59.貴族出聖女
聖女村の歓談スペースにて
「何よ、ジャックお疲れちゃん?」
「ホームでのお仕事だったんでしょぉ?」
アリーシャとリリアは机に突っ伏すジャックに気づき、声を掛ける。今日ジャックは彼の父親の命令で王宮でお茶会という名のお見合いをしてきたところだ。
仕事としては美味しいお茶を飲み美味しいお菓子を食べ、美女たちとお話をするという贅沢なものだったのだが。
「はい、疲れました」
ホーム……いわゆる貴族の世界。しかし、あのなんとも言えない澄ました感じ、お上品な動作、話し方……
「いや、まさにあんたが思う聖女像じゃない」
「いや、あれは違いますよ!あんなぎらぎらした圧……!」
「「失礼な」」
公爵家の末子、神官でしかも将来の幹部候補、がっつかれても仕方ないだろうに。
「いえ、そっちも疲れたんですけど……シェ、いやなんでもありません」
「「シェイラが何?」」
ちっ、やっぱり誤魔化せなかったか。
「いえ、まあなんか二人っきりで緊張したなってくらいのことなんですけど」
シェイラも王宮に用事があり、2人一緒に馬車で出かけていた。
「「なぁるほど……ほの字?」」
「違いますよ!!」
「「じゃ何よ?」」
なんだこのシンクロ率は?どこまで仲が良いのか。
それはさておき、何といえば良いものか。
「嫌いとかいうわけじゃないんですけど、落ち着かないといいますか……気が抜けない感じ?隙がない感じ?苦手な空気感?……懐かしいのに嫌な感じ?」
「「おいおいしっかりしなさいよ、公爵子息」」
一体なんなのだこの二人は。テレパシーでも使えるのだろうか。首をひねるジャックにまたもやハモる2人。
「「ああ」」
うん?何か思い当たるようだ。
「「シェイラは元貴族だから」」
「………え!?……………ああ、でもなるほどという感じですね……」
妙な緊張感というのか、品の良さが貴族社会を思い起こさせたのかもしれない。自分にはあのなんとも言えない妙な圧のある空気は合わなかった。
かといっていい暮らしをさせてもらったし、平民の生活に完璧に馴染めるかといえばノーだ。神官庁という場所だから苦痛なく生きていけるだけ。自分でも贅沢な苦悩だとは思うが、苦手なものは苦手なのだ。
「知らなかったぁ?」
「昔、ちょっと騒ぎになったはずだけど」
「そういえばあったようななかったような気がしますね……」
自分とて子供、覚えていない。
「あの後箝口令が敷かれてたかもね」
「私たちも子供だったもんねぇ。あんまり覚えてないやぁ」
「うん?そういえば明日も王宮に行くんじゃなかった?」
「はい、明日は貴族出の聖女様たちとの見合……じゃなくて仕事の報告会です」
どよんと暗い空気を纏うジャック。
だって彼女たちはほとんど報告することなどないはずなのだ。
貴族出の聖女はほとんど穢れ祓いも怪我の治癒もしない。なぜか?単純に穢れ祓いは危ないから平民の聖女にやらせるべし。怪我?血などそんな野蛮なものは平民に対処させなさいというわけである。
平民など信じられないとかいう高慢ちきなやつのところに行くぐらいだが、意外と少ない。有名どころの聖女となると平民出ばかりで実績がある方が安心感があるらしい。
だが聖女という肩書はなかなか重く貴重な存在ではある。今いる貴族出の聖女は伯爵家の娘が2人と男爵家の娘が2人だ。ちなみにあまり有能でもなければ金持ちの家柄でもない。
だからこそ、いい奴を捕まえてこいとプレッシャーが強いよう。聖女だからいい男を捕まえて当たり前、と。とはいうものの実際娶る方は給料が入らないし、邪険に扱えないし、面倒だという見方が強い。
まあ、見た目が非常に美しいからなかなか良いところに嫁げるものが多いが……今いる貴族の中ではジャックはかなりの狙い目ではあるから引き合わせておこうと思うのも仕方ないというものだろう。
明日もぎらぎらとした中で過ごさなければならないのか……今から少し憂鬱なジャックだった。
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「ドレスは窮屈ね」
王宮の回廊を歩きながらポツリとシェイラは呟く。真っ白なシルクを複数枚重ねたドレスを身に纏った彼女は春の女神のように美しい。
「シェイラ様はあまり華美なドレスを好まれませんね」
聖女村でもいつも聖女の服かシンプルなワンピースばかり着ている。アクセサリーや茶菓子などにお金を使っている印象だ。
「おしゃれはワンピースで十分だわ。宝石はお金になるし、美味しいお菓子は楽しいおしゃべりに花を添えてくれて身も心も満たされるから好きなのよ」
そう言ってふわりと笑う彼女はとても美しかった。その頭に浮かぶのはあの2人だろうか。
他愛もない話をしながらある一室の扉の前に到着したジャックはふーと息を吐き気合をいれる。あと1日だ、今日さえ乗り切れば明日からはまた聖女村での通常業務である。
…………………………数分後。
ジャックはぽかーんと口を開けていた。
これは……想像と違った。
同行してきたシェイラを中心として話に花を咲かせる聖女様たち。ジャックのことなど眼中にないようだ。
あ、すみません。
気づいたシェイラによって扇子で口を閉められた。
その後も話しかけられるにしてもシェイラのことを聞かれるくらいで、ジャックになど興味はございませんといった感じだった。
20歳前後の着飾った見目麗しき聖女たちが談笑する様は1枚の絵画のよう。王宮の見事な調度品、華やかな茶菓子……血筋だけ立派だがお顔が質素な自分が異質なもののような気がしてくる。
「「「御機嫌よう」」」
そう言って解散となった茶会。やはり特に報告などはなかったが女性陣だけで盛り上がって終わった。呆けるジャックに去り際一人の令嬢が声を掛けてきた。
「シェイラは聖女村で幸せそうですか?」
「え……幸せかはわかりませんが、生き生きとしていらっしゃるようにお見受けします」
「そうですか……………――――」
何やら最後にぽつりと呟いていたが聞き取れなかった。そういう彼女の表情はほっとしたようであり嬉しそうであり、少し寂しそうだった。
そして……ほんの少しだけ憧憬の色が見えたのは気のせいだろうか。




