48.利用
「陛下に聞かれたのですから、嘘偽りなく述べさせていただきたいと思います」
王はゆっくりと頷いた。
「皆様は私を過労死させたいのでしょうか?」
は?なにを?とざわざわと騒ぐ周囲。いちいち騒がないと生きていけないやつらなのだろうか。イラッとするから黙っていて欲しい。
「今や聖女が2人となり穢れが発生すれば2人で対応することになります。今まで十数人でやっていたことを2人でやる。それだけでもかなりの重労働です」
うむ、と頷く王。
「それに王妃の仕事……まして、この復興時期というクソ忙しくなるであろう王妃の仕事……そんなもの両立できるわけございませんでしょう?」
ク…クソ……?なんか今ノアの顔に似合わぬ言葉が聞こえたような。
とりあえず聞き流そう。
「それは、側室を置くなりすれば良いことだ。幸いなことに王妃教育を受けていた令嬢がいる」
ちら、と王が視線を向けるのはレイチェルだ。
即ちお飾りの人気取りの王妃に聖女を実務をこなすものとして公爵令嬢を据えるつもりのようだ。
国を支えるためにいろいろな思惑があり、政略結婚、婚約破棄からの側室降格の実務押し付け、そんなものは王家や貴族たちからしたらよくあるのかもしれない。
だが、それは王家や貴族の話である。
自分は平民だ。
そんな事情など知らぬわ、である。
というものの平民とは蔑ろにされ、貴族の機嫌を損ねれば首チョンパである。
だが!
自分は聖女。
しかもたった2人の聖女。今回のことで穢れの怖さは十分世に広まった。即ちそれは聖女の重要性を高めたとも言える。
国としてもこれ以上貴重な聖女を失うわけにはいかない。
上のやつらが圧をかけてくるのであれば……
押し返してみせよう
聖女という圧で。
「でしたら予定通りレイチェル様が王妃になれば宜しいかと」
「しかし、そなたに褒美を……」
「そもそも私はレオ様を慕っておりませんし、一国の王子と結婚なんて嫌でございます」
「いや、しかし……」
ちらちらと神官長を見る王。神官長はノアがレオを慕っていると言っていた、そしてレオの様子からしてもノアを……。王としてもこの世に欠かせないと知らしめられた聖女が皇太子妃になるというのは王家の勢力を強める機会となるわけで……。
いや、でもそもそも慕っていないと言っているし。
「ノア!何を言っている!?王妃になるチャンスなんだぞ!?」
唾を飛ばしながら叫ぶ神官長を横目でちらりと見る。
「神官長こそ何を言っているんですかぁ?なんでも言うこと聞いてきた私を皇太子妃、王妃にして裏から国を操ろうって思ってますぅ?あんたがやれることなんて金稼ぎと美女を手籠めにすることだけだろうが!国にとってなんの役にも立たないくせに黙ってろハゲ!!」
シーン……と静まりかえるその場。
いや、口悪。
神官長は衝撃のあまり唇を震わせている。
「はは、きも」
あ、思わず。だって唇がプルプルして気持ち悪いんだもん。
「な、な、な……ノア!私にそんな事を言ってどうなると思ってるんだ!?」
「えー……どうなるんですかぁ?」
「穢れ祓い以外の外出禁止!食事の量も減らしてやる!いや、お前みたいなやつには食事なしでもいいくらいだ!大事大事にしてやればつけあがりおって!これから今みたいな態度をとったら鞭打ちされると思え!」
元から外出禁止だろうに……語彙力のない男め。
だけど、だからこそこちらが思った通りの言葉を吐いてくれた。
ニヤけそうな口元を引き締め、目に力を込める。
出ろー!出ろー!
いけるノア!お前ならやれるノア!
女は皆生まれながらの女優だ!
ハゲを地獄に落とすのだ!
この場にいた者ははっと息を呑む。
ツーと目から溢れ頬を伝う涙。
美女が流す芸術的な美を感じさせる涙に先ほどの口の悪さなど忘れて見惚れる人々。
「ひどい……」
ぽつりと呟かれる一言は皆の心に染み渡る。
そして次の言葉で場は凍る。
「王様あ!こんなハゲのもとでは働けません!だって鞭打ちですよ鞭打ち!仕事してないならともかく、ちゃぁんとそこのハゲと違って仕事してるのに!ただハゲの悪口、しかも事実を言っただけで鞭打ちですよ!あり得ないと思いませんか!?」
お、おお……言っていることは間違いではないのだが、先ほどの美への感動を返してほしいかもしれない。
「……聖女よ、神官長も口を少し滑らせただけで…………」
んなわけないだろうが。
「王様は聖女よりも神官長を大事に思われるのですね。王様に必要とされない私なんて……どこかに逃げてしまいたい」
「本当ね、私たちの国を思う心はあのハゲよりも価値がないのね。報われないわ。一緒に行きましょうか」
ノアの手に手を重ねるのはもう一人の聖女。
「ならぬぞ!これ以上聖女がいなくなるなど許さぬ!」
思わず激昂し、兵に目を向ける王。それに応えるように兵士が聖女に近づく。
「「本当にこれが正解だと?」」
怯むでもなく、冷静に王に真っ直ぐな視線を向ける聖女2人。
「ほとんどなんの見返りもないのに人のためにと良心で働く私たちに」
「力で、権力で言うことを聞かせる」
「それは簡単なようで簡単ではないのがわかりますか?」
「だって、私たちがこの世から旅立てば良いんだから」
「仲間たちが待つあの世に逝くのが怖いとでも?」
「言うことを聞かせたいならもっと簡単な方法があるのに?」
「「私たちが気持ちよくこの力を使おうと思わせるのが一番では?」」
ノアともう1人の聖女から交互に吐き出させる言葉。そして同時に吐き出された言葉。もとから彼女たちはこれが狙いだったのだ。
自分たちを利用したくば、こちらも利用させろと。




