第23話 顛末と日本語の日記
雨は止み、嵐は過ぎ去ったようだった。
グレイと私がセレスティアを連れて下の階へ戻れば、旧校舎の時計棟の周りには、たくさんの憲兵が慌ただしく動いていた。
マリーが対峙していたセレスティアの手の者達は身柄を拘束されおり、当のマリー本人は少し離れた場所で学園の先生や憲兵と何やら話しているようだった。
遠くからではあるが、彼女の身も無事であるようでほっと安堵する。
そしてこちらにやって来た憲兵にセレスティアを引き渡した後、グレイは話し出した。
「調査でリュベル侯爵家から魔石を購入した証拠が出た。そしてリュベル侯爵家の侍女が自白したぞ」
彼の言葉にぼんやりとそうなのかと思う。
それからふと気になっていたことを聞いた。
「あの、マリーのことなんですが………」
「問題ない。リュベル侯爵家の侍女の自白で、マリー・ギャザウェルが無実であることも証明されている」
それに心から安堵する。
良かった。本当に良かった。
もう一度マリーの方を見れば、彼女も心配そうにこちらを見つめており目が合う。
その姿に何だか涙が溢れてしまいそうになった。
「念のため医者を呼ぶ。だから安静に───」
緊張の糸が解けると、急に全身の力が抜ける。
ふと顔を上げれば、ちらりと濡れた髪の隙間からグレイの瞳───金色の瞳が見えてしまった。
(あ、グレイの目って………)
王族にのみ遺伝すると言われる、黄金の瞳。
そして彼が何か言いかけた瞬間、私はそのまま意識を失ってしまった。
◇
それから数日後。
王都の病院で目を覚ました私は、ベッドの脇に対峙する一人の青年を前に目を反らしていた。
自分と同じくすんだ栗色の髪に、焦げ茶色の瞳。
ハボット子爵家次男───ウィリアム・ハボット。
私の2番目の兄である。
領地経営をする両親や1番目の兄、それから花嫁修行で忙しくする姉は来れないとして。
王都の城で役人をしている2番目の兄が見舞いに来てくれたらしい。
「お前なー…もうどこから叱れば良いのか………。まずな?リュベル侯爵家のセレスティア嬢に命令されたからって、面倒な役目を何でもほいほい引き受けるな。確かにうちは侯爵家から援助をもらっているが、もっとうまく避けることもできただろ」
「本当に申し訳ありませんでした」
「あとグレイって奴に事件の調査協力を頼まれたんだって?お前がお人好しなのは分かるが、そういう危険な調査に協力するな」
「あ、でもそれについては私から協力したいと言ってて…………」
「ん?そうなのか?奴からは無理矢理巻き込んだと聞いていたが………その問題については俺の親父とキングズリー伯が話し合う。ともかく、お前が無事で良かったよ」
兄がそう言って大きな溜め息を吐く。
今世の家族───ハボット伯爵家は王国の西に位置する領地を管理しており、先代国王からの王命により、未開墾地の領地開拓も行う貧乏貴族だ。
けれど領民を飢えさせないように常に立ち回る生家は貴族として気高く、自分の子供達を学園へ通わせてくれる度量の深さがある。
両親も兄も姉も。小さい頃から私を知っている領民達も、年不相応に大人びた私を『普通の子供』扱いしてくれる。
そんな人達だった。
そんな彼らのことを考えず、私は自分の気持ちだけで好きに動き回って、危ない目に遭ったのだ。
その浅はかさに申し訳なくなる。
「お兄様。本当に、本当に申し訳ございませんでした。自分の立場や周囲のこともよく考えず、私は…………」
「もういいって。ちゃんと反省しているんだろ?」
「はい」
「本当はここでもう二度と危険なことはするなって言った方が良いんだろうが………この学園には色んな奴がいるからな。面倒事に首を突っ込む羽目になったら、今度はうまく立ち回れよとだけ言っておく」
兄が呆れたように苦笑するのを、私も笑みを浮かべて頷く。
そして「ま。俺も学生時代色々とやらかしたから、強く言えないんだよなあ」と遠い目をしてぼやく彼に、一体何をやらかしたんだろうと思った。
「それに何も悪いことばかりじゃない。今までリュベル侯爵家から受けていた援助を代わりにキングズリー伯がしてくれるそうだしな」
「え?」
その言葉に目を丸くする。
ある意味慰謝料みたいなものなのだろうか。
僅かに違和感を抱きながらも、それでも引き続き援助が続けられそうで私は胸を撫でおろした。
───それから、兄から今回の事件の顛末を教わった。
他国の宗教に傾倒する者が国王になった場合、要職をその関係者にするのではと危惧したリュベル侯爵家が主犯として第一王子の廃嫡を目論む計画を立てていたらしい。
そしてギャザウェル男爵家と手を組んで、王子好みの少女を送り込み《魅了の魔石》をもって彼を陥れようとしたそうだ。
いずれセレスティアを王位継承権一位となったヴィンセント第二王子と婚約させ、リュベル侯爵家は引き続き国の要職として在り続けようとした───というのが一連の筋書きであったらしい。
「…………じゃあ、リュベル侯爵家やギャザウェル男爵家は」
「おそらく取り潰されるだろうな」
セレスティアがどうなったかなんて言われなくとも分かる。
今はおそらく投獄されているだろうが、いずれ処刑されるだろう。
言葉を失う私に兄が口を開く。
「それからパトリック殿下だが………魔石への耐性の低さが問題になってな。そのことから王位継承権の剥奪はされないが、継承順位は下がるそうだ」
「え?」
「代々王家が魔石の管理を行うだろう?耐性の低い国王がすればどうなる。ここで分かって逆に良かったかもしれないな」
…………じゃあ、原作通り第二王子が王位継承者になるということか。
パトリック王子には同情しつつも、今も療養中ということならその方が良いのかもしれない。
するとその時、兄が席を立つ。
どうしたんだろうとベッドに座りながら思っていると、彼は病室の扉に視線をやった。
「そろそろ来るだろうな。お前にお客さんだよ」
そんな兄に首を傾げると、タイミングよく病室の扉が静かに開く。
そこには学園の制服を着たマリーが佇んでいた。
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「───エニス!中々お見舞いに来れなくてごめんなさい!色々ありすぎて最近ようやく外出の許可が出たの」
兄に退席してもらい、空いた椅子にマリーを座らせる。
そして彼女から話を聞くと、しばらく調査機関の管理する王都の邸宅で保護されていたらしい。
それからギャザウェル男爵家との縁を正式に切り、今度はとある退役騎士の養女として迎え入れられることになったそうだ。
「どういうこと?」
「私の母方のおじいちゃん………ドミニク・エインズワースが昔すごく名のある傭兵だったみたいで、おじいちゃんとよく戦場で一緒になったヴォルフラムさん───あ、私を養子として迎え入れてくれる人ね?その人が私を引き取りたいって」
ヴォルフラム………。
もしかしてヴォルフラム・ゴーント?
確か先代王立騎士団の団長の名前と同じではないだろうか。
すでに田舎に隠居する退役騎士だが、男爵位を王から賜っているため貴族ではある。
つまりマリーは、また男爵令嬢なのだ。
「もう貴族とかこりごりって思ったんだけど、おじいちゃんやお母さんの昔話とかしてくれるし、悪い人ではなさそうなの。………それに私、この学園にまた通っても良いって」
確かに冤罪が晴れた身としてこの学園に残るメリットは大きい。
高等教育を受けられて職には困らないだろうし、一躍時の人となったマリーにとって人脈を築く良い機会だろう。
「良いと思う。教育機関って市井じゃほとんどないものね」
「は!?違う違う!エニスがいるからに決まってるじゃない!」
「………………私?」
驚いてまじまじとマリーを見つめれば、彼女は拗ねたように口をとがらせる。
そしてしばらくして、どこか気恥ずかし気に口を開いた。
「…………私、貴女にいつか恩返ししたいって思ってて」
「恩返しって、そんなことされる程のことは………」
「ずっと一緒にいてくれたじゃない。学園で孤立して、苛められる私の傍にいてくれた。それがどれだけ心強かったか分からない?」
そしてマリーが椅子から立ち上がり、私の身体を抱きしめた。
「私、エニスがお目付け役になってくれるまで、たまに『なんかもうどうにもなんないし、死んじゃおっかな』とか思ってたくらいなのよ?………………だから、ありがとう」
それに思わず、涙が出てしまいそうになった。
胸が詰まって、反対に私が救われたような心地になる。
するとマリーはそっと身体を離し、持っていた鞄から何かを取り出す。
「あとね、今日は聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
何だろう。
そう思っていると、マリーは持っていた鞄から手帳らしきものを取り出した。
「これ、私の亡くなったお母さんの日記なの。何が書いてあるか分からなくて、ずっと読めなかったんだけど………そういえば前にエニスが見せてくれたノートに似たような文字が書いてあったなって」
ノート、というのは私がマリーに貴族の教養やマナーを教えていた時に見せたものだろう。
似たような文字とは、一体───。
マリーから日記を受け取り、パラパラとめくる。
そしてそこに書かれていたのは、紛れもなく日本語の文字だった。
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