52.英雄村!?
聖女村支部内の歓談スペースによく通る美しい声が3つ響き渡った。
「「「ほ~~~~ら、やって来たでしょ」」」
今日も今日とて仲良くはもるのアリーシャ、シェイラ、リリアである。そして彼女たちの前に顔を引き攣らせながら立つのはおなじみジャックである。その背後には神官長がいる。
「ほっほっほっほっ、察しておりましたか。さすが聖女様たちですなぁ」
彼女たちは何を察したか。
この前言っていたノアの遺産を狙うハイエナがやってきたのである。おっほっほっほっと笑い合う4人にジャックは呆れ顔だ。
「で…………どんなやつが来たのかしら?」
…………………………………
………………うん?
…………………………………
………いや、神官長?なぜ何もお答えにならないので?
ちらりと視線を斜め下に向けると神官長は穏やかそうな笑みを顔に張り付けたまま固まっている。
……これは、もしや言いたくないのだろうか。
「何よ?」
「はやくぅ」
異変を感じたアリーシャとリリアが声を上げるが神官長は置物のように微動だにしない。神官長はジャック任せにしたいようだ。
では…………心の中で咳払いをしてから
「…△…〇………です」
「「「はい?」」」
だから
「…△…〇………です」
いや、小声でふにゃふにゃと……何も変わってないんですけど。
何やってんだといわんばかりの視線が痛い。
でも……ちらりと再び神官長に視線を向けるが変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
このジジイーーーー!
自分が言いたくないからといって……ええーーーーい!
「だーかーらー、英雄村の英雄様の代理として派遣された使者だそうです!」
あ、勢いで、だからとか言っちゃった。
室内からジャックの勢い余った鼻息以外の音が消えた。動きも止まった。思考も止まった。
暫くして、クスクスと笑い出す聖女たち。つられて神官長もほっほっほっと笑い出す。ジャックもつられてははははと笑い出す。
「やだぁ!ジャックもそんな冗談言うのねぇ!」
「英雄村なんて……なんの本読んだのよ?冒険物?」
「いえ、めっちゃまじめに言っております」
すんと真顔になる5人。
「冗談じゃなく?」
「はい」
「渾身のジョークじゃなくて?」
「はい。ていうか英雄村の英雄様なんて痛いやつみたいな発言したくないですよ」
自分だって言いたくなどなかった。
言葉だけ見れば聖女村だってあるし、目の前にいる彼女たちだって聖女村の聖女様である。英雄村の英雄様となんら変わりない。
これが本の中のことならこんな言葉が出てもなんら不思議ではない。
だが
「英雄って何に対する英雄よ」
「さあ」
「「「さあ!?」」」
そんな目で見られても知らないものは知らないのだ。
よく聖女と共に旅をする英雄などはこの世にはいない。世には魔族も魔王も存在しない。穢れ人はいるが彼らの首をきることはできても高確率で感染する。むしろ拡散する恐れが高いので中途半端に強いやつとかなんてむしろ邪魔なのだ。
そりゃあ歴史上英雄と言われるものはいる。偉大なる王、戦争を勝利に導いた将軍などだ。だが、英雄とて老いというものには勝てるものではなく、英雄とはたまぁに一人やほんの2、3人輩出されるもの。
村て……何人いるんだよ。
「そもそも英雄と呼ばれる人なんてどこにいるのよ?」
そうなのだこの数十年、シルビア帝国では戦争はしていないし他国もほんのたまにする程度だ。その過程で英雄と呼ばれるものがいたのかもしれないが……耳にしたことはない。
「ほっほっほっ。何やらよくわかりませんがこの聖女村と業務提携をしたいそうですぞ」
「「「業務提携?何するの?」」」
「聖女様と共に旅をするらしいですぞ。穢れ祓いを手伝ってやると、共に世を救いましょうとほざいておりましたぞ」
「頭わいてるのかしら」
「アリーシャ様!」
「すみません」
いや、でも言いたくなるでしょ。
「ほっほっほっ、まあまあ……ジャック気持ちはよくわかるじゃろう」
流石腹黒ジジイはわかっている。
「で、その上から目線で……膨大な謝礼金やおばば様の遺産も分け合いましょうって感じ?」
「この聖女村の聖女様たちの給与管理、財産管理は英雄村が、そして分け前はあちらが7こちらが3だそうてすぞ。助けてやるのだから、と。…………ほっほっほっ、クソが」
「いや、足手まといになるだけだしいらないでしょ?断ればいいだけじゃない」
アリーシャの言葉に少々困ったように白い顎髭を撫でる神官長。
あ、なんか嫌な予感がする。聖女3人は見ざる言わざる聞かざる……ぱっと神官長から黙って目を逸らした。
「断れなくはないのですがなぁ……相手様たちは王子様たちや高位貴族の子息なのですよ」
「え、この国の王様って親バカだったの!?そんなに高位貴族にへこへこするタイプだったの!?よくわからん奴らに村なんか与えて!?」
どちらかというと、自分にも他人にも厳しいながらも勤勉で民のことをよく考えているカリスマ性のある人だと思っていたのだが……。
「いえいえ、この国のではありませんぞ。弱小国の王子や貴族の小童共なのです」
ほう。
「だからこそノア大聖女の遺産云々を何かで知り、ネコババしよう、ついでに莫大な利益を生み出す聖女もゲット~なんて考えたんでしょうなぁ」
げ~~~~~~
そんなの無視無視。
いいじゃん弱小国の王子様なんて無視しよ。無視しよ。
じじいならできる。天下の腹黒神官長様ならできる。
じゃあなぜここに?
聖女たちは露骨に嫌な顔をした。




