3-3 本来のゲームにない「馬小屋クエスト」発生
「はい。モーブ、あーん」
学園ジャージ姿のランが、皮を剥いた果物を、俺の前に突き出す。
「あーん」ぱくっ。
「やーん。モーブ、かわいいっ」
なんかこれ、日課になってきたなー。俺もう観念して、開き直ってバブるしかないのかも……。変な扉が開きそうだわ。
今日は日曜日。授業がないからこうして旧寮のふたりの部屋で、ランとのんびり午後を過ごしている。果物はもちろん、飯のときに食堂から持ち帰った奴だ。
ちなみに、ふたり同じ部屋で暮らしている。なんせ旧寮のほとんどの部屋は今や、馬小屋や飼料庫に改造・転用されてる。学寮のままの部屋もいくつかはあるが、長年の放置で床が抜けたり天井が腐ったりと、傷み放題。いちばんマシな部屋をふたりで修理して、こうして使っているんだ。
ここ最上階の三階だし、東南の端で日当たりがいい。だから雨とかでも傷まなかったんだろうな。日当たりのおかげで、こうして毎日ぽかぽか気持ちいいし。いい部屋だと思うよ。
少なくとも、前世の俺が巣にしていた激安ボロアパートよりは、はるかにマシ。あそこ北向き一階、窓の外はすぐブロック塀で、隣の安アパートが手が届きそうなくらい近かった。だから「陽射し? なにそれ」って部屋だったし。年中じめじめしてて気分悪かったわ。寝るだけで病気になりそうなくらい。
その点、この部屋はいい。しかも俺にデレたメインヒロインと同棲してるわけだし。
そうだよな。改めて考えてみれば俺達たしかに、「同棲」と言っていい状態だ。前世の俺からしたら奇跡だわ。こんな幸せでもいいんだろうかってくらい。
とはいえ、残念ながらエロ方面の展開はない。ベッドもひとつだけだから一緒に寝るんだが、せいぜい寝ぼけたランが、俺に抱き着いてくる程度。多分まだ、R18フラグが立ってないんだろう。慌てる必要もないから、俺はじっくり構えている。まだゲーム序盤も序盤だしな。
「モーブって、なんか昔より男っぽくなったよね」
もうひとつの果物の皮を剥きながら、ランが笑った。
「あの事件が起こるまでは……なんというか、もう少し子供な感じだったけど」
首を傾げて天井を見上げ、なにか考えている様子だ。あの事件ってのはもちろん、初期村が全滅した魔物襲来イベントのことだろう。
「たくましくて、素敵」
瞳を閉じて、うっとり呟いた。
そりゃあな。中身おっさんが憑依したようなもんだからさ。モブNPCで主人公ブレイズやヒロインランの引き立て役だったんだから、ゲームでは弱っちいキャラに造形されてただけで。
「あっ、ここにいたの」
扉を開けると、リーナさんが顔を覗かせた。
俺とランの入試を見てくれた彼女は、学園の養護教諭だったわ。教師だって今日は休日のはずなのに、養護教諭の白衣姿のままだ。
若いけど回復魔法と補助魔法のそこそこの使い手で、ここ王立学園ヘクトールにスカウトされたらしい。どちらの魔法も、養護教諭には最適のスキルだからな。
「どうかしましたか」
「手を貸してくれる」
なんか、ちょっと焦ってるな。
「ええ」
「喜んで」
「馬小屋に来て」
「はい」
「実はね――」
階段を下りながら説明してくれた。なんでも馬術の成績の悪い学園生が、休日に勝手に自主練していて馬ごと転倒し、馬が骨折したのだという。
「マジですか」
「そうよ。……下手なんだから、授業で教師の監視の元で練習すれば良かったのに」
のほほんとした優しい養護教諭なのに、珍しく愚痴る。てかなんだろこのイベント。元のゲームには、こんなクエストは無かった。三周した俺にとっても、未知の領域だ。
「どの子ですか」
ランは心配顔だ。俺とランは、馬の世話を引き受けている。田舎育ちのランは馬が好きで、世話もうまい。糞掃除だって嫌がらずに、にこにこ顔だ。おまけにこれで学園から給料……というか小遣いをもらえているので、孤児である俺達の生活費の足しにもなっている。言ってみれば、趣味と実益って奴よ。
「いかづち丸よ」
「えっ。あの子、性格も優しくて、いちばん大人しいのに……。どうして転倒なんか」
「あり得ないくらい思いっ切り手綱を引いて、腹を蹴ったらしいわ」
「大人しい子だから、驚いちゃったのね」
眉を寄せている。
「こっち……」
いかづち丸は、自力でなんとか、厩舎に戻ってきていた。左の前脚をなるだけ地面に着かないようにして、ひょこひょこ歩いている。気配がわかるのだろう。他の馬が、心配そうにこちらを見つめていた。
「いかづち丸っ」
鼻面をランが抱くと、ランの頬を舐めた。
「痛いだろうに……。私が不安そうだから、慰めてくれてるんだね。……優しい子」
ランはもう泣き出しそうだ。
俺は見回した。
「その学園生は」
どこにもいない。
「私に報告した後、逃げちゃった」
腕を組んで、リーナさんは溜息を漏らした。
「恥ずかしかったのと、罪悪感でしょ」
「そんな無責任な……」
俺の腹に、怒りが巻き起こった。自分が怪我させたんだ。最後まで面倒見るべきじゃないのかよ。馬は犬と同じで、戦場で命を預け合う親友だぞ。
「そいつ、殴っていいですか」
ブラック社畜時代の嫌味な上司を思い出して、むかむかしてきた。俺の手柄全部横取りした上、あることないこと俺を非難して、それをごまかそうとした野郎だ。
「後にしましょ。それよりこの子よ」
たしかに、それはそうだ。
「見て、左前の脛が折れてる」
「ちょっと触ってみます。……ラン」
「わかってる」
鼻面を抱いたまま、馬の耳に、ランが呟くように語りかけた。心を落ち着かせ痛みを抑える回復魔法だ。
じっとした馬の脚を、そっと触ってみた。脛……といっても馬の場合、人間で言えば踵からつま先までの間に相当するらしいが、たしかに折れている。触った感じでは複雑な粉砕骨折には思えない。素人なんで断言できないが多分、一箇所ぽっきりいっているだけだろう。
「たしかに折れてますね。……でも幸い、単純な折れ方だ」
俺は考えた。現実世界では、競走馬などは骨折すると安楽死させる。速く走ることだけに向けて改良された品種なので、脚も細く、骨折治療は事実上不可能だからだ。
だが、農耕馬や荷馬は別。この世界の馬も、荒れた足場の戦場を駆け回るとき有利な品種なので脚は短めで太く、頑丈だ。なんとか治療できるとは思う。……ただし、有能な回復魔道士がいればだ。
なんせ剣と魔法のここゲーム世界では、医学には期待できない。科学技術は、現実よりはるかに遅れている設定だから。たとえば電気は産業的には利用されておらず、電灯すらない。王宮には魔法の明かりがあるらしいが、普通はオイルランプ生活だ。
要するに遅れた科学技術の分、魔法がカバーしているわけよ。
「魔法使いが必要ですね。力のある魔道士が」
「だから呼んだのよ」
リーナさんが頷いた。
「ランちゃんは、魔法適性が高いから」
「教師がいるでしょ。それこそSSSクラス担当の高位魔道士とか」
本来のゲームでは、ちゃんと存在してるからな。育成パートで世話になるし。多分ここ「現実」でもいるはずだ。
「今日は休日だから、みんな出払ってるか家にいる。私は養護教諭だから、学園に常駐。学園生は寮生活でしょ。急病人は、日曜だろうと夜中だろうと出るからね」
なるほど。だから白衣を着てたし、馬小屋住まいの俺達を呼んだのか。現場のすぐ近くだからな。
「すぐやりましょう。骨が折れると血流にも問題が生じるし、下手すると敗血症になる」
よくわからんが、馬も人間も同じだろ。救急医療のドラマ、見といてよかったわ。
「モーブくんは、どうするつもり」
「そうですね……」
ドラマで言うなら……。俺は考えた。
「骨折部分がまっすぐになるようにして、副え木でがっちり固定。あとは魔法で骨を融合させましょう」
「そうね。やって」
「俺、副え木になりそうなもの探してきます。ランと魔法の打ち合わせしていて下さい」
「わかった」
馬小屋を掃除したり飼料をかき混ぜる、鋤があったはず。昔の鋤で折れて放置されてた奴も。あの類の棒とか板とかあればいいよな。
馬を掻き分け、馬小屋の隅に放置されてた資材を適当に集めてきた。ふさわしい長さのものを、いくつか選り分ける。長い奴を切って調整する時間はないからな。
「これを脚の周囲にいくつも置いて、縄で縛り付けます。リーナさん、手伝って下さい」
「うん」
「縛ると痛む。ランはそのまま、いかづち丸を落ち着かせてやってくれ」
「モーブ、任せて」
リーナさんとふたり、骨がまっすぐになるよう動かしてから、副え木を脚に当てた。手早く綱で縛る。リーナさんが魔法で綱を締めて、結び目も強化した。
「ぶるるるっ」
「あっ、暴れないで」
骨を動かす痛みと脚の違和感に、いかづち丸がもがいた。ランが強く鼻面を抱く。
「怖くないからね。偉いよねいかづち丸、痛いのに我慢して」
ランの大きな瞳から涙が落ち、いかづち丸のきれいな芦毛を濡らした。




