63.叔父
父親に無理矢理会議の場に連れて行かれてから数日後、再び彼女は王宮を訪れていた。今日は恒例の他の聖女たちとの交流会だ。
公爵邸ではなく王宮で行われることが疑問だったが、そんな疑問はすぐに消えた。
シェイラはいつも以上に居た堪れなかったからだ。いつもはシェイラの拒絶の心を読み取っているのか放って置かれ気味なのに何やらチラチラと視線がよく向けられる気がする。
それはそうかも知れない、だって王族や大臣たちに多大なる迷惑をかけたのだから。例えそれがシェイラが引き起こしたことでなくても止められない時点で人々は同罪たと思うものだから。
コンコンと叩かれるドア。
公爵夫人の入室許可の後に誰か男性が入ってくるが、どうせ自分には関係ないと軽い挨拶をした後は再び伏し目がちになるシェイラ。
「逃げないか?」
…………………………
?
先程入室してきた男性が質問をしているのに誰も返事をしない。不思議に思い顔を上げると男性と目が合った。
「あ…………」
自分に問いかけていたようだ。一瞬慌てて返事をしようとするが、男性がその問いかけた言葉を理解したときに思考が止まった。
今、この男性はなんと言ったか……逃げないか?
その意図は?
まじまじと男性を見ているとあることに気づく。
似ている――――――――――父親に。
父親を賢そうにして威厳たっぷりにした感じ、そしてどこか暖かい目にすればもはや瓜二つの顔。
もしや…………。
「おや、気づいてくれたかな?私は君の父親の弟だよ。いわゆる君の叔父だね」
「叔父様……ですか。………………逃げるって……そんなことできるわけない……です」
初めて会った親類。そもそも彼女は兄以外の親類に会ったことがない。お前には家族だけがいればいい。聖女というものは利用されるものだから、と。
どの口が言うのかといったところだが父親はシェイラに関する全てを独占したがった。
初めて叔父というものに会ったその感動もあったはずなのだが、口から出たのは逃げることについてだった。無理だと思うものの光が見えた気がしたのだ。思わず全てを放棄し掴もうとしてしまった。
失礼なことをしてしまった。
「なぜだい?」
「だって……逃げてどこに行くのですか?私みたいな厄介者誰も受け入れてなどくれません」
叔父は全然気にしていない様子で、特に咎めるでも注意するでもなく疑問を口にしたのでシェイラはほっとした。
「聖女村がある。君も知っているだろう?」
「聖女村…………」
知っている。平民に生まれていたら自分も住んでいたかもしれないと思ったことはある。だが、あそこは……
「聖女村は平民出身の聖女が行くところで、貴族出の聖女が行くところではないはずです」
「そんな法などこの世にはないよ」
「なくても!常識的にあり得ないではないですか!」
「そうかな?」
「そうです!」
これ以上世の中の流れから外れたくなどない。目が熱くなり涙が浮かんでくるのがわかった。いい人かと思ったのに……裏切られたと思ってしまうのは自分の心が弱いせいか。
「ふむ。ノア大聖女様は全ての聖女に聖女村に入る許可を出している。あそこは聖女のための場所なのだよ?」
「ですから……そんなことを謳っていても現に貴族出の聖女は行かないものじゃないですか!」
無性にイライラする。怒りが増幅する。
「……聖女村に貴族出の聖女が行かないのはメリットが少ないからじゃないのかな?あそこに行けば穢れ祓いで命を落とす場合もある。それに汚い場所にも行かなきゃいけないこともある」
だから何なのだ。何を言いたいのだ。イライラが爆発しそうだ。
「何もせずとも名誉だけは得られる。食べるものにも困らず、美しいドレスも着れて、宝石も手に入る。それなりに良い条件の人と婚約、結婚。家のために道具となることで貴族家に生まれた娘としての矜持も保てる。そりゃあ行かないさ」
だから、自分だって行かない……と。
「でも、君には今何が手に入っているんだい?」
何がって……急に頭が、心が冷えた。
「普通に危ないこともやらされて金蔓にされて、食事だって質素、ドレスだって君が着ているのは亡きお母君のドレスを小さくしたものばかりだよね?宝石だって買ってもらえない」
べ、別に子供に宝石なんていらないもので……。
「なんとかひねり出すとしたら貴族籍に身を置いているということくらいかな。ああ、後は結婚かな?はてさてどんな方と結婚させられるのか」
女を得るためならお金をばらまく好色ジジイか余命わずかな好色ジジイか……きっとまともな好青年などは選ばれないだろう。クズにはクズが近づいてくるものだ。
「よっぽど聖女村に行ったほうが楽しいと思うんだけどなぁ」
「でも私は貴族で…………」
でもそれにどんな意味があるのだろう。貴族として何も得られぬメリット、裏で汚れた偽貴族聖女と呼ばれている自分はそもそも貴族なのだろうか?もういっそのこと……
「聖女村に行くのにそこが気になるなら除籍してしまえば良いだろう?」
自分とてそんな考えが過ったが本当にそれで良いのか。なんやかんや言って平民であるよりも貴族でいたほうがいいはずで……。それに父親だって自分がいなくなったらどうなるか……。
「酷い扱いをされていても情というものは生まれてしまうものなんだねぇ。血というものはなかなか厄介なものだね」
情など……ないはず。
だって、親らしいことなどされたことなどない。
でも、でも本当に、本当にたまあにそれを寂しいと思ったことがあるのは事実で――。




