9.帰りたい
夜になり、アリーシャは与えられた部屋のベッドでぼーっと寝転がっていた。
ブリ娘とのうざい時間、侍女たちと楽しい時間を過ごした後、神官と共にお呼ばれになったディナー……なんとも濃ゆいディナーだった。
――料理が、ではない。
料理は上品で見目麗しく、味も頬が蕩けそうなほど美味しかった。偏見的な思い込みでしかないが、こう闇雲に華美に飾り立て、高級食材や調味料をふんだんに使い、これでどうだといわんばかりのものが出てくるかと思っていた。
シェフ、そんなことを思った私をお許しください。
もしかしたら王の仕切りではないのかもしれない。ブリ娘だったらきっとピンク料理だろうから、もしかしたらまたルカミアかもしれない。
だとしたら、マジモンのクズである。
と、まあそれはさて置き、では何が濃ゆいのか?
それはもちろんこのお二人
ナルシーな王ライルとブリブリブリブリ、ブリ娘である。
目の前で繰り広げられる濃密な空気にアリーシャもクラクラである。嫌な意味で。不適切な関係から婚約関係、すぐに結婚式……嬉しいのもわかる。大っぴらにいちゃこらしたいのもわかる。
あーんもね、したいよね。
先程からお互い相手から口元に運ばれたものしか口に入れていない。
うんうん、自分では食べられない病にでもなっているのかしら?
あらあら、ブリ娘さんの口元にソースが。あらあら、ナルシー王が顔を近づけてからの~ペロンと。
うんうんお見苦しい。勘弁してちょ。
触りたい、触りたいよねー。大好きな相手なんだもんねー。腰やら太ももやらお胸やらお互いに撫でちゃうよね。
あら、でも私はいつの間に娼館に来たのかしら?
ちらりと視線を横に動かすと同じく長机と豪華な椅子に腰掛け料理を食べる神官たち。彼らも2人をちらちらと見ては顔を引き攣らせている。が、なんか微妙に羨ましそうに見ている気もする。
またまたちらりと視線を斜め前方に動かせばそこにはバッカス国の家臣たち。彼らは慣れたものなのか二人を気にする様子もなく食事をしている。
ということは……えっ、前からこんな感じということ?
婚約者はルカミア様だったはず。
ここの席に座るような高位の方々が自分たちの娘をさしおきブリ娘のような下級貴族の娘に王妃の座を奪われようとしているのにこの余裕たっぷりな感じはなんなのか?
家臣がより強力な権力を得るには王族との結婚が手っ取り早い。婚約者の変更がされ、新たなお相手が男爵家の貧乏令嬢とくれば、普通は自分の娘をと声をあげるもの。
それどころか優雅に目の前の光景を受け入れるとはどういうつもりなのか。まさか、この人たちも愛だの恋だの脳内お花畑なのだろうか。
――そのようには見えないのだが……。
彼らは2人だけの世界に閉じ籠もる主君と未来の王妃に構うことなくアリーシャに話しかけてくる。主に先日の穢れ祓いのお礼と今度行う結婚式についてだ。
そう、彼らは表面的にしろ常識人に見える。
まあ、他国の家臣が王をどのように思っていようとも聖女は関係ないので構わないが。
結婚式――結婚式――ねぇ。視線を前に戻すとピタッと椅子をくっつけ、2人で1人かのように身体をぴったりとくっつける王とぶり娘の姿。
もう1時間以上も経つというのにベタベタベタベタと。
よく飽きないものである。
だが見ている方はもうむーりー、精神的にきつい。
ごめん、私美しいものが好きなの。これが美男美女とかの絡みならまだ耐えられる…かもしれない。人のいちゃこらしている姿など別に見ていて楽しいものではないが。美男と美女ならば一つの絵画として認めよう。
だが!
ナルシー王はどこからその自信がくるのかと思うほど、よく言って中の上、フツメン寄りの中の上だ。ぶり娘もブサイクではないが、まあ美人でもない。色気たっぷりの普通の令嬢だ。
普通と普通が織り成す異空間、アリーシャには耐え難い。
美醜で区別する私、失礼です。認めます。
でも私悪くないよね?
こんな人前でしかもお偉方や他国の者が来ている前でいちゃこらするか?何もいちゃいちゃするなと言っているわけではない。誰であろうとも合意の上でいちゃこらするのは自由だ。
時と場所を選ぶべきである。
更に先程から2人の視線がうっとうしいうっとうしい。
一人はあたしってイケてるでしょ?王に愛されるあたしはあなたより上の人間なのよ、とでも言わんばかりの上から目線ビーム。
もう一人は下心満載。顔をジロジロ見ては鼻の下が伸びている。そしてぶり娘の身体を触ってはちらちらと羨ましいだろうと言わんばかりのドヤ顔。
お前などに触られたくないわ!と叫びたいくらいおぞましい。本当にどこからその自信はくるのか。
どう育ったらここまで自信が湧いてくるのか。王だから?
まあ自分も顔とか自信あるけど。平民だけど聖女様だから態度でかいけど。自分のことは棚上げってことで。
あ~~~~~~~~~~~~!!!
早く部屋に戻りたい。
~~~~~~~~~~
そして、結局最初から最後まで不快なものを目の前にしながら終えた食事会。部屋が見えてきてほっと吐こうとした息がヒュッと戻った。
背後から付いてきていた神官の口からはヒェッと音がした。ついで微妙に緊迫した雰囲気が神官たちから立ち昇る。
いやいや、緊張していないでどうにかしてほしいんですけど……。




