51.お別れ
……うっ…………うっ…………
ところどころから涙を堪える嗚咽が聞こえてくる。
今聖女村にはここに住む全ての聖女、外に住む聖女、彼女たちと行動を共にする神官たちがそろった。それにも関わらずとても静かな空間。そして皆正装をし、下を向いていた。
……大聖女様…………
……ノア様……………
そんな声も嗚咽とともに聞こえてくる。
それは聖女村だけではなかった。至る所で同じように悲しみを胸に抱くものが多くいた。
――――――世界を救った大聖女ノアの死
ノアは先日アリーシャ、シェイラ、リリアの前で目を瞑った後、二度と目を覚ますことはなかった。聖女の寿命は一般的に短めだと言われている。それだけ聖力を使うというのは身体に負担がかかるのだとされている。
ノアは聖力を酷使したにも関わらず、80年近く生きた。
彼女は老衰だった。
眠りにつき、そのまま…………。
若い頃からその身を酷使し続けたが、最後は苦しむこともなく逝けたことに周囲の者は良かったと思った。
本来であれば国一番の大教会で葬儀をするべき立場であったが、本人が華美なものとはせず、参列者も最低限のものとすること。
自身が作った聖女村から旅立ちたいということを常々言っていたため、聖女村で限られた身近な人たちだけで見送りという形になった。
だが、身体はなくとも彼女に救われた人々、彼女を崇拝している人々が各地の教会に集まり祈りを捧げていた。教会に行かずとも自宅で祈る人も多数いた。
それだけ彼女の功績は偉大だった。
「こちらにおられましたか」
ジャックの言葉にアリーシャとシェイラとリリアは振り返った。
「ここは……?」
3人はなんの変哲もない大木の下……生い茂る葉を見上げていた。
「ここによく吊るされたなと思って」
「私も」
「私もぉ」
「は?」
吊るされた?
「穢れ祓いがうまくいかなかったときや、いたずらした時におばば様に吊るされたのよ」
「普通に体罰だったわ」
「まあ、おばば様の気持ちもわかるけどぉ。落とし穴に落ちて、その中にあった馬糞まみれになったらムカつくよねぇ」
それでも子供にやりすぎだよねぇと笑う3人に、それはどちらがやりすぎなのかと問いたいがとりあえず黙る。
「なんか無茶苦茶で唯我独尊なところもあったけど…でも……真面目っていうか。ザ聖女様だったよね」
「お付きの神官を格下扱いしたら往復ビンタかまされたわ」
「穢れ祓いがうまくできなかったときに神官のせいにしたら木刀飛んできたことあったよぉ。怖かったぁ」
「誰よりも穢れ祓いをできることを誇りに思って、それを操ることへの強い責任感、人より力を持ったことを利用しても悪用することはない人だったわね」
「強き者には程よいおべんちゃらを……人脈を築き、そして悪人からは惜しげもなく奪取」
「弱き者からは決して奪わず、聖女の面を完璧に被ってたねぇ」
3人は会話をしているのにお互いを見ることはなかった。ただひらすら上を見て話す。そこに懐かしい思い出が浮かんでいるかのように。
「…………皆さん大聖女様のことを尊敬されていたんですね」
「はは、ジャックちゃんー。今の聞いてて尊敬とか言うー?」
「…………違いましたか?」
3人は顔の向きを正面に戻して首をひねる。
「尊敬っていうか」
「親愛かしら?」
「私たちはおばば様に育てられたからねぇ。身も心もぉ」
「そうだったんですね」
3人はその聖力の高さから大聖女と呼ばれるノアと共に行動することが多かった。少しずつ力を失っていったもののかつて誰よりも過酷な道を通った彼女。その経験、力を受け継ぐべき存在とされた3人とは密な時間を過ごした。
「親にさ、尊敬とかなんとかってさ……」
認めたいような認めたくないような複雑な子供心というもの。
「ま、聖女としては尊敬してるよぉ。本当にすごいことを成し遂げた人だからねぇ」
「ふふふ、でも親?人?としてはね…………」
「「「ノーコメント」」」
ジャックは口角が緩く上がるのを自分で感じた。
ノーコメントと言いつつ、彼女たちのその表情からはいかにノアのことを尊敬し、大切に思ってきたのかわかる。
「ま、でも自分の最期を感じ取って最後に自分の功績を自慢気に語っていくなんてね、なんともおばば様らしいわ」
「え~、年取ると懐かしくなって昔の話したくなるって言うからそれじゃない?」
「あらあら、私たちにこの聖女村を守れってことかと思ったわ。守れなかったらわかってるだろうな?みたいな。ふふふふ」
お、少しいつもの調子が戻ってきたような。
いつもと言えば……
「ああ、そう言えば大聖女様の遺産は神官長が管理されて聖女村の運営に使っていくそうですね」
「おばば様そんなに使ってないからたくさんあるでしょ」
「美味しいものとか新人聖女に奢ったりするくらいだったものね」
「自由を求めて勝ち得たのにねぇ。がっぽりちゃんなんだからぁ」
「お金の使い方がわからなかったんじゃない」
アリーシャの言葉にまさかーと笑う二人。
「皆さん……神官長からせしめようなんて思ってないですよね」
お金のことで盛り上がる聖女様方、お金のことになるとがめつくなる聖女様方。聖女村で使うなら自分たちが管理してやるわ……とか騒ぎを起こすのは勘弁願いたい。
「私たちだって相手みてやるわよ」
「神官長はくすねるにしても少しだから大丈夫だよぉ。多少は仕方ないよぉ。あんなくそめんどくさい仕事、多少のうまみがないとやってられないよぉ」
お、おお。心配は無さそうで良かった。
彼女たちの神官長への見方が少々気になるが。
「ジャック」
「なんでしょうか?シェイラ様」
顔を引き攣らせるジャックに落ち着いた声音で声を掛けるシェイラ。その声音がいつもと違う気がして少しドキリとしてしまった。
「警戒するのは私たちではないわ。聖女村に多大なお金が入った。それを知った悪党がここに近づいてくるわよ」
「?ここには入れないはずですが……」
結界が張られた場所。聖女が張る結界に勝てる者などこの世にはいない。強盗などは何の問題もないはずだ。
「そういうことじゃないんだよぉ。ここに入らずにこの村が所有するお金を奪おうとしているやつが悪知恵を働かせるんだよぉ」
管理するのは神官長。そこに何かあるというのか?
「なんかしょうもないけど、やばいことが起きるかもね。人の金を奪おうとするかなりやばいやつはしょうもないやばいやつを使って物事を推し進める。すると……」
「「しょうもないけどやばいことが発生する」」
「えーー…………」
やばいやばい言われすぎて、信憑性が薄い気がするが、なんか不吉だ。
「なんか面倒なことが起きるかもねぇ」
やめてくださいよリリア様。そんな予言めいたこと言うの。
「ま、それは置いといて最期のお別れに参りましょうか」
アリーシャの言葉に黙って彼女のあとに続くシェイラとリリア。もしかしたら今後何か起こるのかもしれない。
でも今は――――――
偉大なる大聖女に祈りを捧げようではないか。




