第25話 ざわめく慕情
――よし、まず落ち着けオレ。
冷静な目で見ると、どう考えてもジョセフィーンの様子が変だ。
それに、魔物を滅ぼす為、剣の道1本で生きて来た女剣士に男が居たとは考え難く。
「お前……ジョセフィーンとどうゆう関係だ?」
「……この女の知り合いか………見て分からんか? こうゆう関係さ」
言って彼女を更に強く抱き寄せアピールしてくる男。 …あぁムカつく。
だが、異様なまでの密着ぶりにもジョセフィーンの目は虚ろなまま、その意思が全く感じられず。
「わわっ!」
「オレはお前の言葉など信じない」
そんな言葉と共に、素早く、静かに抜き、男の鼻先に突き付けた大剣。
人に武器を向けるなんてポリシーに反するが、今のオレは冷静な反面どこか乱心気味で。
「ジョセフィーンから離れろ」
「お、お前……頭イカれてるんじゃ…!」
「は・な・れ・ろ」
そう、まずはこの忌々しい密着状態を解除させること。 それが先決。
次に取るべき行動は、この黒マント姿の如何にも怪しげな男を問い詰めること。
その前に、解放されフラリとよろめくジョセフィーンを手中に確保しておき。 その間も剣は真っ直ぐ構えたまま。
「答えろ、お前は何者だ。」
「………魔術師」
「魔術師だと……?」
嘘か本当か知らないが、それを聞いたオレの警戒心は高まる。
――聞いた事がある……魔術師ってのは魔道士とは全く別モノで、黒魔術という不思議な術を用いて人の心を惑わすと。
何をして来るか全く予想の付かない相手。 妙な動きを取らせぬよう注意深く見据える。
同時に、自然と次の質問が頭に浮かぶ。
「お前……ジョセフィーンに何かしたな?」
「kweΩishφcejΨiwofqjτmμЛwod………」
「…?? おい! 答えろ!!」
意味不明な言葉を呟き始めた男に苛立ち、オレが声を荒立てた次の瞬間。
「なっ…!」
傍らに居たジョセフィーンが突然オレの首に掴み掛かって来て。
その意外な行動に驚き、体勢を崩したオレは剣の構えを解いてしまう。
「ぐっ…うぉ、うぉい…! やめ…ろっ…!」
「…! …! …!」
首に絡み付く華奢な両腕。 酷く荒立てた鼻息。 鋭さを増した異常な目つき。
成程これは間違いない。 どうやらジョセフィーンは、この魔術師と名乗る男に操られている様子。
…と、冷静に考えている余裕は無い。 このまま抵抗しなければ、押し倒されて首を絞められBAD END。
ギィンッ!
片手が塞がったまま振り解くのは無理と判断し、剣を地面に捨て両手で対処、まず押し退ける。
だが、尚も荒々しく襲い来るジョセフィーン。 決して乱暴に扱いたくはないが、この状況では已むを得ない。
「すまん!」
ズッ――
彼女の腹部へ、拳の一撃。
適当に加減したが、女の繊細な腹筋には効いたらしく、どうやら気絶させる事に成功。
倒れ込んで来たカラダを優しく抱き留め、一旦その場に寝かせ、立ち上がったオレは憎き男を見据えて。
「どうなるか……分かってるな?」
「ieqwΨovΩgrηgЛe……!」
返答は無く、また何か術らしきモノを唱え始めた男。
今度は何をするつもりか知らんが、唱え終わるのをジッと待つ程、オレは馬鹿でもお人好しでもない。
ズムッ!
「ぐっ……! がっ…はっ…ゴホッ…」
男の腹部へ、拳の一撃。
妙な術で人を操る卑劣さ、女を殴ってしまった自分、双方を許せなかったオレの怒りは全て今の一撃に込められており……つまり一切の加減無し。
苦しみ、咳き込み、よろめき、幾秒かして地に伏した男。
――フン…いい気味だ。
気付けば、周囲には人影がチラホラと。
騒ぎになると面倒だし、何より地ベタに女を寝かせておく趣味も無く。
「すまん……ちゃんと連れて帰ってやるからな」
剣を拾って逆手に持ち、その本来の収納場所にジョセフィーンを背負って。
気絶させた事で、果たして術を破れたのか。 少々不安は残るが、目覚めた時オレが傍に居れば問題は無い筈。
男を道端に放置し、早々にその場を立ち去る。
宿までの帰り道――
耳元で微かな声を聞き取ったオレは、まさかと思い肩越しに背後を覗く。
そこには恐ろしくキュートな寝顔が見えて、どうやら聞こえたのはその口元から漏れていた声。
――もう目を覚ましたのか……
「ぅ……ん………なっ……お、おい! 降ろせ…!!」
「ちょ…こら! 暴れるなって! 落とす落とす!!」
ドテッ、と。
見事にお尻から落下なされたジョセフィーン嬢。 あーぁ…。
「だから言ったろ、急に暴れるから……大丈夫か?」
「くっ……お、お前……なんで私をおぶっていた! 不愉快な!!」
差し伸べたオレの手を払い除け、自ら立ち上がり物凄い剣幕で怒鳴り散らされ。
とりあえず、あの術はもう解けているようで一安心。
「怪しい魔術師に操られてた。 まぁ詳しい事は宿に戻ってから話す。」
「あっ……そ、そいつはどうした!?」
「道で寝てる。 とにかく無事で良かった。」
「……」
それから――
少し距離を置き後ろを歩くジョセフィーンは、一切の言葉を発しなかった。
理由は分かっている。 余りの醜態を晒してしまい、情けなく、恥ずかしいってトコだろう。
何か言いたそうで、何か聞きたそうな、そんな複雑な表情をしていて。
実を言うと、オレも全く同じ心境。
ジョセフィーン本人は、昨日から自分が操られ、連れ回され、何をされたのか、ある程度は理解している様子。
だからオレはどうしても気になる事が1つあって、だが聞くに聞けない。
宿まではもう近い筈の距離、なのに果てしなく遠く感じる無言の帰路。
この日、オレが心から安堵の息を漏らしたのは、実に真夜中の事だった。




