58.帰還
神官庁聖女村支部歓談スペースにて
「「お疲れ様~~~~」」
「そっちこそお疲れ~~~~」
無事に帰還したアリーシャを迎えるのはシェイラとリリアだ。
「「ちんたら仕事でしたけど」」
「ごめんって」
自分の口が悪いことはわかっているがあれは良くなかった。気をつけなければ。
「まあ気持ちは分かるよぉ。あんなすぐに倒せるやつらの相手なんて苛つくよねえ」
「ふふふ、私だったら15分でキレてるわ」
「……ま、だとしても悪かったわよ。ちゃんと仕事をしている人に聞かせる言葉じゃなかった」
あっちこっち飛び回って事情を説明して、水晶玉の接続など大変だったはず。それを30分で終えたのだから大したものだ。
俯きがちなアリーシャにリリアとシェイラは笑みをもらす。なんやかんやいって口は悪いが可愛らしい部分があるのだ。暫く下を向いていたアリーシャが顔を上げる。
「それにしても、えらい目に遭ったわ。自分たちのこと英雄だとか言って旅に同行させろとか……とんだ勘違い野郎だったよね。どこの英雄譚物語だっつうの」
「そもそも勘違い王子に英雄要素ないしぃ。周りがおべんちゃらし過ぎて自分ってイケてる、強い、偉い、アイアムナンバーワンって勘違いしちゃったんでしょぉ?」
「でも他力本願だったわけでしょ?自分に実力がないのはわかってたということよね?」
「部下の手柄は自分のもの。部下の腕前も自分のものってね。自分の都合の良い風にしか物事を捉えていないのよ」
「旅に同行して守るって言われてもね……そもそも旅していないわよね。どちらかというと出張って感じよね」
「でもまぁ旅の物語で聖女とか神官が激強ってあんまりないかもねぇ。戦いっていったら英雄とか騎士がメインのお話多いもんねぇ」
「にしても英雄はないでしょ、英雄って……。せめて騎士でしょうが。騎士になる能力もなさそうだったけど」
「英雄の方がかっこいいと思ったんでしょうね」
そんなものに夢を見て、なんの実績もないのに英雄とか名乗っちゃうところにヤバさを感じる。これが平民であればアホと殴られておしまいだったのだろうが、欲深王の子供であったからこそ父親に上手くアホさを利用されてしまったのかもしれない。
ある意味可哀想といえるのかもしれない。
まあ、だが彼らも一応は大人、自分のしていることくらいちゃんと理解するべきだ。
「なんかの物語で英雄に憧れちゃったんだろうねぇ」
リリアの言葉に頷く二人。
聖女というものは存在する。だから英雄もいたっていいじゃないか。その考えは結構。だが聖女はこの世界に本当に必要なものなのだ。この世界で英雄が必要となるときは……あまり良い状況とは言えない。
戦争?魔物?紛争?
この世界で英雄というものが誕生とするとなれば、穢れ以外でイマージェンシーな事態が発生するということ。そんなものは物語の中だけで夢の中だけで見ればよいのだ。英雄という単語だけを切り取り、自分にそのレッテルを貼るなど愚の骨頂。
そんなふうに物事をイメージで捉えるから――――
「神官も聖女も弱いなんて思っちゃったんだねぇ。アホだよねぇ」
全くだ。
「聖女は様々な国に行き、王族や高位貴族とも関わり……穢れ祓いだけでなく相談……という名の愚痴を聞いたりする。色々な情報を持っているということ」
「それを狙ってくる悪ぅいやつらがそこら中にいることくらいわからないのかなぁ」
「ここは結界で守ってるから良いとして、外に出た無防備な状態のときに狙われたらどうやって守るっていうのかしら。私たちには騎士とか護衛はつけていないのに」
まあ、聖女自体は強力な結界が張れる。とはいえ、攻撃魔法は使えない。防戦一方では数で来られたら消耗してやられる可能性がある。
「となるとお付きの神官がとてつもなく強いとは考えないのかしらね」
いや、考えたりしないのだろう。勘違い王子たちのあのアホ面を思い出す限り絶対にない。アリーシャはゆっくりとカップに口をつける。
「聖女付きの神官自体も色々見聞きして、狙われるっていうのにね。ただお祈りを捧げて聖女のお供だけしてるなんて思われるなんて彼らも心外よね」
一般的に神官は魔術の腕も武力もいらない。だが聖女付きになると話は変わる。彼らに求められるは口の堅さ、聖女への信仰心、そして強さだ。
「ロメロもロビンもジャックも騎士団長レベルらしいわよ」
「はははは、じゃぁ、神官としてクビになったら騎士として働けるじゃん」
「首ぃ?」
「守秘義務違反とか?」
やだぁとけらけらと笑う3人の聖女に忍び寄る一つの影。
「守秘義務違反ばかりしている聖女様たちに言われたくないんですが……」
「「「あら、ジャック」」」
神官長への報告、様々な手続きを終えたジャックが立っていた。
「皆様お疲れ様です」
「仲間内で愚痴るくらいいいじゃない」
「それを守秘義務違反と言うんですよ」
「あらあら、あなたたちだって私たちの愚痴をこぼしあってるらしいじゃない」
ドキリとするジャック。
「こんなストレス溜まる仕事愚痴でも言わなきゃやってられないわよ」
色々なことがダダ漏れになり過ぎている気がするが……。
まあ、気持ちはわかる。
「外に漏れなきゃいいのよ」
「案外人を信じておられるのですね」
基本信じていなさそうだが。
「あらあら、私たちは聖女よ?慈愛に満ちていて優しくて善人の心を持った……ね?」
どこのホラ吹きさんかと言いたいが、小首を傾げて微笑むさまはザ・聖女様だ。
「仲間は信じてるわよ?もちろんあなたたち神官のこともね?」
確かに外に何か情報が漏れたことは一度もない。
ジャックははぁと息を吐く。
自分だって仲間内で完璧に守秘義務を遵守しているかというとノーだ。本当にまずいことは言わないが。でもたまにはどこかのお国事情や聖女たちの横暴とかをちらりと言ってしまうこともある。
クビは困るが多少の発散というのは大事なのかもしれない。
だが……………
この目の前の美しくも口の悪い聖女様たちは――――
「そういえば隣国の伯爵子息が婚約者の伯爵令嬢にチョメチョメ真っ只中の浮気現場に踏み込まれて、フルチンで屋敷中逃げ回ったらしいわよ」
「え――、そんなに自信のあるものだったのかなぁ」
「そうね。自信があってもパンツぐらいは穿いて逃げるべきよね」
「「「超ダサーーーー」」」
ぎゃははははと笑い声がジャックの耳に響く。
―――――もう少し言葉に慎みというものを持った方が良いのではないだろうか。




