第62話 許されぬ安息
歓迎の宴から一夜明け、オレ達3人はマドラス国王に呼び付けられた。
兵士に通された先は、立派な円卓の設けられた、宮廷内では比較的狭い部屋。
「おはよう諸君、眠れたかね?」
そんな王の第一声で始まった謁見タイム。
直径3~4メートルはある円卓の一方に王が腰掛け、真正面にオレが、両脇にアリィとマコを従えて。
いざ対座してみるとその距離は中々遠く、慣れない雰囲気に3人共が少々戸惑い気味。
しかも、王の背後には暗色のローブを纏った侍女が2人立っており、その両脇にも全身鎧を着込んだ兵士が2人、少し離れた位置には大臣と思しき人物も1人。
「まぁまぁ、そう堅くならずともよい」
引き攣った表情。 滑稽な会釈。 隠し切れない緊張感。
それを逸早く見抜いた王に気を遣われてしまったが、そう易々と肩の力が抜ける筈もなく。
確か宴の際には 「無礼講だ」 なんて言われたが、この状況ではそんな訳にもいかない。
しかしこの場所、密談の場としては最適だが、謁見の場としては相応しくない。
察するに、普段は大臣その他のお偉方を集めて論議・審議、または作戦会議等を行う場所であろう。
王がこの部屋を選んだ理由は分かっている。
宴の後で見に行った “玉座の間” は焦げた匂いで充満し、生々しい戦場の傷跡を残していた。
耐火性に劣る大理石の床は真っ黒な炭へと変貌を遂げ、壁は所々に崩れ落ち、天井も無残に焼け焦げ、玉座自体も完全に炭屑と化していた。
それでも、流石はローベルグ国王の居城。
聞けば、王の腰掛け椅子は真っ先に新調し、内装の方も急ピッチで修復中との事。
さて、早朝から国王に呼び出され、何の用かと考えれば察しは付く。
城内に押し入った怪物を撃退した事で取り敢えずは歓迎してくれたが、オレ達には不審な点が多過ぎるのだ。
それと城の損害。 これは大半がアリィの火魔法に因るもので、多額の修繕費用を請求されやしないかと、実は内心ヒヤヒヤしている。
「さて…昨夜も申したように、其方らを勇者一行として、民衆にも紹介したいと思っておる」
――は?
冒頭、王の発した意外な言葉。
しかし全く覚えが無い。 そこで少々焦りつつも、右隣のマコに救いを求める。
『…うンうン、言ッてタ…』
『…マジか…』
「ふむ、レグザ殿はかなり酔っておったからのぉ…よいよい、今一度申そう」
小声で遣り取りしている最中、それを見透かしたように口を挟む王。
恥ずかしさを隠しつつ次の言葉を待っていると、左から何やら鋭い視線を感じた。
――なぜ睨むアリィ…。
「まず、あやつが魔王である事は余も含め、既に城の皆が知っておる」
「え、なん…何故です?」
「其方らが駆け付ける前、あやつ自身がそう名乗りおった。 更に “息子を出せ” などと言うて余を掴み上げ、脅してきおったのだ」
――キタコレ、いきなりヤバい流れ。
さて、その “息子” というのが誰の事を指しているのか。
直後に現場へ突入した内の誰か、もしくは直前から城内に滞在している内の誰か、と普通なら考える。
「えーそれは…」
「まさか、あやつの狙いが皇子であったとは…」
「へ?」
素直に名乗り出るべきか悩んでいた矢先、王の口から意外な言葉が飛び出した。
「余の息子…つまり、この国の世継ぎの命が目的か…はたまた何かに利用するつもりであったのか」
「は、はぁ」
「しかし行方を眩ませておったのが幸いし、息子の身に危険が及ぶ事は無かった」
成程、そう取る事も出来るらしい。
しかし随分とこちらにとって都合の良い解釈をしてくれたものだ。
「見事あやつを退け、我が息子を救ってくれた其方らには心から感謝しておる」
「いや、そんな」
「最初に会ったチック殿から事情は聞いたぞ。 息子を探す為、城に忍び込んだとな」
「あーそれについては…」
「あやつが息子を狙っておった事、知っておったのだろう? それで已む無く城内へ侵入し、息子を見つけ出し、その手で守ろうとしてくれた。 盗賊の汚名を着せられる事も恐れず…」
――おーい。
この国王、ペラペラと一方的に喋る上、大いなる勘違いをしている。
どうやらチックは単独で忍び込んだ事実を隠しておいたらしいが、まさかこの展開を予測しての事だろうか。
だとすれば、あの “無茶苦茶な作戦” も完全に結果オーライ大成功という事になる。
「いや感服した。 魔王なる者の存在は以前から薄々感付いておったが、まさか其方らのような若者達がおったとは」
言って微笑む王にどう反応すべきか分からず、泳ぐ視線を両脇へ。
そこには、小悪魔的な表情を魅せるアリィと、照れにも似た滑稽な笑みを浮かべるマコ。
しかし両者に共通していたのは、「余計な事は言わないで」 的な合図を目で送ってきた事。
透かさず王の方ヘ視線を戻し、どこか気まずい空気に身を捧げる。
――これで…良いのか?
「危険も顧みず! 魔王に立ち向かうその勇気! 真に天晴! そこで、だ…」
突如、興奮気味に声を張り上げる王。
かと思えば急に落ち着き、少し間を置いて次の言葉に繋げる。
「本日この後、パレードを開催しようと考えておる」
「パ…」
「勇者歓迎パレードと称し、其方ら7名を此処カルバナの民に向け、大々的に紹介したいのだ」
「……」
余りの馬鹿げた発案に、呆れて言葉が見つからない。
しかし気になるのは2人の反応。 彼女達が乗り気になってしまう危険性を考慮し、早々に断る必要があって。
「遠慮しておきます」
「ん、何故に? 先を急ぐ旅でもあるまいて…」
「いえ急ぎますし、全員揃いませんし、内1人は単なる知り合いですし」
先を急ぐのは事実で、コーディが仲間でないのも事実だが、断る理由は結局どれでもない。
「ふむ、しかし他3名の者らは…」
「失礼致します陛下!」
そこで王の言葉を遮ったのは、扉の外から聞こえた兵士の声。
「何用だ?」
「お連れの方々がお見えです」
「おぉ、丁度良い! お通ししろ!」
「はっ」
そんな遣り取りの後、少し経ってゆっくりと開かれた扉。
兵士の発言が少々気になる。 オレ達の “連れ” といえば他に居らず、動けるのは精々チックのみ。 しかし “方々” と言うからには複数。
では国王の連れ…それは有り得ない、と頭を捻った視線の先。 扉の向こうから現れたのは―――
「でえええええええええっ!!?」
「みんな!!」
思わず席を立ったオレと同じく、アリィもまた驚愕の声を上げた。
兵士に導かれて入って来たのは見慣れた面々。 まず軽快な足取りでチックが…続いてホヴィン、セフィ、コーディ、と順々に。
「ちょ…なんで動ける!?」
「やっ、隊長。 もう元気100倍! 勇気1倍!」
「動けるどころか、この通りピンピンしてるぜ」
オレの問いに逸早く返答したチックとホヴィン、だが1つも答えになっていない。
そこで、続くセフィとコーディに視線を遣って回答を求めるも、揃って無言を決め込まれる。
――やっぱ似てる、この2人。
「あ! もしかして…奇跡の妙薬?」
「御名答。 いや全く、すげぇ薬だ」
そんなアリィとホヴィンの遣り取りで、成程と理解する。
苦労して山頂まで獲りに行ったが、結局マコの母親以外には使わず終いだった例の薬。
それに思い至った事で、あれ以降、薬を所持・管理していた人物にも自然と考えが及ぶ。
「昨夜、飲まセテおいタ、皆さンに」
「さっすがマコさん! あ…じゃあやっぱりパーティーの後、みんなの所に行ってたんだね」
「ウん」
瞬時に気付いたアリィの発想力は中々のもの。
あれだけ酒を呑んだ後でも忘れず、酔った体で薬の投与に向かったマコの精神力は相当なもの。
しかし。 それもこれも、薬の存在など完全に頭から飛んでいた己の不甲斐無さ故に感じる事なのかもしれない。
「余も今朝方、側近から報告を受けておった。 信じ難い話ではあるが…現にこうして完治しておるしの」
国王ですら知り得なかった薬。 極めて入手困難な材料を用いる薬。
改めて思った。 奇跡の妙薬こそが “究極の便利アイテム” であろうと。
そうして――
全員が一堂に会したところで、4人を席に着かせた王は、改めて本題を切り出した。
重傷者が一晩で復帰したのは万々歳だが、つまりそれは例のパレードを断る理由が1つ減ってしまったという事でもあり。
「これで役者は揃った訳だが…先を急ぐのであれば、やはりパレードは無理かね?」
「はい」
「あの」
王の質問を予測した上で即答したが、ほぼ同時にアリィが口を挟む。
「無礼を承知で言うんですけど…そんなパレードにお金を費やすなら、警備とか…国の防衛とか、そっちの方にもっと力を入れるべきだと思います」
そのアリィらしからぬ発言に、王ばかりか、オレを含む一同が唖然とした。
確かに無礼ではあるが、それは実に正論で、王の馬鹿げた発案を阻止するには最も有効な手段と思えた。
――ナイスアリィ!
「いや、確かに…」
「ノルディーが魔物の襲撃に遭った時、討伐隊は来てくれました?」
「い、いや他方へ出向いておって…」
「対人軍隊を解散して討伐隊に一新したのは良案です、みんな戦争には反対ですから。 でも肝心な時に駆け付けてくれないんじゃ、全然意味ありません」
「ふ、ふむ…」
更なる正論が王の心に突き刺さる。
信じられない光景だった。 まだ年端も行かない少女が、言葉で一国の王を圧倒しているのだから。
――でも…ちょっと言い過ぎかも。
「武術大会で強者を集うのも良案ですけど、この前の大会を見てた限り…全体的にレベルが低かったです」
「……」
「だから結局、討伐隊は闇雲に数を増やしただけで、もっと本当に強い…選りすぐりの人じゃなきゃダメです」
「それは…例えば君らの様な人間かね?」
「そうです」
――言い切ったー!
それにしても、彼女の中で一体どんな変化が起こったのだろう。
仲間が集結した事で緊張の糸が切れ、溜まっていた国王への不満が爆発した、とでもいうのか。
「無謀な殲滅作戦で命を落とした方も多いと聞きます…どんな戦士にも家族が居るんです、ご遺族にはどう説明されたんですか?」
「いや、それは…」
「土地も町も人も、みーんな守るのが国王様の仕事じゃないんですか?」
「…うむ」
もはや意見ではなく説教。
それも決して留まる事を知らず、益々拍車の掛かった口撃は更に王を追い詰める。
彼女の本音と意外性、そして勇猛さに、仲間である6人は傍から見守るのみ。
そして、国王に対し無礼極まりない暴言を吐く少女に、臣下である兵士や大臣でさえ口を挟む事が出来ずにいる。
「これは私個人の要望ですけど…ナトゥーラみたいな村にも防壁を建てるとか、出来ませんか?」
「ナトゥーラ?」
「東の小さな村です、知りませんか!?」
「いや勿論知っておるが…もしかして君は、あの村の者かね?」
「私の故郷です。 ナトゥーラには村長が立てた小さな柵しか無いんです。 もし…もし、魔物の大群なんかに押し寄せられたら、一溜まりもありません!」
常に冷静を保っていたアリィが、ここにきて感情を曝け出す。
オレは理解した。 アリィ暴走の理由、いや原点がそこにあったという事を。
しかし、何やら雲行きが怪しくなってきた。 この会話の流れは少々不味い。 というか、最悪の展開を招く恐れも。
「全くだ…うむ、一溜まりも無い…が君はまだ知らぬようだ…」
「え?」
「少々言い難いのだが、あの村は最初に魔 『ああああああああああああああ―――』 」
「―――ああああああああああああああああああああああっとぉ!!!! こここ国王っ!!!」
「ん、ん!? な、何事だ!?」
「いや、あの…野暮用を思い出したんで! オレ達、先に失礼します! …アリィ来い!」
怒涛の雄叫び。 それは咄嗟の判断であり緊急手段。
この場で知らせてなるまいか、とアリィの手を取り、強引に立ち上がらせて。
「え、ちょ…レグザ!?」
「いーーから」
呆然とする一同を余所に、背後の扉を乱暴に開け放ち、戸惑うアリィの手を引き部屋を飛び出す。
よくよく考えると、話題をすり変えれば済む話であったのかもしれない。
しかし残念ながらオレはそこまで機転の利く男ではなく、勢いのまま動いてしまったものは仕方が無い。
「ちょ、お待ちを!」
「どうされました!?」
「止まりなさい! 城内は駆け足禁止!」
後悔の念を抱きつつ、番兵・巡回兵の制止も振り切り、長い廊下を駆け抜け、果てには城外まで。
無我夢中で走った末――
なんと城門付近に達するまで、遂にオレは1度も足を止めなかった。
そこで共に息を切らすアリィと顔を見合わせ、オレは1つ重大な事に気付いてしまう。
この行動の真意を説明し、困惑で歪む彼女の表情を元に戻す。 そんな責務を自分が負ってしまった事に。
「きゅ、急に…ハァ…ハァ…どしたの!?」
さて、一体どうすべきか。
苦手な嘘で繕ってみるか、いっそデートにでも誘ってみるか。
それとも、この場を借りてオレの口から全てを話すべきか。 母親の事も、そう全て。
いつもより長い割に、全然進んでないですね、はい。
この62話の出来は他と比べても特に納得がいきません。
どなたか、話をギュッと短く纏め、それでいて濃い内容に仕上げる術をお教え下さい…。




