49.村を頂戴
皇帝はゆっくりと息を吐く。それは諦めでもあり、ざわつく心を落ち着かせるためのものでもあった。
聖女たちが理想とするものとは一体なんなのだろうか。
金?
地位?
男?
豪華な食事?
「高額な給料そして土地……いえ、村をいただきたいです」
「村?」
「ええ、聖女と聖女に許された一部の人だけが住み、行き来できる村が欲しいのです」
「自由を求めるか?」
「そうですね。でも神官庁所属というのは変える必要はないかと。まあ色々と仕事を管理したり采配したりというのは大変ですからね」
「それだと今までとそんなに変わらないのでは?」
神官庁の指示で仕事をし、そこから給料ももらう。中抜きされたり、理不尽な目に合うと思うのだが。
「まあ神官長が変われば色々と変わるでしょう。それに言いなりの聖女と自由を得た聖女……扱う側も色々と配慮をせざるを得ないと思います」
「うーん……そんなものだろうか」
「はい。とにかく私たちが願うは村です。好きに買い物ができて、本も読めて、人の悪口が言えて、うわさ話ができて、気軽に寝転がることができる……ある意味、普通の生活と言えるかもしれませんが」
「別に村を作らなくとも普通に買い物に行けば良いのでは?」
「聖女がその辺で宝石とかドレスとか買っていたら苦情が入るのでは?イメージというものがありますから。それで結局やっぱり禁止となったら意味がないかと」
「では商人に来てもらえば……」
「買い物はそれでもいいかもしれませんが、監視みたいなことされる生活がもう嫌なのです」
「………………」
気持ちはわかる。痛いほどよくわかる。自分ももっと自由な生活をと思ったことがないわけではない。
「だが……力をもったもの、役目を持ったものが自由を奪われるのは致し方ないのではないだろうか?」
命を守るため、体裁を守るため、いろいろな理由はあるが皇族や高位貴族は一人では行動しないものだ。
「いや、私達平民なので。生まれながらに貴族じゃないので」
「だが生まれながらに聖女だろう」
一緒だ。
「いやいや、何をおっしゃいますか。私たちは善意で聖女をやっているのですよ。貴族は血を大事にされますからね、教育とか品性とか色々なことを叩き込まれるのは大変だとは思いますよ?でも実力があろうがなかろうがお貴族様~って大事にされて、美味しいもの、良い服を着てふんぞりかえれるじゃないですか」
別にふんぞりかえってはいないが。
「私たちは普通に平民に生まれ、聖女の力を持って生まれました。その力を使い国のためになるとはいえ、私たちにどんな見返りがあったっていうのですか?まあ貧民街の人たちに比べたらよい生活だと言えるかもしれませんが」
住むところも食べるところもない。そんな生活よりはましだといえる。
だが
「私たちは命懸けで、失礼ですけどそこら辺のお貴族様よりも国に貢献していると思います。それなのにそれ以下の扱いってどうなのでしょう?聖女だから特別な力を持っているから……こちらとしては理解しがたいイメージで色々な制限をかけられるなんて納得いきませんよ」
彼女の言い分はわかる。
でもこちらも納得いかない部分もある。
「今までは我慢していたではないか」
「今回の件で自分たちもどうなるかわからないと実感したんですよ」
自分たちだってあの世に逝っていたかもしれない。ただ今回は運が良かっただけとしか思えない。この仕事はそういうものなのだ。
次の仕事で命を落とすかもしれない。
今のままで良いのか。
んなわきゃない。
奉仕活動もここまでだ。
「力を貸してほしければ、対価を払うのは当たり前のこと。神官庁から金が回ってきていないのは皆さんわかっていたはず。力を貸してほしいものを蔑ろにして、いつまでもその力を使い続けることなどできると思わないことです」
「…………………………」
理解はするが納得いかないといわんばかりの顔の王。
「聖女ってもっと存在すると思うんですよ。平民だけではなく、貴族にも……ね」
ちらりと見るとビクリとする貴族たち。ほんの数人はなんとも顔色が悪いように見えるが、なぜかなぁ?
「聖女様聖女様と崇めているようで、雑な扱い。何にも知らずに働かされる愚かな聖女みたいなイメージを払拭すれば聖女は増えていくと思いますよ。高額な報酬の為に嫌がる娘を喜んで差し出すようなクズな親も出るかもしれませんけれど」
まあ、どんな形態にしようと全ての人が満足いく結果など得られない。とりあえず多くの人が、いや自分が利を得られるような形に持っていってやる。
清らかで優しく素直等々……聞こえはいいし、イメージも良い。だが、裏を返せばなんか詐欺師にあいやすそうな感じがする。いいカモってやつ。
「これからたくさんの聖女を増やしていかなければならないのです。聖女を増やすような努力をして損はないでしょう」
皇帝はゆっくりと考えるように目を瞑ると開いた。
「……神官長はどうするつもりだ」
「それは皆さんで決めることですけど。あのハゲは論外だと思いますよ」
皇帝はちらりと神官長に目をやる。ひどい汗が出ていて、とても見苦しい。しかし、神官長は皇帝と目が合うと目を輝かせた。自分は救われると信じて疑わない。
皇室と神官庁……その長たる神官長は皇帝ですらおもねるとでも思っているのだろうか。
あ、ウザキモい。
……聖女と同じことを思ってしまった。
思わず口元に笑みを浮かべてしまった。
僅かに視線をずらし、聖女の側で待機していた兵士に目配せする。もちろん彼らが確保したのは神官長だ。目をつぶっていただけで、いくらでも罪はある。
彼はお偉いさんの子供だったから優遇してきたが、そのお偉いさんが恥知らずの役立たずとばかりに憎々しげに睨みつけてるから大丈夫だろう。
ていうか、このお偉いさんもあとで…いや、もうそろそろ天からの思し召しがあるかもしれないが…とまあそれはさておき。
目線を聖女に戻す。
「聖女殿は神官長に誰がふさわしいと思う?」
え~~~~無茶振りぃ~~~~と言いたいところだが。
「あの方はいかがでしょうか?」
「はあ!?」
あの方が思わず声を上げて、慌てて口を押さえ下を向く。
あの者は……確か伯爵家の息子だ。だが父親が非常に優秀なのにやる気がないという者でなんらかの名目があればもっと側に置いてこきつかってやろうと思っていたのだ。
ある伯爵はゾォォォっと背筋が冷たくなった。
おお、嫌な予感がする。
「聖女殿のご指名だ。そなたにしよう」
「「!!!?」」
親子揃って嫌そうな顔をするのが面白い。
伯爵は王を……息子はノアを恨めしそうに見つめるので思わず笑ってしまう皇帝とノアだった。
ちなみに新たな神官長となったのは
現在の神官長にして、
この前ノアの夜食の時に付き添っていた神官だった。




