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5-5 遠泳大会そっちのけで、俺は大宴会を開くぜ

「ヘクトール伝統のクラス対抗遠泳大会、競技開始っ!」


 事務方がいきなりスタートの号令をかけたので全員、一瞬固まった。が、すぐにブレイズが飛び出す。


「うおーっ!」


 大声を上げて、ざぶざぶ海に突っ込んでいく。水深が腰まで来ると、そのまま見事なクロールで進み始めた。


「いかん。ブレイズが行ったぞ」

「全員、後を追え。魔法でデバフしろ。進路に渦も作れ」

「ブレイズを守るぞ。魔法は使わずにな。ブレイズの背後に人間の壁を作って、他チームの接近を防ぐんだっ」


 ブレイズをサポートするSSSクラスと、デバフを狙うSSクラスが、先を争うように飛び込む。続いてA、B、C、Dも。こちらを見て手を振ると、マルグレーテも静かに泳ぎ始めた。


 Sクラス「キリン」は、誰も飛び込まない。


「ねえモーブ。Sはどうするんだろ」


 ランが俺の腕を取った。


「多分だが、SSSとSSが潰し合うのを狙ってるんだ。ちょっと離れて、Sはなるだけ一団にまとまって泳ぐ。で、SSSとSSが相討ちになって人数が減ったところで、一気に攻撃を仕掛ける気だろう」

「へえー。みんな頭いいねーっ」

「てかラン。他人事みたいに言うが、俺達だって参加してるんだぞ、この競技に」

「えへっ」


 俺を見上げると、ペロッと舌を出した。


「そうだけど。私、モーブさえ楽しんでくれたら、それでいいの。勝ち負けとか、関係ないでしょ」


 まあ、俺とほぼ近い考えだな。


「ほら、Sが行くぞ」


 Sが動き出した。自分達同様に一切動かない俺達Zを遠巻きに見て、なにかひそひそ打ち合わせをする。二、三人が頷いたり首を振ったりしていたが、ひとりがこっちを指差してなにか言うと、全員大笑いしている。それから静かに、Sは海に進んだ。


 あれだなー。なんて言われたか、だいたい想像つくわ。


「んじゃあ、こっちも始めるか」


 俺の言葉に、Zの連中は歓声を上げた。


「いよいよ飯だな」

「俺今朝、このために飯抜いたからな」

「俺もだ」

「夢にまで見た貴賓食堂の飯が今、俺の前に……。わ、我が人生に一片の悔い無しっ!」


 例の紋章オタクが、また泣きながら拳を突き出してやがる。もうこいつラオウって呼んでもいいよな。


「じゃあ食おう。どれも食い放題だ。なに食ってもいいぞっ」


 俺が言い終わる前に、ケータリングテーブルは阿鼻叫喚の騒ぎになった。みんな、取り皿いっぱいに料理を盛っては、ビーチに座り込んで食べている。


「こ、これが貴賓飯」

「一般寮食と、超絶レベチ」

「こんなん、親父に連れてってもらった三つ星食堂よりうまいぞ」

「その肉は俺んだ」

「まだあるじゃないか。がっつくな」

「それでも俺んだ」


 もう大騒ぎよ。


「ねえモーブ、私達も食べようよ」

「そうだな、ラン」

「一緒にお外で食べるの、楽しみだねーっ」

「いや本当にな」

「私、取ってきてあげるね」

「じゃあ俺、ランの分も飲み物持ってくるよ」

「うん。お願い」


 テーブルはピラニアの生け簀のようになっていたが、心配するまでもなかった。ランが列に並ぶとみんな、我先にとうまそうな料理をランの皿によそってくれる。俺の分が含まれていると知ってても。


 みんな、落ちこぼれて腐ってても、いいところあるな。


 ランとふたり。端に離れて座り、海を見た。白い波が、ビーチに打ち寄せ、腹に響く音楽を奏でている。太陽に暖められた海風が心地良い。


「いい夏だな」


 俺、前世の社畜時代に夏を楽しんだことなんか、あったっけ……。


 いろいろ考えたが、思い出せない。夏の思い出は、かろうじて取れた三日間だけの盆休み中に、トラブルで取引先に呼び出されたとか、深夜残業中にボロビルのエアコンが壊れて汗みどろで請求書を入力してたとか、そんなんばかりだわ。


 それと比べたらこのビーチ、天国も同然だろ。うまい飯、かわいいラン、きれいな海とか。てか俺死んだんだし、マジここ天国かもな。


「うん。モーブと一緒だから、なんでも楽しいよ」

「さて、食べようか、ラン」

「はい。モーブ、あーん……」


 海老の前菜を、ランが差し出してきた。


「あーん」ぱくっ。

「やーん。モーブかわいいっ」


 喜んでるな。


「ランも食べろよ」

「うん……。わあ、おいしいねー、モーブ」

「ああ。貴賓食堂の料理人仕切ってるの、昔、王宮料理長してたおじさまらしいからな」

「へえーっ」


 実際ヘクトールは、王国にとって次代の英雄を育成する大事な機関。それだけに、国王ゆかりの人材が豊富に配置されてるって話だ。


「うま……うま」

「くそっ。俺これ、後で隠して持って帰る」

「俺もそうする。生活魔法ならちょっとだけ使えるから、食品保存の詠唱するわ」

「なら俺の分も頼む」

「任せろ」


 Zの連中、負け組コンプのせいか、あんまりクラス内に交流ないんだ。だけど今日は、意外に和気あいあいになったな。


「モーブありがとうな。こんなうまい飯、手配してくれて」


 離れた場所から、俺に手を振る。俺は、手を上げて応えた。


「食べ過ぎるなよ。俺達、この後泳ぐんだからな」

「わかってる。一時間後だろ」

「ああ」


 遠泳大会ゴールは、トップでも二時間かかる小島だ。慌てる必要はない。このビーチで一時間楽しんで、それから泳ぎ始めるのが、俺の作戦なんだわ。


「ねえモーブ」

「なんだい、ラン」

「どうしてこんなおいしいご飯を用意したの。遠泳大会なのに」

「それはな、ラン――」


 俺は説明した。教室の空気が重い。それはみんな、学園底辺として劣等感を抱えているからだ。実家に戻ればいいとこのボンなんだ。そりゃ甘やかされたガキだから自分のせいっちゃそうなんだが、たまには楽しませてやったっていいはず。


 雲の上の存在のSやSSSが食べてる上級食を味わったイベントの思い出があれば、この後夢破れて退学したって、辛い夜に思い出して慰められるだろ。


「モーブって……」


 しみじみと、ランが呟く。


「大人。私、モーブについてきて良かった」


 俺の腕を胸に抱くと、肩に頬をすりすりする。


 この戦略、俺の社畜時代の経験もあったんだ。たまに同僚と中華屋で餃子生ビールで盛り上がったりとか、仕事は辛くとも楽しい思い出だったからな。ああいうのがあったから、なんとか耐えられたというかさ。……まあ最後には過労死気味にゲームプレイ中に死んじゃったわけだが。


「モーブ、私が思ってるより何百倍も素敵だよ」

「ありがとうな、ラン」

「あっ」


 肩を抱き寄せると、ランの体が俺の腕の中にすっぽり収まった。


「モーブ……」

「ラン……」


 眼の前、わずか二十センチのところにあるランの大きな瞳が、しっとり濡れ始めた。


「す、好き……」


 熱い吐息が、首に掛かった。瞳を閉じたランの唇が、俺を求めて近づいてくる。

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