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第25話 灰色の仮面の裏側




 数日後、私は再び王立学園の門をくぐった。

 あの日の騒動からほとんど傷も負わずに済んだため、早々に退院することができたのだ。

 

 学園に戻れば、すでに去年の騒動が全てリュベル侯爵家の手によるものであることが周知されていて、私もその計略に巻き込まれた被害者だという噂が流れていた。

 そのせいでクラスメイトの令嬢達からは心配されたものの、最も驚いたのはそこではない。

 

 私と同じく、いや、それ以上にマリーは『リュベル侯爵家の陰謀に巻き込まれた哀れな令嬢』として手のひらを返したように同情されていたのだ。

 


 

「───でもびっくりしたわ。まさかセレスティア様があんな恐ろしいことを仕出かす方だったなんて。マリー様も可哀そうよねえ?」

 

 そんなことをいけしゃあしゃあと言ってのける同じクラスのカースト一軍令嬢スカーレットに呆れてしまう。

 

 少し前まではマリーのことを(誤解していたとはいえ)目の敵にしていて、男子を使って乱暴までしようとしていたとは思えない豹変ぶりだ。


(わたくし)、マリー様を誤解していてとても酷いことをしてしまったわ。彼女があんなにも反抗的な態度だったから、つい貴族の令嬢としてのマナーを教えようと………」

「仕方ないですわ。皆誰もが誤解していたんだもの。スカーレット様のせいだけじゃないわ」

「そうかしら?ええ、まあ、そうよね?」

 

 セレスティアが投獄された今、このクラスの実質的な権力者であるスカーレットの周りに取り巻きの令嬢が口々と慰める。

 

 それにスカーレットが「そうよね?やっぱりそう思うわよね?」と調子に乗って言うものだから、最初から反省なんてしておらず、自分を立場を守るためだけにパフォーマンスをしているのだろうと察してしまった。

 

(めちゃくちゃ調子が良いな………)


 しかし彼女が男の子達を使ってマリーを襲おうとしていたのは事実。

 その被害者であるマリーや、その場にいた私はそれをきちんと把握している。

 

 教室の自席からスカーレットを眺めていれば、ふと彼女と目が合った。

 

 そんなスカーレットに愛想笑いを浮かべてみせれば、彼女の頬がひくりと引き攣ったのは言うまでもないだろう。




 ・

 ・

 ・




「ほーんと、貴族って調子が良いんだから……」


 中庭のガーデンチェアにて。

 私の隣に腰掛けたマリーが、呆れ顔で肩をすくめる。

 

 マリーは現在たくさんの生徒達から謝罪を受け取っている最中なのだ。

 

 彼女が養子入りした先代騎士団長ヴォルフラム・ゴーントは先の大陸戦争で国を守った英雄的な存在で。引退した今も尚影響力は強く、そんな彼の養子となったマリーと今後懇意にしておいた方が良いだろう。

 そんな思惑もあって去年のことや、騒動後のいじめの件は水に流しましょうと言ってくる生徒が多いそうだ。


 けれどそういった権謀術数はこの先貴族として生きていくならば必要であるし、許せなくともここは許した振りでもして恩を売っておいた方が得策だ。


「こういうのも慣れていくしかないのよねえ」

 

 それをマリーも理解しているのか。

 大きな溜め息を吐きだす。

 そんな彼女に私は「そういえば」と話しかけた。

 

「ホークウッド様は何か言ってきた?」

 

 マリーが本当に去年の騒動を引き起こしたのかと疑っていた騎士団長子息、アーサー・ホークウッド。

 

 するとマリーは、少しだけおかしそうに笑った。

 

「ああ、彼にもすっごく謝られたわ。もう別に気にしてないんだけど、去年は本当に悪かったって。アーサーも《魅了の魔石》で操られていた被害者なのにね」

 

 けろりと言ってのけるマリーに私はほっと安堵する。

 

 原作の物語の中で、アーサー・ホークウッドは思い込みに囚われ、暴走する青年として描かれていた。

 けれど彼は確かに成長していて、己の過ちを認られるようになったことに感慨深く思う。

 

「ま、ヴォルフラムさんが先代騎士団長っていうのもあるんでしょうけどね。もちろん本当に反省してくれてるってのも分かるけど」

 

 そう言って肩をすくめるマリーに私も笑みをこぼす。


 するとその時、マリーの顔がふと陰った。


「でもなあ………」

「どうしたの?」


 口篭るマリーに不思議に思っていると、彼女は苦笑しながらぽつりとこぼした。

 

「冤罪が晴れたのは良いけど、結局お母さんから貰ったブローチは返ってこなかったなって。多分セレスティアが処分しちゃったんだろうけど、それだけが心残りっていうか………」


 彼女は苦笑したが、その表情には寂しさが滲んでいる。

 母親(ミア)から贈られた大切な品を失う痛みは、いくら代わりの言葉を重ねても埋められないだろう。


「お母さんが亡くなる前の、私の誕生日にもらったものなの。だから………お母さんに申し訳ないなって」

「…………そう」


  私はそれに、ただ黙って頷くことしかできなかった。





 ◇



 


 マリーと別れた後、私はグレイに呼び出されていた。

 

 待ち合わせの場所は恒例の旧校舎で。指定の空き教室に足を踏み入れれば、もっさりとした前髪で目元を隠した青年がすでに待ち構えている。


 彼は旧校舎の時計棟で、屋根から落ちかけた私とセレスティアを助けてくれたのだ。

 その時の礼もまだ伝えられていなかったため、ちょうど良かったと思う。

 

 そしてお礼を言おうとしたその時、グレイは私を一瞥するや否や深く頭を下げてきた。

 

「え、あの………?」

「エニス嬢、この度は貴女を危険な目に遭わせ申し訳なかった」

 

 その言葉に思わずぎょっとする。

 おそらく私がセレスティアに誘拐されたことを指しているのだろう。

 

 いや、そもそも調査に協力していたとはいえ、セレスティアから『お目付け役』を強制されていた時点でああなることは必然だ。

 

 それに私は身投げしようとするセレスティアを止めようとして、間抜けにも自分まで屋根から落ちかけたのである。

 そんな自分達を助けてくれたグレイには感謝しかない。


「頭を上げてください。そもそも私から提案したことですし、グレイのせいで危険な目に遭ったことは………むしろ私が自ら遭いにいったという方が正しいというか………」

「だが、セレスティア・リュベルに誘拐されただろう」

「いえ、あれはどちらかというと、セレスティア様に『お目付け役』を指名されたからああなったわけで、調査に協力していようがしていまいが攫われていたと思います」


 むしろ調査機関が裏でしっかりリュベル侯爵家とギャザウェル男爵家を調べ上げていたにも関わらず、セレスティアに捕まってしまったのだ。

 

 そのせいで事件が大きくなってしまったようにしか思えない。

 本当に申し訳ない。

 

 するとグレイは小さく笑った。

 

「…………だが、改めて言わせてくれ。今回、我々の調査に協力してくれて本当に感謝している。君がいなければセレスティアは命を絶っていた可能性もあっただろう」


 正直、役に立ったという実感はないし、むしろ邪魔をしたような気すらする。

 だが、彼がそう言ってくれるなら、これ以上言い返しても仕方ない。

 

 それに今回私を巻き込んでしまったとして(全くそんなつもりはないが)キングズリー辺境伯から、うちの領土の未開墾地の援助を受けることになったのだ。

  本当にありがたい。


(私も、調査に協力して良かった)


 セレスティアが捕まったことに対してではなく、何よりマリーの冤罪が晴れたのが喜ばしい。


「私の方こそありがとうございます」

 

 私がそう言うと、彼はふと真剣な面持ちに変わった。


「それから俺は学園を去ることになった」

「え? それはどうして………」

「色々あってな。だが、エニス嬢のせいではないから安心してほしい」


 なるほど、と素直に頷く。

 確かに彼には多くの事情があるだろう。

 

 ───だって彼は、ただの一学生であるはずがないのだ。

 

 私は胸の内で、ひとつの確信を抱いていた。

 

「……………グレイ」

「何だ?」

 

 きっと彼とこうして言葉を交わせるのは、これが最後になるだろう。

 

 私はしばらく考え込み、覚悟を決める。

 

 そして深く息を吸い込んだ後、姿勢を正した。


 

「グレイ……───いえ、ヴィンセント・テンブルグ第二殿下。この度は数々の御無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした」


 

 彼は一瞬、きょとんとした様子を見せた。

 

 けれどすぐに前髪をかき上げ、その瞳を露わにする。

 

 金色の瞳。王家の証。

 そして彼が露となった顔を私に見せながら、苦笑した。


「偶然見てしまったんだろう。この俺の目を。確かに王族と同じ金の瞳ではあるが、遠縁に王家に連なる者がいて………」

「…………」

 

 私は何も言わずに彼を見つめた。

 ただその瞳だけで私は彼を第二王子と気付いたわけではない。

 

 そして沈黙の後、彼、いや、ヴィンセント第二王子は観念したように口を開いた。


「───いつから気付いていたんだ?」

 

 旧校舎の窓から射し込む夕陽が、教室を朱に染めていた。

 その光の中で、彼の金の瞳は一層鮮烈に輝いて見えた。



 



 


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