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ガールズトークin聖女村 〜聖女たちは今日も毒を吐く〜  作者: たくみ


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60.逃げた?

 そして翌日、歓談スペースにてジャックは2人の聖女の前で息を吐く。


「……お暇なんですか?」


「暇じゃないわよ」


「うまく時間をやりくりしてるって言って欲しいなぁ」


 彼女たちが常日頃から頑張っていることはわかる。わかるのだが、最近はほとんどここでおしゃべりに花を咲かせてばかりいる気がする。


「穢れ祓いが少ないことは素晴らしいことじゃない」


「ジャックぅ駄目だよぉ?いくら仕事狂いでも人の不幸を望んじゃあ」


「そんなこと思ってないですよ!」


 そんなことは思っていないが聖女として他にやることはあるはずで……


「ははははジャック君。世の中には休息日というものがあるのだよ。ワーカーホリックの君の辞書にはないかもしれないけれど」


「そうそう。休めるときには休んでおかないとぉ。ジャックちゃんみたいな体力は私たちにはないんだよぉ?ほら見てこのか弱い病弱に細い白い手を」


 そう言って掲げられた腕や手のひらは日差しなどものともせず透き通るように白く細い。だがかすり傷や皮が硬くなっているところがある。修道院や治療院の手伝い、穢れ祓い……彼女たちは見ているだけの立場ではないのだ。


 多忙な時は休みなく働く彼女たち。いや、いつ穢れが発生するかわからない中、彼女たちの心が本当に心から休めるときなどあるのだろうか?


 暫しの沈黙の後、ジャックは2人が座るテーブルに備え付けられた椅子に腰掛けた。


「あらあら、仕事は?」


「……今日は休みの日です」


「おぉ……まじもんの」


「社畜だねぇ…」


 確かに休みなのに出勤してしまった。仕方ないではないか。好きなのだ、誇りなのだ、この仕事が。それに何か色っぽい用事があるわけでもなし。


「そういえば……一つ聞きたいことがあるのですが」


「へー珍しい」


「ジャックがわからないことが私たちにわかると思わないけどぉ」


「細かい聖女村の規則やら神官庁の規則やらなんてわからないわよ?」


 はははは、それはそれで問題だが一旦スルーだ。


 ジャックは先日帰り際に貴族出の聖女がつぶやいた言葉は何だったと思うか問うてみた。

 

「…………ふむ」


「それはあれでしょぉ、ねぇ?」


「だろうね」


「何ですか?」


 果てさてどんな(酷い)言葉が出てくるか。


「「良かった、でしょ?」」


「いや、普通ですね」


「「ほほほほほ、ジャック私たちの思考はごく一般的よ」」


 はははは、何を言っているんだか。ほほほほ、ははははと少し笑った後睨み合う2人と1人。暫く膠着状態だったがアリーシャが髪の毛を掻き上げ口を開く。


「人前で、ましてシェイラの知り合いの前で幼馴染が自分たちの世界から逃げ出して、生き生きとしていると聞いたら良かったしかないでしょ。ましてあんたは神官だし公爵家子息の優良物件なんだから」


 そんな人の前で他者の悪口をあえて言うものは少々頭が弱いと思われる。


「まあ、そうですけど……」


 でもあの表情は――


「にゃははジャックぅ、人はいくつもの感情を抱えているんだよぉ?喜んでいるようでも自分と比べちゃう。相手が幸せであって嬉しいはずなのに、自分はって考えちゃって余計な感情までも芽生えちゃう」


「心から純粋に人の幸せを喜べる人なんてどれくらいいるんだろうね?」


「…………ではあの方も一方では」


「妬み」


「嫉み」


「嫌悪」


「不快」


「「なんかを感じてたかもね」」


「…………そこまでではないでしょう」


 少なくとも嬉しそうではあったと思う。まあ、でも人の幸せ話に対してなんらかの暗い感情が芽生えるのもちょっとだけわかる気もする。羨ましい、自分は?――と。


「うん?」


「「うん?」」


 そういえば先程の会話の中で気になる単語が出てきていた。


「逃げ出した?」


 貴族の世界から?


「うん、シェイラは聖女村に逃げ込んで来たんだよぉ」


 なんやかんや言いながら大切にされるのが貴族の聖女というものだ。栄誉はありながらも危険なことをすることはほとんどない。良い男との結婚、貴族としての豊かな生活……なかなかの幸せロードだと思うのだが。


「なんでですか?」


「自分だって神官庁に入ってるでしょうが」


「入ってますけど貴族籍は捨ててないですし、そのうち役職だって上がると思いますよ」


 世には忖度や高貴な血筋優遇というものがあるのだ。能力に関わらずある程度のところまでは行けると自分のことながら勝手に思っている。


「……意外と俗物だよねぇ」


「真面目なようでね」


 注がれる呆れたような視線。公爵家という王族を除けば最高峰の家系なのだ。そりゃあ甘い汁を啜ってきて全てを手放すのは惜しいというもの。


 自分は政財界における能力はない。そこらへんの権力とは無縁になりつつあるが、神官庁という別の世界で何かを得ようとするのはおかしいことではないと思う。自分とてそれなりの教育を受けた公爵家の人間なのだ。


 いかん横にそれた。


「それでなんでなんですか?」


「……ジャックがどんどん自分たちに似てくる気がする」


「嘆かわしいねぇ」


 しみじみと言われるが素知らぬ顔だ。自分だって少し厚かましくなってきている気がする。だが、素直に気になるのだ。


「皆様話好きなので、話してくれるかなと思いまして」


 いつもいらない情報まで入れてくるではないか。


「人の事情が気になるなんてねぇ、ジャックちゃんおばちゃんになっちゃったね」


「堅物真面目神官だったのにね。人って感化されるものってことがよくわかるよね」


 自分たちだって自分たちの影響だってわかっているではないか。ジャックが二人を呆れた目で見ているとアリーシャの視線がすっとよそに向いた。


「シェイラ、ジャックがあなたの過去に興味があるってさ」


 こちらに向かってくるシェイラがいた。


「ええ?あら嫌だジャック、いつからおばちゃんみたいになっちゃったの?」


「…………聖女村に来てからですかね」


 また、おばちゃんと言われた。ストンと椅子に腰掛けたシェイラはくすくすと笑っている。


「別に大した話じゃなくってよ?」


「優雅で幸福に見える貴族出の聖女様が貴族界から逃げ出すなんてそれなりの理由があったと思いますが」


 ちらりとシェイラを見るジャックの目にははっきり好奇心と描かれている。


「ふふふ、本当にくだらないのよ?


 本当に愚かな……


 愚かすぎる人間の際限のない欲望の話よ?」


 その言葉を聞いても聞きたい聞きたいと頭を上下するジャック。


 それに僅かに苦い笑みを漏らした後シェイラは口を開いた。 







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