第24話 ずっとここにいたの
マリーから手渡された手帳、もとい彼女の亡き母の日記をめくる。
懐かしい日本語で書かれたそれらの文章に、マリーの目も気にせず読んでしまう。
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【天洋暦648年〇月〇日】
マリーが産まれて、もう1年。
ようやく夜まとめて寝てくれるようになったから、記録として日記を書いておこうと思う。
私があの『悪役令嬢は優雅に微笑む』の男爵令嬢の母親に転生していたとか、全然気づかなかった!
この子が産まれて、祖父が『マリー』と名付けようとしてようやく気付いたんだけど、鈍いほどにも程があるよね。
でもこんなかわいくて大切な子を、将来学園をめちゃくちゃにする腹黒男爵令嬢には絶対させないんだから!
お母さん、がんばるね!
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そうやって始まった日記に、マリーが何故原作と違う性格なのかをようやく理解する。
マリーではなく、彼女の母親が『転生者』だったのだ。
そして読み進めていくと、マリーの成長の喜びや将来への不安。魔物もいる物騒な世界だという理由で剣の覚えのある祖父から剣術を習わせたり、自身の得意な裁縫を覚えさせたりといった記述が書かれていた。
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【天洋暦654年〇月〇日】
マリーが6歳になった!
一人でできることがどんどん増えてる!
子供の成長って本当に早い!
今のところ原作のマリーの性格とは全く違う良い子に育ってくれてるんだけど、元々の気質的に本当は良い子だったんじゃないかな?と思う。
そもそも原作のマリーの性格って、シングルマザーの母親が男をとっかえひっかえしていたことが影響しているわけなんだよね?
だからこうして祖父や私と一緒に田舎でのんびり生活しているから、そんな心配いらなかったみたい。
将来私は病死確定だし、祖父も高齢だから、マリーが成人するまで一緒にはいられないと思う。
だから原作通りギャザウェル男爵家に引き取られて、学園に転入させられちゃうかもしれない。
でもしっかり者で、自分の意見がはっきりと言えて、本当はすごく優しい女の子のマリーなら学園でもうまくやっていけると思う(親ばかかな?)
まあ、男爵家に見つからないようこうして田舎でひっそりと暮らしているわけだけど………もし万が一そうなってもこの子なら人の婚約者を取るような真似はしないと思う。
それにしても病死確定なんて、やだなあ。
マリーとずっといっしょにいたいよ。
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「ねえ、どうしたの?やっぱりエニスにはこれが読めるのよね?なんて書いてあるの?」
話しかけてくるマリーにふと顔を上げる。
この子は、転生者である母親にたくさん愛されて育ってきたのか。
そう思うと今の彼女がとても眩く見える。
「マリー、貴女はお母様のことが好き?」
「ええ、もちろん!私のお母さんも好きだけど、おじいちゃんのことも好きよ!」
そんなマリーの言葉に自然と笑みが浮かぶ。
日記の内容は細かく書いてあるところもあれば、いきなり何か月飛び越えたりすることもある。
おそらく彼女の母は気が向いた時にだけ日記をつけていたのだろう。
それもあって1冊に収まっているのだろうが、それでも今日一日だけで全て読むのは難しそうだ。
私はページをぱらぱらと捲り、マリーにもし翻訳をしてほしいのなら数日貸してほしいことを伝えようとする。
しかしその時。
日記の最後のページを見て、思わず固まってしまった。
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【天洋暦663年○月○日】
マリーが15歳になった。
誕生日に奮発して買ったガーネットのブローチをあげれば、喜んでくれてすごく嬉しい。
私の身体は病気が進行していて。
立ったり歩いたりすることはできるけど、もうすぐ原作の時系列に入るだろうから、そろそろだと思う。
ああ、もう、本当に嫌だ。死にたくない。
何よりマリーを悲しませたくない。
かわいくて大事なこの子を置いて死にたくない。
前世のお父さんやお母さんも、私が死んだ時こんな気持ちになったのかな。
親友だった恵実ちゃんも、悲しんでくれたのかな。
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「…………エニス?」
マリーが声をかけてくるが、返事ができない。
偶然かもしれない。
私の前世の名前は恵実──羽川恵実だったから、驚いてしまった。
けれどよくある名前だし………マリーの母親である転生者の親友に、私と同じ名前の親友がいただけかもしれないと思い直す。
しかしそうは頭で思っていても、予感めいたものを感じて仕方がなかった。
だって、私の親友は……───
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前世のことは今でもはっきり覚えている。
仲の良い両親と、私のことをいつも笑顔で「ミアちゃん」って呼んでくれる幼馴染兼親友の恵実ちゃん。
恵実ちゃんは幼稚園の頃、男の子からいじめられていた私を助けてくれて。
それからずっと一緒にいる、一番の友達。
だけど恵実ちゃんとは違う高校に入学して、派手めの女の子達に目を付けられて苛められるようになったんだよね。
苛められるようになって、でも誰にも相談できなくて。
両親にも言えなかったし、新しい学校で忙しくする恵実ちゃんにも心配かけたくなくて話せなかった。
毎日何だかつらくなって、家から出るけど学校には行けなくなって、そのままうちのマンションの屋上で時間を持て余すようになって………。
その時、もたれていた屋上の柵が壊れてて、そのまま落ちて死んでしまったわけだけど───
多分きっと、自殺だと思ってるよね。
私の死因を自殺だと勘違いして、お父さんもお母さんも、恵実ちゃんも苦しまないでいてくれたらいいな。
………だけどまた、私は大切な人を遺して死んでしまう。
世界で一番大切な我が子を置いて、死にたくない。
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「……………マリー、貴女のお母様は何という名前なの?」
「? ミア・エインズワースよ」
ミア。
相原美亜。
奇しくも私の親友と同じ名前だった。
いや、同じなんじゃない。
この日記の持ち主は、マリーの母親である転生者は、美亜だ。
高校生の頃、いじめが原因でマンションの屋上から飛び降り自殺した、いや、したと思い込んでいた私の親友。
それに気付いた瞬間、私は今までマリーに感じていた既視感の正体がようやく分かった気がした。
ずっと彼女に、美亜を重ねていたのだ。
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もし万が一マリーがギャザウェル男爵家のもとに引き取られて、学園に行くことになっても、絶対に原作みたいなことにはならないって断言できる。
人の婚約者を取っちゃ駄目!って口を酸っぱくして言い聞かせてきたし、貴族の礼儀作法は残念ながら教えられなかったけど、マリーはとても良い子だから、きっと助けてくれる子が現れると思う。
学園に行くことになっても、どこへ行っても。
絶対に友達を作らなきゃ駄目っていうわけではないけれど。
マリーにも恵実ちゃんみたいな子が現れたら、お母さんは心強いな。
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胸が痛い。
いつの間にか視界がぼやけて、うまく読めなくなっていた。
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マリーへ。
人の大切にしているものは、その人だけのものだから奪おうとしては駄目だよ。
そんなことしないって信じているけど、念のためね。
それからこの先、もしお友達ができたら大切にするのよ。
お母さんは大好きなマリーをずっと見守っているからね。
ずっと、ずっと見守っているよ。
ずっと、ずっと大好きだからね。
世界で一番、愛しているよ。
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「……───」
そこで、日記は終わっていた。
本を閉じることもできず、ただ呆然とする。
美亜。
美亜、ずっとここにいたの。
もっと私が、他に転生者がいるか探していたら会えたかもしれないのに。
するとその時、顔に布が押し付けられた。
ハッと顔を上げれば、マリーがハンカチで私の頬を拭っている。
そして彼女は仕方なさそうに苦笑して口を開いた。
「お母さんが言ってた。お友達は大切にって。だから泣いてる友達の涙も拭いてあげるんだから」
───恵実ちゃん!
前世の、美亜の顔が蘇る。
幼稚園の頃に出会って、仲良くなって、一緒に遊ぶようになって。
小学生の時は家族ぐるみで旅行にいったり、近所のショッピングモールでゲームしたり、プリクラを撮ったりした。
中学生の頃はお互い違う部活に入ったけれど、時間が合えば互いの家に遊びに行って、お気に入りの漫画や小説の話をたくさんした。
他愛のない、はたから見れば取るに足らない一瞬の出来事の数々がきらめていて見える。
美亜は少し抜けてて、おっちょこちょいで。
ちょっと心配になるくらいお人好しな女の子で、私の───世界で一番大切な親友だった。
その親友の───世界で一番愛する者が目の前にいる。
「エニス?」
日記を抱えたまま、私はたまらなくなってマリーの身体を抱きしめた。
涙がとめどなく流れる。
困惑するマリーに申し訳なく思うものの、もうだめだった。
「え、ちょっとエニス!?ど、どうしたのよ、いきなり………!」
「ごめん、マリー。ごめんなさい。わ、私がもっと早く、貴女を信じて味方になってあげれば、たくさん苦しまずに済んだのに。私は、いつも、何をするにも遅くて、後悔してばかりで」
もっと早くマリーの味方になってあげられたら良かった。
そもそも去年、私が留学なんかせず学園にいたら、原作とは違うマリーの様子に気付いて、何かできたかもしれないのに。
自分でも何が言いたいのか整理できず、感情のまま吐露してしまう。
するとマリーが突然「あはは!」と笑い出した。
「何言ってるのよ!エニスはずっと私の傍にいてくれたでしょ!ずっと助けてくれてたくせに、何でそんなこと言うの」
「マリー」
「エニス、本当にありがとう。………お母さんの言う通りだったわね。きちんと生きていれば、いつか私のことを助けてくれる人が現れるって」
そしてマリーが花がほころぶような笑みで告げる。
「今度は私がエニスを助ける番よ!この剣の腕でエニスが困っている時に守れるような、そんな人になってやるんだから!」
マリーの、甘いピンク色の髪が窓から差し込む光に反射して眩しい。
男爵令嬢マリー・ギャザウェル、もといマリー・エインズワース。
亡き親友の娘。
私はようやく、憑き物がとれたような心地がした。
読んでいただき、ありがとうございました!
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