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8-3 底辺Zクラスの選択

「いいわよ」


 学園保健室。白衣姿のリーナさんは、あっさり同意してくれた。


「卒業試験、モーブくんのチームに加わってくれってことよね」

「ありがとうございます」


 ランがリーナさんの手を取った。


「お忙しいでしょうに、恐縮です」


 頭を下げ、マルグレーテは尊儀の礼の形を取った。詳細も聞かずOKしてくれるとは思わなかったから、俺達三人は、まだ入り口に立ったままの形だ。


「いいんですか。まだダンジョンの名前すら話してないけど」

「いいのいいの。モーブくんに頼まれるなら、なんだってやるわ。いろいろ一緒に学内クエストしたでしょ。リーダーとして信頼してるし。……ほら座って」


 保健相談に使う簡素なソファーを、手で示した。


「ちょうど暇だし、お茶を淹れてあげる」

「ありがとうございます」


 香ばしい半発酵茶を味わいながら、俺は説明した。「突然隆起した大洞窟」というダンジョンに、ここにいる四人で挑戦したい。モンスターの出ない代わりに広大な洞窟なので、馬で駆け抜けて七つの宝箱を回るつもりだ、と。


「ああ、あのダンジョンね……」


 リーナさんは、首を傾げて窓を見た。磨かれたガラスの内側に、冬でも咲く野の花の鉢植えが置かれている。日曜午後の陽光を受け、寒い冬とはいえ、気持ち良さそうに葉を伸ばしている。


「教師の間でも話題になってたわ。あれ、今年初めて登場したのよね。ダンジョン候補って、マナ召喚系の教育魔法で自動書記されるんだ。毎年だいたい同じ内容なんだけど、稀に新しい候補が出る」

「あの洞窟も、そういうものなんですね」


 温かな茶のカップを両手で包むように持ったまま、マルグレーテが確認した。薪ストーブで暖められているとはいうものの、そこそこ室内は冷えてるからな。


「そうよ。あの洞窟はたしか……八年ぶりの新ダンジョンだって話。私がヘクトールに配属されたのは一年ちょっと前だから、私にとっても初めて見る候補」

「十七歳で王立冒険者学園の教師に抜擢されるなんて、凄いですね」


 改めて、マルグレーテが感心している。


「冒険者教師ならともかく、養護教諭なんて不人気で、なり手が少ないんだって、学園長が愚痴ってた。学園長に直接勧誘されて、私もびっくりしちゃったわよ」


 リーナさんは、ほっと息を吐いた。


「だからあのダンジョンのことなにも知らないけど、それでもいいの?」

「ええ。別に教えてもらいたくて誘ったわけじゃないんで」


 暗い洞窟を照らすトーチ魔法、それに宝箱解錠――こうしたスキルが俺のチームにはなくて困っていると、正直に話した。


「それで私を誘ったってわけね。たしかに私、補助魔法使いだし。それに……」


 茶をひとくち飲んでから続ける。


「宝回収がクリア条件でしょ、あそこ」

「ええ」

「それだけに、宝箱は凝ってると思うのよね。鍵が掛かってるだけじゃなく、たとえば罠が仕掛けられてるとか」

「わあ、大変そうだねー、モーブ」


 いやにこにこ顔のランが言っても、全然緊迫感がないけどな。ラン、なにか仲良しで楽しいピクニックに行く感じだし。


「罠ですか。……それ忘れてたわ」


 あとで考えようって言ってて、そのままになってた案件だわ。


「宝箱の罠だとたとえば……」


 マルグレーテが口を挟んできた。


「毒矢、呪詛じゅそ、麻痺。高レベルの罠だと石化、それに即死とか……」

「物騒だな」

「爆発とかはないと思うのよね。中身の宝まで毀損するから」

「マルグレーテちゃんの言うとおりね」


 リーナさんが、あっさり認めた。


「でもそのへんは、私が事前に鍵と共に解除できると思うわ。魔法で」

「助かります」

「よっぽど強い罠だと、私の魔道士レベルが足りずに弾かれるかもしれない。でもここ、所詮学生の卒業試験ダンジョンだしね。そこまで厳しい内容は、まずありえないわね」

「なるほど」


 明かりが見えてきたな。


「このダンジョンクリアのポイントは、いかに馬を速く走らせられるか。その一点に掛かっていると思うわ、わたくし」

「マルグレーテちゃんの言うとおりね。……三人とも、馬術は得意なの」

「ええ。……俺以外は」


 嘘ついても仕方ないしな。


「そう。じゃあ特訓ね。使う馬は」

「モーブには、いちばん仲のいい子がいいと思うんです。乗り手の力をカバーしてくれるような。……だから、いかづち丸がぴったり」


 ランに見つめられた。そうだな。いかづち丸なら一番大人しくて優しいし、遊宴でも俺の馬になってくれたしな。たしかに適任だ。


「それで、私はいなづま丸。マルグレーテちゃんはスレイプニール。この子たち、遊宴でも怖がらずに楽しんでたし、相性がいいから」

「そうよねー……。となると、私がどの馬に乗るか、か」


 頭の後ろに手を組んで、リーナさんはしばらく考えていた。


「あかつき号にしようかな。あの子は度胸があって、危険な局面に強い。落ち着いてるから、他の子もそれ見て安心するしね」


 あかつき号は、赤に近い栗毛の馬だ。その名のとおり、夜明けの真っ赤な太陽を連想させる。


「わあ、素敵。……あの子、頭もいいんだよ」


 思い出したのか、ランは微笑んでる。


「私が他の子をブラッシングし始めると、ちゃんと順番がわかってるから、自分の番が来るまで近づいてこないし」

「Zクラスの他の子はどうなの」

「はいリーナさん」


 ランが頷いた。


「みんな、イベントとして楽しむ方向みたいです。痛くないとか、疲れないとか」

「あら……」


 苦笑いしてるな。


 それでも今年は、何人かはガチで合格を狙っているらしい。もちろんZの連中なんか、他のクラスからは相手にされない。それこそ足手まといな上、頭割りで試験ポイントが減るからな。


 だからZのクラスメイトだけで、一所懸命考えてスキルをカバーし合える仲間を寄せ集め、低難易度ダンジョンを狙ってるんだと。たとえ低難易度ダンジョンでも、戦闘の効率性や宝箱回収率が評価されれば、合格ラインが射程内に入ってくる。


 チームを引っ張っているのは、紋章マニアの「ラオウ」だ。あいつ紋章とか戦術の歴史みたいな、オタク系知識豊富だから、それを生かしてチーム組みと戦略を立ててるんだってさ。「俺がこんなにやる気になったのも、モーブの側にいたからだ。遠泳大会とかの仕切りは見事だったよ」とか、俺も言われたし。


「ところで、リーナさんのところには、他から依頼は無かったんですか」

「卒業試験に誘われたことは、この学園に来てからこっち、一度もないわね。基本、教師の入るパーティーは稀だし。なんせほら、ペナルティーがあるから」


 実際そうなんだが、底辺Zクラスは別。みんな「合格して卒業するため」ではない。ランが言ったように、「痛くなく楽して落第するため」に教師を誘う。どうせ落第するなら実力者入れたほうがいいからな。


 もちろん、Zの実力ではトップ教師どころか普通の教師を誘うのも憚られる。教師側は、請願を受ける義務はないから。教育上意味があるかどうか……といった視点で、受ける受けないを決めてるみたいだわ。


 そこで、Zの居眠りじいさん担任を誘う。「いくらなんでもあれなら断られないだろう」という発想だ。Zは学園生も底辺なら、教師もアレだからなー。授業中寝てるだけの底辺教師でも、多少は役に立つかもと思っていたらしい。


 使い物にならなくても、どうせ落第するんだから、ダメ元。クラス担任入れとけば同情されて「お情け合格卒業あるかも」って考えてた節もあるし。


 誘ったのは、「ラオウ」とは別のグループだ。「わしを誘ってくれるのか。これは光栄なことじゃ、ほっほっ」――とか、じいさん喜んでたってよ。まあ、それでも断られたんだけど。誘った奴、「俺達、この底辺教師にも断られるのか」つって落ち込んでたから、慰めてやったわ。


 なんでも、「昔、膝に矢を受けてしまってな」とか、よくある冗談でごまかされたらしい。ダンジョンを駆け回るのはできないって話で。


「教師を誘うのは、むしろ勇気いるわよね。みんな、それだけ点数稼ぎに必死だし」


 マルグレーテが付け加えた。


「だってこれ失敗したらもう一年、最初からやり直しだもの」

「でも今年は……」


 リーナさんが、お茶のカップを口に運んだ。ひとくち飲んで続ける。


「……教師が三人も入るパーティーがあるけどね」

「三人……。別チームに三人じゃなく、同じチームにですか」


 そんな戦略あるかよ。それじゃペナルティーきつくて、合格は無理だろ。


「そう。ブレイズくんのとこ」

「えっ……」


 ランが目を見開いた。




●次話、ブレイズパーティーになぜ教師が三人もいるのか、その驚くべき理由が明らかになる。ブレイズさん……。


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