしまう。
「1時の方向にマクスベアーを確認! 数は…2頭!」
既に定番となった、ミランダさんからの報告。
腰の剣へ反射的に手を伸ばすセフィに対し、少し間を置き、オレも背中に手を回す。
今度の魔物は動物系。
しかも、名前からして大型のクマ。 オレの記憶が正しければ、だが。
「奴は鈍い…撒けるな」
「いや倒す! 停めてくれコーディ!」
「おい。 俺の名はコーディルだと何度言えば…」
「大物ならオレの出番っ!!」
振り向き睨むコーディの視線を余所に、車窓の向こうに標的を捉える。
間もなく停まった馬車から、ほぼ同時に飛び出したのはオレを含む3人。 どうやらコーディは乗り気ではないらしい。
名前の件で怒っているのか、指摘をスルーした事に怒っているのか。
「セフィ! ミランダさん! 小さい方は任せた!」
言いつつ抜き取った大剣を構え、のそのそと歩み寄るクマにタイマンを挑む。
「先手必勝っ!」
まず狙うは足元。
引き戻した剣を真横に大きく薙ぎ払い、威嚇体勢に入った敵の足をズバリと斬り付ける。
グォウッ!!
短い咆哮の後、前に倒れ込むと同時に振り下ろされた豪腕の爪。
しかし、敵の反撃は予想の範疇。 攻撃直後に真横へ移動していたオレは、平伏すクマの背中にピョンと飛び乗って。
「楽勝」
言いつつ逆手に持ち替えた大剣を頭上に掲げ、背中の中心目掛け力任せに突き立てる。
グゥゥゥアアオオオオオオオオオオオオッ!!!!
響く断末魔。 舞う血飛沫。
素早く剣を抜き取ると、足に浴びた返り血も気に留めず、もう一方の戦場へ視線を移す。
「おぉ…流石」
そこで見たものは、完全に追い詰められた巨獣の哀れな姿。
スピードで掻き回された挙句、遂には喉を切り裂かれ、続けて顔面に3連突きを貰い、とうとう地に伏したクマ。
見惚れる程の、実に鮮やかな戦闘だった。
手際良く片付けた2人の女剣士は、両者共こちらへ視線を送ると、すぐさま馬車へと戻って行った。
ブーツに付着した血を草で拭いつつ、オレも後を追って馬車へ。
「1人の割に早かったな」
「ん…まぁ、一応レベルは上がってるみたいだ」
「フッ…大した上達ぶりじゃないか」
そんなお褒めの言葉を、セフィから頂戴して。
「出発」
相も変わらず冷淡な合図で、馬車は再び走り出す。
そんな風にして、一路西へ。
山脈地帯もあと僅か。 無法地帯という名の荒野も、いよいよ目前にまで迫っていた。
お待たせしてホント申し訳ありません。




