54.愚者
ディナーの時間となった。
無駄にきらびやかな食堂にて長机に並べられた豪華な食事を挟んで英雄村と聖女村の面々は向かい合う。
聖女村の方は当然4人。
英雄村の方は3人。赤、青、黄色の髪の毛と瞳を持つ王子様たちだ。この英雄村には3つの小国の王子を中心としてそれぞれの国の貴族たちが十数人いるということ。
どの国も横暴な王が君臨し、経済的余裕もあまりないそう。民たちの鬱憤が今にも爆発しそうだとか。だからなんとか人気のある聖女と関わりをもとうと必死というわけだ。
それにしても先程から自信満々のキメ顔…たまにバチコーンとウインクしてくるのをやめて欲しい。
ゾクゥッと背筋に悪寒が走る。
「アリーシャ、よく来たね」
えー、呼び捨て……。世界最強の国であるシルビア帝国の王でさえ聖女殿と敬称をつけて呼ぶというのに。非常にイラッとする。
アリーシャが色眼鏡で見ていることもあるかもしれないが……その後もとにかくウザかった。
「いやぁ、王子でありながら世界を救う英雄だなんて参っちゃうよね。この見た目で英雄だなんて女の子が放っておかなくて困っちゃうよ」
この赤頭は何から世界を救うんだろうか。とりあえず国が苦しいみたいだから、金食い虫は消えればいいと思う。それに他の女の子に取られちゃうぞ、みたいなアピールヤメレ。惜しくもなんともないわ。
「アリーシャ穢れ祓いというのは危険で大変だろう?こんな神頼みのなよなよした神官たちでは君を守れないよ。僕たちが守ってあげるよ!だからこれにサインをしておくれ」
デカデカと契約書と書かれた紙を差し出される。内容は英雄村の英雄が護衛をしてやるから聖女村の金は英雄村のもの。これから稼ぐ金もほとんど英雄村に差し出せという内容だ。
納得のいかないありえない内容。これを通すには余程の説得力が必要だと思うのだがなんだそのざっくりとした説得は。
危険な仕事であることは否定しないが先程の住民たちの様子を見る限りこんな剣も魔術も三流以下のやつらに何を頼れというのか。せめて実力があれば考える余地はあるかもしれないが話にならない。むしろ悪徳業者の方がよっぽどうまく契約を取り付けるわ。
「聖女と言いながらたくさんのお金を抱え込んでるらしいじゃないか。聖女にあるまじき行為だよ?どうせ使い道なんてないだろうし……使ったとしてもなんの役にも立たないことにだろう?王子として国を背負い、民たちに施すために僕たちに金を回すべきだと思わないかい?」
いや、思わねぇわ。もらった給料を何に使おうと自由。だいたい役に立つ立たないって……なんで自分で稼いだ金を他人の役に立つことに使わないといけないのか。というか彼らは国から捨てられた人間。王になることはないのに何を背負うのだろうか。何かしらないがとりあえずその重さで潰れてしまえばいいのに。
自分たちの都合の良いことしか言わない王子に相槌さえもうたず、ただ笑顔を浮かべて時を過ごすアリーシャたちだった。
暫く同じような話が続いた。
うーん……苛ついてきたかしらねぇ……。
自分たちの渾身の説得に頷かないアリーシャにかなり苛立っているよう。人を見下すような、自分に従って当然だと思うような考えで話す野郎たちの言葉になぜ頷く必要などあるのか。
そんな言葉が許されるのは100歩譲って絶対的な強者……金があり、地位があり、頭脳があり、人望があり、超弩級のイケメンぐらいだ。だがそういう人は内心は知らないがそんな言葉は吐かない。
「アリーシャ、お前は……いや聖女村の女たちは平民だろう?お前らの格上の僕たちに対する態度を見る限り、貴族の相手は無理だ。聖女だからと調子に乗っているようではどこからも仕事が来なくなるぞ?僕らのような王族が間に入れば君たちの未来は末永く安泰だと思うがね!」
仕事が来なくなるわけがない。ちゃんと仕事はこなし、目の前の勘違いやろうと違い礼儀正しくふるまっている。というか聖女以外に穢れをどうにかできるものなんかいないのに何を言っているんだか。
あーあーあー……いい加減ウザさ限界値、怒りのボルテージはマックスだ。
だがいい話題を振ってくれた。
「そうですね」
ふわりと微笑みながら口を開いたアリーシャに3人の王子は顔を輝かせた。
「平民ゆえ……いえ、私の不勉強ゆえ王族の方や貴族の方にはしっかり礼をつくせていないこと大変遺憾に思っております」
「そうでしようなぁ」
「ああ、でもお前が悪いわけじゃないんだからな?強いて言うなら運が悪かっただけなんだ」
「僕たちみたいに生まれながらに高貴でないとなかなか振る舞いなどは身につかないものだからね」
慰めなのか自慢なのかディスりなのかわからない言葉を吐いてくる王子たち。振る舞いというかまずは人に対する口の利き方を学んだ方が良いと思う。
「おっしゃる通り私ではわからぬことばかりでこちらのシルビア帝国の男爵家と子爵家出身の二人にはとても助けられておりますの」
ちらりとロメロとロビンに視線を向けたあと、3人の王子に視線を移す。
「「「ははははは!」」」
突然笑い出す3人。
おかしくてたまらないとでも言いたげな笑い声、そしてその目に宿るはロメロとロビンに対する軽蔑という感情。
「アリーシャ?君は平民だから貴族のことに疎いのかな?男爵家と子爵家なんてほとんど平民みたいなものさ。そんな助けなんてあってないようなものだろう?」
「いや待てよ、彼らで十分助けになれてるなら王族たる僕たちが側にいたらどれだけの恩恵が受けられるか考えるといいよ?」
恩恵……ね。いかに自分たちが優遇されるかということしか考えていないくせに。アリーシャとて利己主義だ。だが、あくまで仕事の対価としていただくことはあっても、それ以外で必要以上に優遇などは望まない。
というか、ロメロとロビンの実家は爵位は高くないがかなりの金持ちだ。役職もなかなかいいものに就いている。ド貧乏な弱小国が怒らせていい相手ではないのだが。
まあでもこんな扱われ方をするのは二人には悪いがわかっていた。
「特にこのジャックは公爵家のご子息で「「「ははははは!」」」」
先程とは比べ物にならないくらい嘲り、馬鹿にしたような笑い声が食堂に響き渡る。
おいおい、マジですか……
「アリーシャ!公爵家は確かに高位貴族ではあるが所詮貴族だぞ!?王族の足元にも及ばんわ!品も格も全てが王族が上なんだぞ!?」
「そうだそうだ!まあお付きの人間としては十分かもしれないがな!」
「そんなやつらは荷物持ちにでもさせて我々をパートナーとして迎えるべきだろう!?」
いや、流石に想定外。
…………話にならない。
シルビア帝国の公爵家といえば長い歴史ながらも一度も落ちぶれたことがなく、王家との繋がりも深い。今の皇太子妃もジャックの姉だ。
弱小国とは月とスッポンというものだ。公爵家が崩れればどれだけの被害が帝国を襲うか……想像するだけで恐ろしい。
目の前の王子たちの国が滅びたら……まあどこかが引き取っておしまいだろう。国民は結構逃げちゃってるみたいだし。
流石に公爵家を出せば怯むと思ったのだが
……思った以上におバカちゃんだった。




