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4-5 三人で雑魚寝してみる

「こ、この寝台で一緒に寝るの」


 フリルふりふりのかわいらしい寝間着を着て、マルグレーテは目を見開いた。俺の部屋の寝台を前にしている。


「そうだよ。マルグレーテちゃん」

「で、でもあなたたち、男と女でしょ」

「別に変じゃないよね。ねーっモーブ」

「そうだな、ラン」


 もう夜も遅い。明日は日曜だし、のんびりはできる。でもそろそろ寝ないとな。社畜時代は慢性的な寝不足だったから、今は天国に思えるわ。


「わ、わたくしは遠慮しておくわ」


 アセアセと立ち上がろうとする腕を、ランが掴んだ。


「でも他の部屋の寝台、全部壊れてるよ」

「なら部屋に戻ろうかしら」

「平気だよ、マルグレーテちゃん」


 ランがマルグレーテの手を取った。


「ほら、一緒に寝よっ」

「う、うん……」


 手を引かれるようにして、ふたりが寝床に潜り込む。


「ふふっ。モーブ以外の人と寝るの初めて。なんだか楽しい」

「そう……ね。考えたらわたくしも、他人と眠るのは初めて」

「マルグレーテちゃん、子供の時はお母さんと一緒に寝なかったの? 普通、同じベッドだよね」

「エリク家は、そういうことはしないのよ。自主独立が家風だから、子供には小さい頃から自立心を叩き込むの」


 そうなんか。だからなんかな。しっかりしてるけど、どこか人恋しい危うさがあるのは。なんだかんだ言って、混浴も洗いっこもOKしてくれたしな。多分、無意識に肌の触れ合いを求めてるんだろう。


「寂しかったでしょ。マルグレーテちゃん」

「……そうね。泣いたこともあったわ」


 寝転んで天井を見つめたまま、遠い目をしている。


 これあれだなー。マルグレーテの奴きっと、赤ちゃん時代にも母親に思いっ切り甘えたり抱っこされたりしてないんじゃないかな。


「じゃあ私やモーブと一緒だね」


 横を向いて、ランがマルグレーテの手を取った。


「そうか。……ふたりとも、孤児だものね」

「そうだよ」

「ごめんね。辛いこと思い出させて」

「辛い思い出なんかないよ。寝るときは孤児のみんなでくっついて、子犬みたいにごろごろ寝てたし。それに毎日毎日、山で遊んで楽しかったもん。ねっモーブ」

「そうだな」


 まあランが遊んでいた頃、俺はブラック社畜で地獄を見ていたわけだがな。それを思い出すと、ちょっと辛い。……でもゲームのモーブは多分、楽しい過去を過ごしてたんだろう。てか、そうであることを祈るよ。モーブのためにも、今モーブとして生きる俺のためにも。


「ほら。モーブも早く来てよ」

「ああ」


 ふたりの間に入ると、マルグレーテが体を硬くした。


「待たせて悪かったな。ラン」

「こ、この体勢で寝るの?」


 ドン引き声だわ。


「そうだよ、マルグレーテちゃん」

「わたくしはもっと端に行くわね」


 体をずらそうとする。


「でもそっち、寝台が腐ってるから危ないよ」

「遠慮するな、ほら」

「あっ……」


 肩を掴んで抱き寄せてやった。


「ランも」

「うん」


 ランが抱き着いてくる。俺の腕を枕にして、胸に頬を寄せるように。


「モーブって、いい抱き枕だよね。たくましいし、いい匂いするし、あったかいし」

「ランもな。……てか暴れるなよ、マルグレーテ」

「だ、だって」


 なんか手を突っ張って、俺との距離を置こうとする。


「もぞもぞするな。ほら」

「あっ」


 肩を抱いてやると、ランと同じ体勢になった。


「ねっ。あったかいでしょ、マルグレーテちゃん」

「そ……それはたしかに」


 どぎまぎしてるな。


「ならこれでいいけど……」


 俺の胸で呟いた。


「約束して。モーブ。じっとしてるって」

「わかったよマルグレーテ。俺はお前とランの抱き枕だからな。人肌ぬいぐるみだと思って、抱き着いてろ。寂しさなんか、吹き飛ばしてやるから」

「たくましいのね……」


 囁くと、頬をすりつけてきた。


「じっとしていてくれるなら……。それならお父様の言いつけにも反しないし、いいわよね、きっと」

「大丈夫だ。ほら、早く寝ろ。もうランは夢の中だぞ」

「えっ」


 顔を起こして、マルグレーテはランを見た。実際、ランはもう寝息を立ててるからな。俺が害をなすとは、一ミリも思っていない、無防備な寝顔だ。


 これがあるから俺、R18展開に踏み込めなかったんだよなー。……まあ、ゲーム攻略が進めば、そっちの世界線に分岐はしていくとは思うんだけどさ。まだ初体験イベントのフラグが立ってないんだろう。


「かわいい寝顔ね」


 毒気を抜かれた声だ。


「本当にいい娘なのね、ランって」

「お前もかわいいぞ。ほら」


 腕に力を入れ、体を押し付けてやる。


「うん……。ぎゅっとして、モーブ」


 俺の上に腿を上げ、抱き着く形になった。


「ランの言うとおりだわ。モーブって、最高の抱き枕。いい匂いがする。男らしい……。わたくしのテイマースキルがうずくわ」


 いや俺、動物じゃないし。……まあ女と違う生き物って言われれば、そんな気がしないでもないか。


「背中、撫でてやるから早く寝るんだぞ」

「お願い」


 ゆっくり、背中を撫でてやった。しばらくは俺の胸で熱い息を吐いていたが、そのうちすうすうと寝息が聞こえ始める。やっぱり人恋しい……というか人肌が恋しいんだな、こいつ。かわいそうにな。子供の頃は甘えたかっただろうに。


 社畜時代の俺は寂しい独り暮らしだったけど、ガキんときは狭い団地で貧乏暮らしだったからな。嫌でも親と雑魚寝で、寂しいとかあり得なかったわ。子供だったから、それがウザいとも思わなかったし。


 親がテレビの深夜映画観るもんだから、俺まで自動的に宵っ張りになって、なんやら妙に時代劇とか詳しくなったからな。


 さて、俺も寝るか。とりあえず今日は謎フラグも見た。充分以上に充実した日だったわ。……きっといい夢が見られるさ。


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