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7-1 卒業クエストの重圧に、学園が騒がしい

「もう冬ねえ……」


 旧寮三階の、俺とランの部屋。窓の外を眺めながら、マルグレーテが呟いた。ひび割れたガラスにテープが貼ってある。


「庭の広葉樹が、紅葉し始めてるもの」


 今は十一月に入ったところ。もう朝晩はそれなりに底冷えがする。晴れた日曜の昼飯後といえど、部屋も暖かくはない。なんせこの部屋、あちこちに隙間があるしな。探し出してきた古いブランケットをランが仕立て直して、ドテラ的な服を作ってくれた。今もそれを羽織っているから、なんとかなってる。冬が怖いけど、マルグレーテが実家からなにか送ってもらうって言ってくれてるわ。


 あーちなみにマルグレーテ本人は、毛皮の襟のついた豪奢な上着を着てる。なんでも魔法の加護があって発熱してる服だと。


「なんだか寂しいわ」

「でも紅葉って、きれいだよね。私は好きだよ」


 ホットミルクのカップを、ランがテーブルに置いてくれた。冷えた室内に、湯気が立っている。


「はい。ミルク温まったよ。蜂蜜も入れたから、香ばしくておいしいよ」


 蜂蜜ならではの、甘く香ばしい香りが漂い始めた。


「ありがとな、ラン」

「ありがとう」


 なんだか秋のしみじみ気分で、三人黙ってホットミルクを味わった。


「それで……」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「ランとモーブは、大晦日の遊宴ゆうえん、どうするの」

「遊宴なあ……」


 大晦日の遊宴は、遊びというか余興付きの宴会みたいなもんだ。でも馬鹿にしたもんでもなく、実は学園の一大行事。ある意味、普段の授業より、よっぽど重要なイベントと言える。


 学園生は全員、出席必須。みんなで集まって飯食うわけだが、実はこれ、三月の卒業試験に向けての、各人の立場表明になっている。


 卒業試験は、学園外にある、実際のダンジョン攻略だ。攻略過程は学園から魔法で追跡されていて、その結果によって、卒業の可否が判断される。学外で本物のモンスターを相手にするわけで、学園生が初めて世界の荒波に揉まれるイベントになっている。


 学園生は、何人でパーティーを組んでもいい。極端な話、百人でも、たったひとりでも構わない。


 だが人数が多ければ試験結果を頭割りすることになるので、合格点に達するのは難しい。それに命令系統も混乱しがち。そもそも狭い洞窟に入るのが、物理的に厳しかったりする。だから各人、数人からせいぜい十人程度のチームを組んで挑むのが一般的だ。


「もう毎日、大晦日の話ばかりしてるわよ。SSSクラスだと」


 攻略パーティーを組み「俺はこの仲間で試験に挑む」って、学園に広くお披露目するのが、大晦日の遊宴だ。


 居並ぶ学園生や教師の前で、各パーティーが登場し、チームの「心意気」を見せる。要するに余興というか、隠し芸大会みたいなもんよ。前衛職中心のゴリ押しパーティーだったら、自慢のレア剣を披露しての剣舞とか。魔道士とタンク役の頭脳派なら、派手な魔法を見せたり、タンク役に補助魔法を施し、ナイフ投げでDEFやVIT上昇効果を見せるとか。そんな。


 言っちゃえば遊びなんだが、見ていて気づきもあるから、立派な教育とも言える。人のパーティー構成や技を見て、参考にしたりとか。もちろん、大晦日以降も編成組み換えは自由なので、「あいついいな。引き抜こう」とかいう動きも出る。


「十月に入った頃から、みんな気もそぞろ……というか、浮足立ってきててね」


 マルグレーテは、眉を寄せてみせた。


「誰と組むかとか、誰々のスキルは凄いがあまり知られてないから組むチャンスだ――とか。……Zクラスは違うの?」


 四月から新年度が始まって、九月にはだいたい、学園生の実力はわかってくる。それを踏まえての駆け引きが始まるわけよ。いろいろ打診して回ったり、仮組みのパーティー同士で、メンバーを交換したりしてな。


 卒業試験ダンジョンは、実はたくさんあって、それぞれ難易度や特徴が違う。自分で組んだチームの属性とダンジョン一覧を睨んで、一番成果を出せそうな場所を選ぶわけさ。


 難易度の高いダンジョンは基礎ポイントが高いから、卒業試験に合格する可能性は高くなる。反面、失敗のリスクも増える。自分達がギリクリアできそうなダンジョンを選べばいいってものではない。チームに頭脳派がひとりは欲しくなる組み立てになっている。


「Zクラスはなあマルグレーテ、……まあ、ご想像のとおりだ」


 基本、試験合格を諦めてる奴らが多いからなー。だからだいたい、Z内部で大人数パーティーを組んで、なるだけ簡単なダンジョンを選ぶ。痛い思いをしないってのが、最大の目的だ。「俺もチームに入るからお前も加われ」「わかった入り口だけ覗いて、すぐリタイアしよう」みたいな密談(笑)ばかりよ。


「みんなあんまり、真剣には考えてないみたいだよ。でも楽しそうだよね。仲良しで攻略できるんだから」


 温かなホットミルクのカップを両手で持ったまま、ランはにこにこしている。


「思い出づくりになるもんね」


 実際、夏の遠泳大会からこっち、Zクラスには妙な一体感が生じてるしな。合格できないという話はおいといて、楽しく攻略したいって気分が、クラスに充満してるわ。それに攻略を狙うガチ勢だって、いないわけじゃない。


「それで、ランとモーブはどうするの」


 マルグレーテが話題を戻した。


「そうだなー……」


 俺は考えた。


 ランとパーティーを組むのは確定。だが、それだけだと手数が足りないのははっきりしている。


「マルグレーテんとこには、申し込み多いんじゃないのかよ」


 なんせ梅雨の頃の個人戦トーナメントでも、賭けオッズ五位の人気だったからな。すでに魔道士としての実力が学園に知れ渡っているはずだ。


「まあ、そうねえ……」

「どうするんだ」

「どの申し出を受けるか今、考え中というか……」


 ちらと俺を見る。


 攻略パーティーへのリクルーティングは多分、殺到中。それでもマルグレーテはまだ誰のプロポーズも受ける気はないと、俺は踏んでいた。


「今の時点で決まってないのなら、俺達と組もうぜ」

「わあ、いいねそれ」


 ランは大喜びだ。


「ねえ仲良し三人で、一緒にダンジョン入ろうよ、マルグレーテちゃん」


 マルグレーテの手を取った。


「そうね……」


 じっと見つめてきた。


「モーブがどうしてもって言うなら、チームを組んでもいいわ」

「よし、決まりだ」


 ふうと、マルグレーテが息を漏らした。なんだ緊張してたのかな。


「わたくしたちなら、かなりいいチームになるわよね。バランスもいいし」


 打って変わって、うきうき声だ。


「そうだな」

「ランちゃんが回復、わたくしが攻撃魔法。モーブは前衛タンク役」

「……」


 まあそう考えるよな、普通。俺、入試でブレイズを物理でぶっ飛ばしたとこ見せたし。


 でも俺は正直困っていた。あれはただのバグ技だ。たまたま模擬戦フィールドに無敵バグが隠れてるの知ってたから使えただけで。ダンジョン戦は、模擬戦とはシステムが異なる。別物だ。


 俺が転生したのは本来、初期村で即死予定だったモブだ。自分じゃ見られないが、STRだのAGI、DEF、VITといった前衛必須のステータスなんか、スライム並に決まってる。戦士や格闘士といった前衛職ならではの特殊スキルなんかも、ないに違いないしな。


「無能前衛+DEFよわよわ魔道士×二」数式だと、「イコール敗北」確定だろ。あっという間に後衛まで攻め込まれるから。


 卒業試験に落第するという案も、試しに考えてはみたんだ。


 俺の目的は、この世界でなんとか食っていくこと。衣食住が約束され寮費返還とか厩舎員の手当てがもらえるここ学園で、あと何年かは暮らしてもいい。


 つまり、あえて落第するって方法さ。主役級補正のあるランやブレイズと異なり、どうせ俺、実力ないの見えてるし。


 だが、この手法も実は使えない。というのも卒業試験に落第すれば、「成績優秀」とは言えなくなる。学園に残れはするが特待生の地位を剥奪され、来年度は高額の学費納入を求められるだろう。金はない。その時点で学園ライフが詰んでしまう。退学するしかないからな。


 つまり卒業試験に合格するか、退学するか。その二択。どちらにしろこの学園を、三月末には出ていくことになる。


 なら今後の飯の種を考えても卒業したほうが、まだマシだ。中退者より卒業の学歴を持っている方がなにかと潰しが利くのは、現実もこのゲーム世界でも同じだろう。


「まあ、三人のフォーメーションやなんやかやは、三月の卒業試験までに考えるよ」


 とりあえずうやむやにしておく。有利なバグ技を思いつくかもしれんし、焦る必要はない。


「そう」


 マルグレーテは微笑んだ。


「特殊能力持ちのモーブなら、なにか面白い戦略を考えるんでしょうね。……楽しみだわ」


 ハードル上がってるなー。でもまあこれまで自力でクリアしてきた。今度もなんとかしてやるさ。それが雑草、即死モブのやり方だろ。


「まずは大晦日の遊宴だけ考えようぜ。どういう趣向でやるか、とかさ」

「そうねえ、たとえばどのチームもよくやるパターンだと……」


 天井を見て、マルグレーテはしばらく黙った。雨漏りの染みでも見ながら、なんか考えてるな、これ。


「スキル公開かしら。魔法や物理技とか」

「それもいいんだけどさ……」


 冷めかけのホットミルクをもうひとくち飲むと、俺は続けた。


「俺はなんかそういうの嫌だな。イキり合うマウント合戦みたいで。大晦日だろ。楽しく飲み食いでいいんじゃないかと」

「わたくしもそう思うけれど、チームごとにステージの時間が強制的に割り振られるし……」


 困ったように、マルグレーテが首を傾げた。


「またお歌歌う? 遠泳大会のときみたいに」


 ヤレンソーランと例の民謡の一節を、ランが口ずさんだ。


「それもいいな。みんなを楽しませることができるし」

「モーブの考え方に近いわよね。イキり合戦じゃなく、みんなを楽しませる方向性だから」


 水着……はさすがに季節外れだから、なんか着飾らせてとか。


「でもなんというか、カラオケ合戦になっちゃうか。……他になんかないかな」


 そもそも俺、前世からして、女子と余興するとか無かったからなー。ブラック企業の宴会は、飲め飲め俺の酒が飲めないかそもそもお前は――のパワハラ無限説教ループに入るのが、普通だったし。


「ならひとつ、わたくしにアイデアがあるわ」

「へえ。なんだよ」

「……いいことよ」


 楽しそうに微笑んだ。


「わあ。マルグレーテちゃんの案なら、きっと楽しそう。――だよね」

「ええ、ランちゃん。……それにわたくしの将来にも、きっと役に立つし」

「将来?」

「ええモーブ……」


 俺とランをじっと見つめてきた。


「卒業後のわたくしの進む道……というか。そのための準備」

「へえ……。なんだかわからんけど、ちゃんと考えてるんだな、マルグレーテ」

「そうよ。わたくし、卒業後が大変なのよ」

「なんだかわからんが、力になるぞ」

「私も。三人は親友でしょ」


 ランがぎゅっと手を握ると、マルグレーテが握り返した。


「そうね。ランちゃんありがとう。あなた、優しい人ね」


 なんだか瞳が潤んできた。


「よし、じゃあマルグレーテの案に乗ろう」


 ふたりの手に、俺も手を重ねた。


「……で、なにをやらかそうってんだ」

「それはね……」


 マルグレーテの説明は、長く続いた。




●次話、大晦日の遊宴当日。モーブはどんな戦略で望むのか。そしてブレイズのやらかしが波紋を呼ぶ……。

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