第27話 本当の王位継承者
グレイ、もといヴィンセント第二王子がこちらをじっと見据えながら口を開く。
「どうしてそう思ったんだ?」
そんな彼に対して、私はゆっくりと答えた。
「パトリック殿下の魔石耐性の低さです。よく考えてみれば、最初からおかしいことだらけでした」
次期国王となる者は『地下の間』にある《魔石》を管理するため、魔石への耐性が強い者が王位を継承する。
けれど今回の事件によってパトリック王子の魔石耐性が他の男子生徒達よりもはるかに低いことが露呈され、彼の王位継承順位は結果的に下がることとなった。
しかしそんな大事なこと、本来ならばもっと早く把握していることではないのだろうか。
「普通魔石への耐性があるかどうかなんて、王位継承順位が決まる前に調べられることです。なのにパトリック殿下が王位継承権を持っていたという事実に違和感を感じました」
多少魔石への耐性があるだろうと踏んでいたリュベル侯爵家も、まさかパトリック殿下にここまで耐性が無かったのは予想外だっただろう。
だからこんなにも大事になってしまったに違いない。
「また今回の騒動の発端でもあった第一王妃やパトリック殿下が信仰する他国の宗教───ヴェラリス聖教についてです。
リュベル侯爵家のように他国の宗教に傾倒する者をこの国の王座につかせることを、国王陛下はお認めになるのでしょうか」
他国の宗教に傾倒する者が王位に就いたが最後、その宗教の怪僧が国を牛耳ったという前例もある。
そうでなくとも宗教戦争に発展する可能性もあるのだ。
前世代に勃発した大陸戦争の爪痕がまだ残るこの国で、そんな火種をくすぶらせておくだろうか。
(…………もしかしたらヴェラリス聖教信徒であるパトリック殿下を表向きの王位継承者にしたのは、そういったことを危惧したリュベル侯爵家が暴走するのを見越していたのかもしれない)
力を持ち過ぎたリュベル侯爵家を解体する目的で、あえてパトリック王子を第一王位とし、彼らが自滅するのを待ち構えていたのかもしれない。
流石にそこまでは分からないが………そういった可能性があると考えた時、もしかしたら現時点で発表されている王位継承順位は本当は違うのではと思ったのだ。
全て私の憶測でしかないし、妄想だと言われても仕方がないだろう。
するとその時、目の前の彼がぽつりとこぼした。
「最初から俺が第一王位継承者だから、病床に伏すパトリック殿下のもとへ行っても問題ないと?」
その言葉に頷く。
そして彼はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「で、だ。俺の正体が君の言う通り第二王子だったとしよう。それで君は何が目的でこんな話をしたんだ?その推理を披露するためだけに言ったわけではないんだろう」
そうなのだ。
何も自分の推理を意気揚々と話すためだけに、彼の正体を打ち明けたわけではない。
本来ならば知らないふりをしていたはずだが、どうしても彼に───ヴィンセント第二王子自身に頼みたいことがあって打ち明けた。
「………まず、お詫びを。知らなかったとはいえ、私は多くの無礼を働きました。例えば最初の頃は水に濡れたマリーの着替えを覗いていないかと怪しんだり、またマリーが一時期貴方に対してストーカー扱いしていたことも、彼女に代わって謝罪したく………」
「もういい。分かった。気にしていない」
微妙そうな顔をするグレイ………いや、もう彼の正体はヴィンセント第二王子なのだろう。
ヴィンセント王子が深いため息を吐く。
「そもそも無礼だとは思っていない。だから気にするな」
まさか謝罪するためだけに正体を暴いたのか?
そう言わんとする彼に首を横に振る。
むしろ本題はここからだ。
そして私はそのまま、自分の服が汚れるのも構わず地面に跪いた。
急に膝をついた私にヴィンセント王子が動揺するのが分かる。
それから私は祈るように両手を握りしめ、領主に嘆願をする市井の人々と同じように口を開いた。
「殿下、どうかお願いいたします。マリー・ギャザウェルが所持していたガーネットのブローチを、どうか彼女のもとへ返していただくことはできませんでしょうか」
それにヴィンセント王子は息を呑む。
マリーが元々持っていた───母の形見であるブローチの行方。
すでにセレスティアが証拠隠滅として捨ててしまった可能性もあるが、もしそうでないとしたら押収品として調査機関のもとに預けられているだろう。
リュベル侯爵家の解体によって集められた押収品はいつ返ってくるのか分からない。
最悪取るに足らないものだと判断され、そのまま帰ってこない場合も考えられる。
だから、卑怯なやり方かもしれないが、第二王子の権限でうまく取り計らってくれないだろうかと思い頼み込んでいるのだ。
するとヴィンセント王子は跪く私の腕を掴んで無理矢理立たせた。
そして私の腕を掴んだまま、静かに言う。
「悪いが、彼女のブローチはすでにリュベル侯爵家が処分してしまったそうだ」
「………そう、ですよね」
「少し考えたら分かるだろう。すでに処分されていることくらい」
そしてヴィンセント王子の手の力が強まる。
「お前は………あるかどうかも分からないブローチを返却させるためだけに、俺の正体を告げたのか」
圧のある物言いに背中に冷や汗が流れる。
分かってはいたのだ。
グレイの正体がヴィンセント第二王子であることも、もしかしたら王位継承権が本当はパトリック王子ではなく彼にあることも、おそらく国家機密で。
それを私が無遠慮に口にすれば、口封じのために消されてしまう可能性もあるということも分かってはいた。
でも───
「お前は国家の機密を知ってしまったんだ。いずれ明かされ情報とはいえ、一貴族である令嬢が口さがもなく告げるとは何事か」
「…………大変申し訳ございません」
「王家への忠誠よりもマリー・ギャザウェルを優先したと思われても仕方ないぞ」
「私に王家への忠誠心が無いのでしたら、とっくの昔にこの情報をリュベル侯爵家の残党派閥にお伝えしています。
もしここで私が秘密裏に処分されたとして、そのことを第二王子がしたとなれば世間はどう思うでしょうか?ここに来る前に、貴方の正体を明記した遺書だって用意できたんですよ」
「脅しているのか?」
「まさか。そうしなかったということは、王家への忠誠心は消えていないという証拠です」
長い沈黙が訪れる。
彼の金色の瞳が少しも揺らぐことなく私を見据える。
自分よりも上背のある男───まして王族相手に、自分はなんて無謀なことをしているのだろうと思う。
するとヴィンセント王子はしばらくして、私の腕を離し深く溜め息を吐いた。
「…………今後もし、奇跡的にブローチが見つかったなら返却すると誓おう」
「え?」
「スクラップしたとか売りに出したとか、処分方法まではまだ聞いていない。リュベル侯爵家の者に効いて、もし万が一形として残っていたら、元の持ち主へ返してやると言っているんだ」
彼のその言葉に私は声を上げた。
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり今回の俺の正体については誰にも言わない───いいな?」
「もちろんです!殿下!」
「言ったな?」
そう言って大きく溜め息を吐くヴィンセント王子に何度も頭を下げる。
もしかしたらマリーのブローチは見つからないかもしれない。
けれど、僅かでも可能性があるのなら賭けてみたかったのだ。
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